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そして、無為な数時間が過ぎた――――
「おいおい、やべえよ。もう日が暮れるよ……何でこんなモンスターしか来ないわけ?どっから湧いてくるの?むしろ見つけてくる方が難しいよね?」
「ストーカー、なんか霊が見える人、なんか霊が見えて、なんか憑依してる人、壺を売りつけようとしてくる胡散臭い宗教信仰者、情報教材を売りつけようとしてくる聞いたこともない企業の社長、プロ市民、迷惑系ようつ~ばー、自称ハイパーメディアクリエイター、自称国際派経営コンサルタント――――うーん、大入りですね」
充電が切れて、スマホに充電器を差し込んだまま、それでもまだスマホを手放さないメイリが、積みあがった履歴書類の中から、適当に引っ掴んで眺めた。
「ていうかほとんど詐欺師!!まだ捕まってないだけの詐欺師!!」
「はっはっはっは……良いではないですか、個性的で」
「お前そればっかりだな。それで乗り切ろうとするなよ、お前、姿勢はいいけど、それ以外は一番酷いぞ」
「はっはっはっは」
じいやはこの長丁場でも揺るがぬ体幹と姿勢で、高らかにその低く、渋い美声を部屋に響き渡らせた。
「でもなんか許せちゃうんだよなー、いいなー、僕もあのメンタルと声欲しい――――……それに、あと、もっと酷い奴も隣にいるけど……まあこいつはもういいや。彼は死ぬほど疲れてる」
そしてエルハルトは死んだように長机に顔を埋めるテオを一瞥して、それ以上の言葉を投げ掛けるのを諦めた。彼もまた死ぬほど疲れていた。
「もう、ダンジョン志望者は前半で十分集まってるからいいんだよ……この無為な後半戦は何だったんだよ。普通でいいんだよ、未経験でもいいんだよ……もう時間がない。頼むぞ……でなきゃ、あの魑魅魍魎から事務員を雇うことになる……!」
そう、「出るまで回せば100%」……ではあるが、彼にはそれをする時間が無かった。
ダンジョンの中途採用は、就職希望者の安全性の観点から、原則エリア管理者――今回ではミーシャ――の立ち合いが必要であり、その都合上、こうして面接を行える機会は限られていた。具体的に言うと、玲瓏館に許された面接の機会はこの一日限りであり、次に行えるのは、ミーシャの贔屓があったとしても、少なく見積もって三か月後、もっと悪ければ半年後となってもおかしくはなかった。そして、その千載一遇の限りある一日は、大半が過ぎて、残された時間はあと一人がやっとという時間帯に差し掛かっていた。
「次が恐らく最後になる……真面目に働いている玲瓏館の皆のためにも……!」
エルハルトは長机に連なるメア以外の面子の顔を見て、大分気概が削がれたが、彼はそれを見なかったことにした。
「――――頼むぞ……!ミーシャ、次の希望者を頼む」
「はーい。次が最後の希望者だよ」
「ああ、わかった」
そして、気付けば残す履歴書もあと一枚になっていた。正真正銘これが最後だ。
――――――………
―――……
『なんか……普通ですね』
『普通……ですな』
『ぐぅ…………』
「それでは当館を志望した理由を聞かせてください」
「えーと、はい!、貴館のことは以前から存じており、とても美麗な装飾とこだわり抜かれた意匠に、繊細な心遣いとおもてなしの心を感じて、いつか自分も携われたらと思っていたところ、こうして中途採用のお知らせを見掛け、これは二度とない機会だと思い、志望させていただきました」
『うわー、可愛い女の子ですね!あ!あの耳……エルフさんでしょうか……?私久しぶりにお見掛けした気がします……!』
『そうね……ここら辺には彼女らの里は無かったから……そして――ふふ、さすがエルフね。あなたの言う通り確かに可愛いわ……でも、メア、あなたの方が何倍も可愛いわよ』
『お、お姉さま……!そんなことは……それに、お姉さまだって……』
『うるせえな!面接中に念話でいちゃつくなよ!――――……まあ、でも、メアの方が可愛いのは事実だ』
『そんな……!エルハルト様……!』
『はっはっは……なんだか目の前のお嬢様が不憫でございますな』
『ぐぅ…………』
「あのぅ……?」
「ああ!すまない!先に言っておくが、我々は念話である程度の打ち合わせをし、次の質問をする、もしかしたら不快な気持ちになってしまうかもしれないが、それはご了承いただきたい――――……ああ、もちろん、この端で寝ている男も本当は起きている。なんかいい感じに面接に参加している。だから安心してくれ」
エルハルトはエルフの少女の視線が彼の両隣に並ぶそれぞれに向かって、最後に長机に突っ伏すテオに注がれた事に気付き、慌てて苦し紛れの虚言をのたまった。
「え?あ……はい!もちろん大丈夫です!」
エルハルトの虚言が通ったのかどうかはわからないが、少女はふるふると首を降って、若い新緑色の、色素の薄い、綺麗に手入れされた首筋までの髪を揺らした。
『健気ですなあ』
じいやはその姿を見て、感慨にふけるように念話上でそう呟いた。
「えーと、アルスティアさん……でしたっけ」
「あ、はい!」
まだ幼さの残る顔立ちと、受け答えの彼女が、一番最初の自己紹介で名乗った名はアリア・ミリ・アルスティア。履歴書の年齢の欄には83とあるが、恐らく彼女の容姿と受け答えを見る限り、彼女らの種族の中では若年のうちに入るのは間違いなさそうだった。しかし、残念ながらエルハルトはエルフとかいうマイナー種族にはあまり親しみがなく、彼女が果たしてエルフたちの中で、どの年齢層にいるかエルハルトはいまいち掴むことが出来なかった。
(ずいぶん若そうだし……うーん、新卒......ってことでいいのかな?この履歴書……なんか空白期間長くてよくわからん。でもエルフだしなあ……普通とは違うんだろうな……聞いた方がいいよな……いや、待て……それって種族差別とかになっちゃわないか……?)
