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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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2-6

 「これからよろしくお願いします!!」


 「そうか、ならさっさと始めるぞ。おい!!起きろテオ!他のみんなも――――」


 「じゃあ、アリアちゃん、これに名前を書いてね」


 ミーシャが懐から出したのは一枚の羊皮紙と――――


 「え、あ、はい」

 

 複雑な魔法陣が幾重にも重なって刻印された、正円のペンダントだった。手のひらに収まるほどの、少々凝ったつくりのアクセサリーは、ともすれば少し小さめの懐中時計のようにも見え、開けばその中にも複雑な魔導式が刻まれて、中心には一粒ほどの鮮やかな碧色の結晶がはめ込まれていた。


 「これはね、あなたを守るためにあるものなの。これがあれば、ネームドからの直接的な被害を防ぐことが出来るの。例えば攻撃魔法とかね。他にもエリア管理事務所への転送機能もあるから、もし危険を感じたらすぐにこの魔導式を起動してね。魔法使えるならわかるよね?」


 「大丈夫だと……思います」


 「よし、皆書けたな、ミーシャ、これでいいか?」


 「うん、大丈夫だよ」


 「私も書けました」


 アリアはミーシャに渡された、すでにインクをしみこませた古風な羽ペンを使って、羊皮紙の空白を自らの名前で埋めた。


 「じゃあ始めるからね。えーと青色の炎はこっちで、赤色の炎はこっち……」


 ミーシャは手持ちの鞄から、青と赤の火の玉がそれぞれ収められた、二つの摩訶不思議な瓶を取り出した。ミーシャはその瓶にはめ込まれていたコルクをきゅぽっと抜くと、先ほどアリアと玲瓏館のネームドたちが名前を記した羊皮紙を、その空いた口から入るように丸めて、それぞれアリアのものを青色の、ネームドのものを赤色の炎が収められた瓶の中に押し込んだ。


 「うん、燃え切ったね、で、しばらく火が消えるまで待って、もやみたいなのになったら二つを混ぜて……」


 押し込まれた羊皮紙が燃え尽きて、それを食らった炎が満足したかのようにそれぞれの色の、重く沈殿する靄のようなものを残して徐々に消えゆく様を見届けたミーシャは、その片方を持ち上げて、それをもう片方の瓶の中にその靄を流し込むと、もう一度コルクの蓋をして指でつまむと、ふるふると降った。


 「で、これを開けたペンダントの中に流し込む」


 ミーシャは混ざって、深い紫色のような色合いになった瓶の中身を、ペンダントの中の結晶の周りに掘られた窪みに、流し込んでいった。流し込まれた靄は結晶に吸い込まれるように中心に集まっていき、やがて溢れ出た靄はその密度を高めて、結晶を囲む紫の液体となった。


 「で、これが固まったら完成……ちょっと待っててね。固まったら蓋があかないように接着するから」


 「ほう、上手くなったもんだな」


 エルハルトはミーシャの手際を見て、謎に上から目線で評価した。


 「え、エル君……!?……そりゃあ、いっぱい作ってますから――――ていうか前も同じこと言ってたよね?」


 「ん?そうか?まあ最近じゃあ、規制も緩くなってきて、ダンジョンの短期労働者やアルバイトなんかでは作らなくても良くなって来てるからな……実際作ってるのを見るのは久しぶりだったから、ついな」


 「ええ、最近ではあの完璧な勇者ミーシャの唯一の弱点が見られなくて、寂しい思いをしてましたから」


 「もう!メイリさんも!……ほら、見てたでしょ?私、結構頑張ったんだから――――と、もういいかな」


 そしてミーシャは完全に固まったペンダントの中身を確認すると、ふちに開けられた溝に透明な液体を流し込んで蓋を閉じ、更に外側から同じ液体を淵に空いた隙間に流し込んで完全にペンダントを密封した。


 「よし終わった。これは肌身離さず持っててね。もちろんお風呂の時もだよ」


 「へ……?あ……はい!ありがとうございます――――」


 さすがに気疲れしてしまったのか、その不可思議な光景をぼけーとした表情で見つめていたアリアは、突然ミーシャに話しかけられて、焦ったように声を絞り出した。


 「ふふ、どういたしまして――――っと、あ、言い忘れてた。えーと……このペンダントはね、ダンジョンの機構とは違って、完全にネームドの善意の上で成り立ってるの。もし、これを悪用して、ネームドを故意に傷つけようとしたり、ネームドの不利益になるような事柄に使用した場合は、すぐにダンジョン管理協会に通達が行って、ペンダントの効果が得られなくなるから注意してね」


