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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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7-45

 (少し馴れ馴れしくしすぎたかな。それに疲れすぎて変なこと言っちゃった気がするし……でも――)


 アンリは彼女の仕事を待つ間、一人閉じこもり、孤独な反省会を催すことでその余暇をつぶしていた。


 「こちら当館特製のブレンドティーでございます」


 「あっ……えーと……わざわざありがとうございます」


 だが、それらの内向的な者にありがちな、こうしたやや後ろ向きの慣習は、実際の交流の場においては足かせとなることはあれど、やはり有意義に働くことは稀であるらしい。


 少し時間が経ったのと、メアの手際があまりにもプロの仕草だったため、先ほどの覚悟はどこへやら、アンリは急によそよそしい態度になってしまった。


 「いえいえ」


 しかしメアは、そんなアンリの態度に気分を損ねた様子もなく、それどころか屈託のない笑顔でその謝辞を受け取ると、あえてその離れてしまった距離を縮めるようにして、


 「ではお隣失礼いたします」


 といって、アンリの腕が触れるほどの距離でその腰を落ち着かせた。


 「ふおぉぉ……!」


 もちろん油断していたアンリは、その仕草に、まるで初めて風俗に訪れた童貞のようなメンタルと声で応対することになってしまった。


 (えっ? プロって何? やっぱりそういうプロ?) 


 「……?」


 「ああ、ごめんなさい。反省します……えーと、何の話だったっけ。確か――」


 「あ、でもその前に、一緒に紅茶の方をいただきませんか? 冷めないうちに――」


 だが、揺れ動くアンリの内心もそっちのけに、メアは腰を浮かせてさらに身体を近づけると、自らがテーブルに置いた紅茶の受け皿をもって、ずいっとアンリの目の前に差し出した。


 「はい、どうぞ」


 「アッハイ」


 もちろんアンリに拒否権はない。


 紅茶の香りに乗って漂う、メアの甘く清潔なフローラルな香りと、その中に混じる、得も言われぬ魅惑的な蜜のような香りが、アンリの鼻孔と思考を妙に刺激して、彼女をより一層の混沌へと落とし込んだ。


 (えっ? なになに、なんなの? いきなりちょっと距離近くない? っていうか何この香り。すごい良いにおいするんだけど――)


 「アンリさん?」


 「ひゃ、ひゃい!」


 いきなり下の名前を呼ばれたアンリはさらに動揺して奇声をあげた。


 「もしかして、紅茶はお好きではありませんでしたか」


 「う、ううん? そんなことない。好き。というかすごい好き。普段からすごい飲んでる。常に飲んでる」


 「そうですか……! それはよかったです!」


 もちろん別に紅茶は特別好きでも嫌いでも無かったが、彼女の不安げな上目遣いに思わず胡乱な言葉が口をついて出た。


 「では遠慮なくお召し上がりください。当館特製の紅茶は、これ目当てで来館される方もいるくらいの、ちょっとした名物なんですよ」


 「へ、へーそうなんだ。じゃあ、ありがたくいただくね――」


 正直なところ、一瞬だけ、何か毒でも仕込まれているのではないかと疑ったところもあったが、しかし、本当に危害を加えようと画策していたのならば、わざわざ迷子を助ける理屈はないし、そもそも今更彼女を疑いたくはなかった。ただ――


 「――うん、おいしい」


 紅茶で一息ついたアンリは、ここに来て唐突に冷静さを取り戻していた。


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