「…………」
「…………」
エルハルトはじっとエルフの少女を見つめる。エルフの少女は耐えきれなくなって、その翡翠を思わせる、透き通るような深い翠の瞳を地面へ向かわせた。
(やべ、どうしよ……なんか話さなきゃ……でも、この感じ久しぶり過ぎて何したらいいかわかんない……真面目にやっといた方がいい……よな……?)
そしてエルハルトは健常者との面接に親しみがなかった。
「えーと?……自己PR……?とかってありますか?」
「えと……はい!私は全エルフ簿記検定1級を取得しており、他書類作成ソフトの検定も取得しております。それらの取得には長い歳月が必要でしたが、日々コツコツと少しづつ勉強をすることによって、忙しい学生生活の中でも取得することが出来ました。私の強みはその日々の積み重ねだと思っています。貴社に入社した際にはこれらの資格や経験を活かすとともに、さらなる努力を続けていきたいと考えています」
「え?……ああ、はい」
『え?何で?何でこの娘突然流暢に自分語り始めたの?こわい。資格持ってますだけで良くない?』
『それはエルハルト様が自己PRを聞いたからでございます』
『え?あれってそういうもんだったの?ていうか、貴社って何?うち別に会社とかじゃないんだけど、あと全エルフ簿記検定って何?1級ってすごいの?』
『…………』
肝心なことは誰も教えてくれない面接24時。
「あのぅ……」
「ああ、ごめん、ごめん。偉いね、すごい頑張ったんだね。ありがとうね、うち受けてくれて」
「え?――――ああ、はい……その……こちらこそ?ありがとうございます?」
『ああ、なんか駄目そう。やばい、この娘たぶん普通の娘だ。誰か助けて』
『…………』
メーデー!~面接事故の真実と真相~
(落ち着け、エルハルト。僕は何年もダンジョンの面接をやってきたんじゃないか、普通でいいんだよ普通で。普通のこと聞けばいいんだよ)
「えーと……この、アルステリア308番地3番目の樹の上……この住所はご実家でしょうか?」
「え!?――――は……はい」
しかし少女は聞かれたくない話題だったのか、エルハルトの問いに細い悲鳴のような声を上げた。
(え?なんかまずいこと聞いたかな?通えるか聞きたかっただけなのに……)
しかしエルハルトは聞いてしまった以上話を続けなくてはならない。
『えーと、アルステリアってどこかわかるやついるか?遠いのか?』
『ええ、そこまで遠いとは言えませんが、通うには難しい距離であることは間違いないと思います』
『なるほど……』
(なるほど……少し遠い場所だから不安になっちゃったんだな。うん、きっとそうに違いない。でも安心しろ。僕はその為に聞いたんだ)
「そうか、なら通いでは少し不都合があるかもしれない。もしよければ当館に下宿してもらっても構わないがどうだろうか。その為の部屋もまだ空きがある」
「え?いいんですか?……その、私、まだ住む家とか決まってなくて、その……」
「ああ、女子寮もあるから安心しろ」
「よ、よかった~――――……あ、ごめんなさい。まだ採用決まったわけじゃないですよね」
(……!?……え?何この流れ……これはいける……のか……?もう僕は駄目だと思ってたのに……普通だったらこんなやばい面接する就職先、すぐ辞退するぞ……)
エルハルトはこれまでの面接の経緯から、相当自信を無くしていた。これからは選ぶ時代ではなく選ばれる時代という、ドキュメンタリーのテロップが頭の中に流れた。
「…………」
「……あの…その…ごめんなさい、私――――」
(いや?待てよ?これに乗じてノリと勢いで押せば、これまでの失敗もなかったことになるのでは……?)