 「はい」


 「えっと……はい、詳しくはこの紙に書かれた規約を読んでね。あと、他人に譲渡した場合や、紛失してしまった場合についても、それなりの罰則があるからね。まあ、この魔法の性質上、他の人が使ってもなんの効果も無いんだけど、世の中そういうものを欲しがる人がいるからね、くれぐれも無くさないように注意してね」


 「……はい」


 「ごめんね、長くなっちゃったね。今日帰る場所はある?」


 「いえ、その……まだ宿をとれてなくて……」


 「うんうん、それなら仕方ないね――――ねえ、エル君、申し訳ないんだけど、この娘の泊まる部屋、今日からでも使わせてくれないかな?」


 「えーと……メア、アルスティアさんの使う部屋、今日からでも問題ないか?」


 「ええ、もちろんでございます。こんな事もあろうかと、お部屋は三日ぐらい前から準備させていただいております!」


 「ええ……?それはそれで怖いよ」


 少しメアはワーカーホリックのきらいがあるかもしれなかった。


 「じゃあ、メアちゃんあと、よろしくね」


 「はい、ミーシャさん私にお任せください」


 ミーシャから襷を受け取ったメアはアリアに向き合って、教科書通りの完璧なお辞儀をした。


 「初めまして、アリアさん、私、女子寮の管理、およびダンジョンのアートディレクターおよび、その他諸々の雑務を担当しております、メアと申します。これからよろしくお願いしますね」


 もうこの時点で役職が多いのに、彼女が請け負っている“その他諸々の雑務”にまとめられたすべての役職を記すには、恐らく文庫本サイズで1ページぐらいの余白が必要だろう。


 「あ、あの、アリアです。よ、よろしくお願いします!」


 アリアはちょっと緊張した面持ちでメアに向かう。きっと彼女の中ではこの娘に嫌われたら職場に居場所がなくなる、という本能的な直感が脳を埋め尽くしているに違いなかったが、それは見当違いな心配だ。何故なら、有史以来メアが嫌った人類など存在せず、仮にそんなことがあったとしても、居場所がなくなるのは、この職場だけでなく、この世界全てでの居場所だろうから。


 「今日はもう遅い。アルスティアさん、ちゃんとした自己紹介はまた明日にして、今日は部屋でゆっくり休むといい」


 「はい、ありがとうございます、えと――――」


 「ああ、僕は――まあ、知ってると思うけど――この館の主、エルハルト・フォン・シュヴァルツベルグだ。メア達みたいに様付けは抵抗あると思うから、そこらへんは自由にするといい」


 「はい、えと……ありがとうございます、エ――――」


 「ただし、エル様だけはやめろよ」


 「え?……あ、はい……エルハルト……さん……?」

 

 「うん、それでいい――――では、アルスティアさん、来たばかりで申し訳ないのだが、明日から仕事を頼めるか?もちろん本格的なものではなく、軽い職業体験のようなものになるように取り計らうつもりだが……」


 「えと……はい。大丈夫です――」


 「そうか、すまないな。では明日からよろしくな、アルスティアさん――――それじゃあ、メア、後は頼んだ」


 「はい、お任せください、エルハルト様」


 「えっと、その……こちらこそよろしくお願いします!お疲れさまでした!お先に失礼します!」


 「ふふ、では参りましょう、アリアさん。玲瓏館の女子寮は――――」

 

