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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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2-3

 「あーー疲れた…………家一軒建てるのってこんなに疲れるっけな…………最近、別館の方も老朽化が目立つし、そろそろ手を入れる時期かな……」


 新生“のんべるく”の最終確認から帰還したエルハルトは、ダンジョンの談話室に置かれたソファにどかっと身を投げ出した。


 「それにあの爺さん――――」


 エルハルトは神妙な表情で語る、ソフォス爺のやけに澄んだ瞳を思い出した。


 「――――――……なんか、話長くてほとんど何言ってるかよくわかんなかったな。ていうかあいつら毎日細胞生まれ変わってるってマジ……?次の日あったらほぼ別人ってこと……?え、こわ……」


 ダンジョンの決して気のせいじゃない寒さに、エルハルトはソファの上でぶるりと身を震わせた。部屋の反対側でメイリがマッチをこすって、暖炉に火を入れる姿が見えた。


 (――――それに僕たちの秘密も知ってたし、本当に何もんだよ、あの爺さん…………いやソフォス爺……)


 彼が決して悪人でないことは、この数日、短いながらも彼と一緒に過ごしたエルハルトは理解していたが――――


“――――神の一存で定められたその心を、疑うでもなく、抗うでもなく、日々惰性のように生きるお前さんたちをな――――”


 (――――……違うんだよソフォス爺……自分の存在を、その意味を、疑わなかったネームドはいない。少なくとも僕は知らない。皆、何かしら悩みを抱えて、それでも自らの使命を、自分自身を無くさないように日々必死に生きているんだ。彼らは……あの賢い爺さんでも、僕たちの事を知らない――――……僕だけじゃないんだよ、爺さん――――)


 “――――ソフォス――それがわしの名じゃ”


 (でも僕だって何も知らなかった。彼らにも名前があること、生きてきた軌跡があること、それぞれに生きる意味があること、もしくはそれを探していること……彼らも生きてるんだ。当たり前の事のはずなのに、僕はこの長い時間の中で、彼らの名前すら知ろうとしなかった……僕は知らないことが多すぎる)


 「ああ゛~~~」


 「どうしたんですか?エルハルト様山羊みたいな声出して……またネットミームになっちゃいますよ?」


 「お前が何もしなければならないんだよ」


 「ごめんなさい…………」


 「あれ……?今回はやけに素直だな――――って、おい、お前今なに隠した!!」


 「別に何も録ってませんよ。ぐでハルト様~ってタイトルなんかつけてませんから」


 「おい、ふざけるな!それ絶対ネットに流すなよ?」


 「えっ…………それって……俺とお前だけの秘密なってこと……?――トゥンク……」


 「――トゥンク……じゃねえよ!!誰もそんなこと言ってねえよ!!でもそういうことだよ!!頼むよ…………あと、僕の一人称は僕だ!!」


 それなりにヘビーな仕事をこなしてきたと思って帰ってくれば、息つく暇もなく、ライトな恐喝が待ってる職場にエルハルトは辟易しながら、大きくため息をついた。


 「それはそうとエルハルト様――――お茶が出来上がりました」


 「え?ああ、ありがとう――――」


 そして思い出したかのようにメイドの仕事をするメイリ。彼女の淹れてくれる紅茶は結構美味しい。だけど、彼女の気分次第なのか、それがエルハルトに提供されるタイミングは不定期で、どうも主人の都合を推し量っている様子も無さそうだった。そして大抵エルハルトが紅茶を飲みたいタイミングではなかった。


 (なんでメイリは毎回毎回、僕を困らせてくるんだろう……思えば僕は彼女について余り深く考えたことがなかったな……いや、大体は面白がってるだけだと思うけど…………もしかしたらメイリもミーシャみたいにストレスが溜まって、それを僕にぶつけざるを得ないだけなのかもしれない)


 エルハルトの推測は、大体は惜しい所までいくが、いつも肝心なところで鼻っ面が折れて、対岸に届かない。


 「なあ、メイリ…………なんか仕事で困ってる事とかないか…………?」


 「?…………いや、いつも困ってるのはエルハルト様の方では……?」

 

 「いや、自覚あるんかい。いつも困らせてる自覚はあるんかい」


 「――まあ、強いて言うのであれば、メアが書類仕事でもう少し人手が欲しいって言ってましたね。ほら、あの……何でしたっけ、ドワーフの……ああ、トキコさん――――……ええ、もう定年なんですって。だから謹慎明けに戻ってこられないみたいで――――」


 「おう、そうか…………じゃあまた新しく人を雇わんとな…………謹慎が明けた後すぐに面接をセッティング出来るように後からミーシャに頼んでおこう……謹慎で出たキャストの欠員も補充しないといかんしな、まあ丁度いいだろう――――って……じゃなくて!…………お前だよ!お前自身は何か悩みとかないのか?」


 「――――……悩みは……まあ無いことも無いのですが……主にプライベートの事ですし、何より腐れ職権乱用上司様のおかげで新たな交流が生まれまして、それで現在のところは大分解消されております」