エルハルトはやっと訪れたSSR確定演出に、気が逸るのを抑えられなかった。
「いや、君は採用だ!今すぐ契約しよう!――――……まともに会話できるだけで十分だ」
「え……?」
エルハルトの言い知れない雰囲気と、彼がぼそっと呟いた不穏な一言に、少女のその深い翠色の瞳の奥が不安の色に染まった。
「おい、ミーシャ決まったぞ、契約の準備を進めて……ミーシャ?」
「ごめんね、エル君、ちょっと履歴書見せて……」
「ん?どうしたんだ?」
扉のすぐ近くに控えていたミーシャはつかつかと長机に歩み寄って、メイリから履歴書を受け取ると、履歴書と少女の顔を交互に見比べた。
(83歳……確かに身分証と差異はないけど、問題はこの娘がエルフだっていう事なんだよね……えーと……アルステリア……?あそこの成人年齢っていくつだっけ……なんか最近変わったとかだっけ……いや、そもそもエルフって基本的にいくつから成人なんだっけ……?あれー?これ大丈夫?)
「おい、ミーシャ、どうしたんだ、何か不都合でもあったのか」
(えーと……確かエルフの雇用規定は……里の成人規定による……か……どうしよ……ていうかこの種族閉鎖的すぎるよ、なんかよくわからない里いっぱいあるし、それぞれ全然別の規定だし、そもそも滅多に里から出てこないから事例も少ないし……ていうかこの子他の種族で例えると何歳くらいなんだろ……本当に未成年とかじゃないよね……?)
「おーい、ミーシャ?」
ミーシャは不安げに指先に視線を落としながら、時折ちらちらこちらを伺う少女を注意深く観察した。エルフ特有の整いすぎた顔の造形と、透き通った肌の質感は彼女の年齢感の特定を困難にしていた。
(あーもう、全然わかんない。エルフって大体みんな顔一緒に見えるし、年齢も若い時のまま止まるから全然わかんないんだよね……でも明らかに若いよね……書類でもまだ二桁だし……大人っぽくはない……かといって子供でも……うーん、しかもこの娘、住む家決まってないって言ったよね……エルフが里から出てくることも珍しいし、もしかして、家出……?とか?)
ミーシャもエルフとかいうマイナー種族に対してはあまり親しみがなかった。ミーシャが世界中を旅していたのは遥か昔の出来事である。彼女はもちろんその旅の中でエルフともそれなりに交流を果たしたが、それは大昔のことで、長命のエルフたちであっても、これほど長い時が経てば、規則や生活スタイルが変わっていてもおかしくはなかった。
(でもなあ……学校っぽいところ卒業して十年くらい経ってるっぽいし大丈夫かな……でもエルフって良くわかんないんだよね……もし、未成年を働かせて、しかもそれが家出少女とかになったらさすがにまずいよね……)
「なあ、ミーシャ頼むよ。俺達にはこの娘しかいないんだ」
「…………」
(どうしよ……これ、エル君に言った方がいいのかな……というかそもそも……)
「ねえ、えーと……アリアちゃんだっけ?」
「え!?あ、はい!」
「アリアちゃんはここで働くの嫌じゃない?」
「え……?まあ、その……自分から応募してますから……はい……」
「まっ、そうだよね……」
(……もし家出だとしたらどうして……そもそもエルフって滅多に里から出たがらないもんね……うーん……アリアちゃんどう見ても非行少女って感じじゃないし、冒険者って感じでもない……何か事情があるのかな……よし決めたっ……)
「アリアちゃん……もし何か困ってることがあったら必ずお姉さんに言うんだよ。あっ、ええと、私はこのエリアのダンジョンを管理している、エリア管理者のミーシャ。ダンジョン雇用者のサポートをするのも私たちの仕事なの。だからね、困ったときは、その番号に電話するか、村のエリア管理事務所でミーシャって言えば絶対すぐに駆けつけるからね、あっ、もしかして魔法は使える?使えるんだったら念話でも大丈夫だよ」
ミーシャは懐から名刺を取り出すと、アリアに渡した。
「あ……えーと、そのアリアです。よろしくお願いします。魔法は少しだけなら使えます。でもごめんなさい魔紋を教えるのはちょっと……」
「いいよ、いいよ。私のだけ覚えてくれれば……はい、それ私の魔紋ね……覚えた?」
ミーシャは手のひらを伸ばしてアリアに手のひらを重ねると、力を込めて、念話の通話相手の識別に必要な“魔紋”と呼ばれる、形のない識別コードをアリアの脳に送り込んだ。もし相手が魔法を行使できる者であるならば、滅多なことではそれを忘れることはない。
「大丈夫です……」
「おいおい、どうしたんだ?いつもはそんなことしないじゃないか、やっぱ問題があるのか?もしそうなら……」
「いえっ!!大丈夫です!!」
エルハルトの問いに答えたのはミーシャではなく、エルフの少女アリアだった。
(……この娘、何か事情があるのは間違いなさそう――――……ごめんねエル君。もしかしたらちょっと面倒なことになるかもしれないけど、彼女たちの一生は限りあるものだから……)
ミーシャは彼女の態度を見て、確信を強めた。ミーシャの中には揺るぎない絶対的な天秤がある。それは彼女にとっては何事にも優先されることで、この姿こそ彼女の本来の姿だった。