 返すべき挨拶の種類に迷ったアリアは、何とかそれっぽい単語をひねり出して急場をしのぎ、そのままメアに連れられて、面接室を後にした。


 「エルハルト様、絶対あの娘にやばい奴だって思われてますよ」


 「えっ?そうなの?好き勝手やってたお前らより……?」


 「ふふん、私は大丈夫ですよ。特にやばい発言もしてませんし、いい感じにスマホも隠してましたから」


 「はっはっはっ……外見をどう取り繕っても、結局はその心の在りようですぞ、お二人さん」


 「お前が言うと説得力があるな。なんせ、お前は見た目ばっかで、中身はすっかすかだからな」


 「はっはっはっは」


 「まあ……僕たちもこいつに比べればましか――――おい!起きろ!!地べたで寝るな!!ちゃんと部屋に帰ってから寝ろ!!」


 「……あと五分……」


 「こ、こいつ……!」


 「まあまあ、テオさんはきっと自分の部屋に帰ったら、研究に明け暮れると思いますから、まだこの地面の方がましだと思いますよ、エルハルト様」


 「ううむ……!なんて厄介な奴……!」


 エルハルトは土足の床に直に頬を付けて眠りこけるテオを、恨みがましく見つめた。


 「――――午後の採用者はあの娘一人だから……うん……これで良し――――じゃあ、エル君、私もう帰るからね」


 一人だけ黙々と、残った書類仕事をこなしていたミーシャが、立ち上がって荷物の整理を始める。


 「おう!今日はありがとな、ミーシャ。お前も久しぶりだったけど、何事もなさそうで良かった」


 「え?……ああ……おかげ様でね……今日は仕事スイッチ入ってたから……」


 「ん?よくわからんが、元気そうでなりよりだ――――あ、そうだ、あと折角だから……その……飯でも食ってくか?今日の当番はメイリだから美味いぞ」


 「――――なんかエルハルト様、田舎のおじいちゃんみたい……」


 とか言いつつも、メイリはエルハルトから直接、お前の作る飯は美味いと言われて、内心浮ついた気持ちになっていたことは言うまでもない。


 「え?いいの?……でも、うーん……なんか悪いな……」


 「大丈夫ですよミーシャさん。田舎のおばあちゃんは帰ってきた娘に料理を振る舞う事だけが生きがいなんですから」

 

 「何言ってんの!?メイリさん!?逆にこんな田舎のおばあちゃん居たら怖いよ!!しかも何気に私も娘扱いされてるし」


 「まあまあ、若いのに固いことは言わん方がいいですぞ、お嬢さん」


 「いや、まあ見た目はそうかも知れないけど、実年齢はじいやさんと私そんなに変わらないからね、たぶん……」


 「はっはっはっは」


 「もう夜になるから、その笑い方やめろ。近所迷惑だから……――――あと、ミーシャ」


 「えっ?何?エル君……」


 「もし、僕と食事するのが嫌だったら、メイリと二人で食べるといい。僕は時間をずらすから……」


 「え、エル君……」


 「――――少しよろしいでしょうか、エルハルト様」


 「え?どうしたメイリ、ちょっと怖いんだけど――――……え?なに?二人っきりはまだ気まずいから、皆でって……?」


 「…………」


 「えーと、すまない……諸事情でな……うちでは食事は皆一緒に食べることになってるんだ――――こういう……くそ引きこもりを除いてな……」


 エルハルトは地べたに寝そべるテオを、靴の先で小突いた。


 「だから、まあ、それでよければ……その……――――我々と共に食事を摂らないか、勇者ミーシャよ」


 「ふふっ……エルハルト様ちょっと照れてる……」


 「う、うるさいっ!」


 「ぷっ……ははっ……こっちこそごめんね。ちょっと野暮だったね。じゃあ、お言葉に甘えて今日はありがたくご馳走させてもらおうかな」


 「うむ、それでよい」


 「キャラぶれてますよ、エルハルト様」


 「はは……――――あっ、そうだ、アリアちゃんにも声掛けていいかな?」


 「え?アルスティアさんを……?別にいいが、なんかその……気まずくならないか……?いや、あの娘の方が……」


 「いや、まあ、そうなんだけどね、でも、たぶんあの娘、今日食べるものとか無いと思うから……」


 「ああ……それはそうか。うちに泊まるってことは村に帰れないってことだからな。そりゃあ、食うもんなんてないか」


 「そうそう、そういう事……それになんだか私、あの娘のこと気に入っちゃってさ……」


 「え……?ミーシャさんやっぱりそういう趣味が…………」


 「……?……って、違うよ!!メイリさん!!そういう事じゃないよ!!ていうか、やっぱりてなに?メイリさんなら知ってるでしょ!?――――って、あ……」


 「勇者ミーシャ……すまない、気付いてやれなくて……」


 「え、エル君……?」


 「英雄色を好むとは聞いていたが……まさかそこまでとは思わなかった……だけど僕も現代に生きる者として、その性的志向を否定することはできない……そして否定する気もない。お前は恩人であり、友だからな……」


 「え……?違うよ?エル君、違うからね……?」


 「だがっ!!!」


 「んん……あと五分……」


 床のテオスがエルハルトの大声に反応して呻いた――――近所迷惑だと思うから大声を出すのはやめた方がいいと思う……


 「アルスティアさんはもう、歴とした玲瓏館の従業員だ。もし、限度を超すようなスキンシップが見受けられた場合、僕とそして玲瓏館は君と距離を置かなくてはならない!!頼む!!勇者ミーシャよ……!君も大人として、節度ある態度と距離感であの娘と付き合ってほしい!!」


 「エル君、違うの、違うんだよ……」


 何か取り返しのつかないすれ違いに、その間違いを上手く証明できない自らに絶望を感じて、ミーシャは頭を抱えた。


 「おいたわしや、ミーシャさん……」


 「はっはっはっは」


 「んん……すやあ……」


 「頼む!ミーシャ!僕は君という友人を失いたくない……!!」


 「いや、違うからねーー!!!」


 結局みんなで普通に食事した。


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