 メイリは“腐れ職権乱用上司”という言葉を殊更に強調していった。


 「いや、すまんかった…………まあ、結果的に上手く行ったようで、なによりだよ…………はは…………というか今気づいたが、どうしたんだ、そのHP……ピコンピコン言ってないか……?」


 「…………気にしないでください。可憐な少女とゴリラという単語が奇跡的にマッチしただけですから」


 「?――――でもすまないな……僕も魔力が制限されてるから、治してやる余裕がないんだ。さっきまでミーシャと一緒だったろ?治してもらえば良かったのに…………」


 「いえ…………せっかく仲良くなれたのに、彼女が新たに獲得した衝撃の属性についての事実を突きつけて、負い目を負わせるわけにはいきませんから……それにミーシャさんもそれどころじゃなかっただろうし……」


 「――――まあ、良くわからんが、ベッドで寝ればすぐ治るだろ。まあ今回は魔力制限中で運が無かったと思え」


 「ええ…………」


 今回はありったけの魔力で大結晶リスポ送りだけは避けることが出来たメイリの勝利といっても良さそうだった。


 (魔力制限中とはいえメイリがこんなになるなんて……よっぽど大変なことがあったんだな……ミーシャが一緒だったとはいえ、僕は彼女の主なのに何もしてやれなかった……こいつの事ももっと見てやる必要があるな……僕はずっと一緒にいたメイリの事さえ知らないんだ……)


 思えばエルハルトは普段メイリが何をしているかあまりよく知らなかった。


 「なあ、それはそれとして、お前って普段何してるんだ」


 「申し訳ございません……プライベートの事は……」


 「いや、すまない……プライベートの事じゃなくて、仕事の話」


 そう、エルハルトは知らなかった。彼女が日中、ダンジョンボス以外の仕事の何を受け持っているのか。もちろんエルハルトは彼女とボス戦では(一応)一緒に仕事をしているが、その他の時間については、ダンジョンの管理にかまけて、あまり気を回せていなかった。


 「――――……申し訳ございません……プライベートの事は……」


 「いや、プライベートじゃないが、勤務時間中だが」


 「…………私だってあれこれ忙しいんですよ……」


 「いや、分かってる。ダンジョンの仕事は山積みだからな……具体的にって言われてもあまりすっとは出てこないだろう。でも一つ一つ思い出してみてくれないか?そのどれかがもしかしたらメイリの負担になってるかもしれない」


 エルハルトが真っすぐの視線でメイリを捉えて、その沈黙と眼差しがメイリの退路を断った。


 「…………えーと…………その……仕事って言ってもいろいろ……?ですからね……」


 「ああ、もちろんだ。思い出せる限りでいいんだ」


 「えーと……んー…………えっと……仲間の救援に向かったり……?」


 「うん」


 「(人理を)……修復したり……?」


 「ん?……うん」


 「(宇宙を)……開拓したり……?」


 「ん?」


 「樹脂が溢れないようにしたり……?」


 「ん?……何の話だ?」


 「……私だって忙しいんですよ!!!!事務所に戻ればプロデューサー!て笑顔で迎え入れてくれるアイドルがいるし!トレセンに行けば『トレーナー、トレーナー』って次のトレーニングの指示を待つ愛馬がいるし……世界はキャンサーに襲われて、人類滅亡の危機だし、最近は可愛い生徒を持つ先生にもなって……忙しいんですよ!!!!私だって!!!!」


 「ああ……なんかすまん……って……それ本当に玲瓏館の仕事なのか……?」


 「もちろんでございます」


 メイリは保身のために嘘をついた。秒で嘘をついた。


 「そうか……僕がその中で助けになれそうなことは……?」


 「一個も、一つたりともございません!!私はこれらの職務を重い、とても重い責任感を持って従事しております」


 「自分で重い責任感とか言うか……?」


 「――とにかく!!ご心配痛みいる所存でございます。ですがそれはいらぬお世話というもの――――」


 「お、おう」


 「そして、申し訳ございませんが、私はHPがピコンピコンうるさいですのでこれにて失礼させていただきます」


 「あ、ああ……引き留めてすまなかった――おやすみ」


 「ええ、おやすみなさいませエルハルト様――――」


 メイリはHPがピコンピコン言っているとは思えない程の素早さで、休憩スペースを去っていった。たぶん瀕死になると素早さが上がるもちものでもつけていたのだろう。


 「僕もまだまだだな…………」


 エルハルトは少し温くなってしまった紅茶に口を付けながら、そう呟いた。


 「この味が楽しめなくなってしまう前に、あいつをちゃんと見ておかないと――――」


 ようやく暖まり始めた談話室の片隅で、エルハルトはメイリが入れてくれたカップと暖炉の暖かみを噛み締める。それを逃さないようにエルハルトは強くカップを握りしめた。


――――――……


 後日、サボりが主人にバレたメイリは、反省文の提出に加えて、玲瓏館経営首脳陣の投票によって、三か月間、一割の減給が言い渡された。


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