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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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7-44

 アンリはそのまま言葉を続けた。


 「それとその、お礼なんだけど、もし私にできることなら何でも言って。もう明日にはここを発つから、それまでに必ずお礼がしたいと思って――」


 「――――……」


 だが、そこまで言ったところでアンリは、今度はメアの様子が少しおかしいことに気づいた。


 彼女は息を止めたように、いや、ともすれば本当に息を止めて、そのよく見れば姉とよく似た、はっとするほどの清麗さをたたえる、釣り気味の目じりをめいっぱいに開いて、食い入るようにアンリの顔を見つめていた。


 アンリも彼女のあまりの美しさにつられるように、また呼吸を忘れた。


 ああ、そうか。


 「えと……やっぱりそんなに似てる?」


 「あ……ごめんなさい。嫌……でしたよね」


 そして――ああ、この娘は姉と違ってなんて良い子なのだろう――自らの小さな過ちに深く傷ついたようなその視線に、アンリは自ら遠ざけたはずの、母性が胸の内からふつふつと湧いてくるのを感じた。


 「いや、いいの。そんなにそっくりなら勘違いしちゃうのも無理ないよね。ごめんね。こっちこそ仮面かなんか付けとけば良かったよね」


 「いえ、申し訳ございません。人の顔を、ましてや大事なお客様のお顔をこんなに不躾に見つめてしまうなんて、そんな失礼なこと……私の不手際でございます」


 しかし、対するメアはその罪を悔いるように必要以上に仰々しく謝罪の言葉を述べた。


 失礼なのは間違いなくこんな馬鹿みたいな冗談を言って、使用人を困らせているアンリの方だったが、それでもなおメアは自らの罪に対して真摯だった。


 「それに――誰でも自分の性格を、容姿の特徴だけで決めつけられたくはないと思いますから……」


 「……うん、そうだね」


 人はなぜ真実と最も近しいはずの、視覚からの情報で、ものを見誤ってしまうのだろうか。


 やはり、視覚が不完全なものであるからだろうか。

 それとも人の理性がそれらの情報を扱いきれるほど達者ではないからだろうか。

 

 だがいずれにしてもそうであるが故に――


 「だったら、少しお話していかない? ……私も同じだから」


 人と人は言葉を交わすのだろう。

 アンリは静かにその白雪に手を伸ばした。


 言葉によって視覚から離れ、より真実から遠ざかってしまう可能性があったとしても、人はその手を伸ばす。


 それは端的に言えば信頼と呼ばれるものだったが、不思議なことにそれらは往々にして会話を交わした後にしか訪れないものだと錯覚するのである。


 「ふふ――はい」


 アンリが笑顔で語りかけると、メアもつられたように笑ってその提案に同意した。


 アンリはその笑顔を見て、内心ほっと息をついた。


 「えーと、じゃあ何から話そう……」


 「その前に一つよろしいでしょうか」


 だが、メアからも何かまだ提案があるようだった。

 

 「えっ、なに?」


 「このまま立ち話もなんですし、あちらのソファでお茶でも飲みながらお話しませんか?」


 確かにこのままでは落ち着かない。


 「……そうだね。気が利かなくてごめん」


 メアは出会った時のまま、カーテンにくるまって会話を続けていた。


 「いえいえ。ではこちらでしばしお待ちください。今お茶をお入れいたしますので――」


 「あ、うん。ありがとう」


 そう言ってメアはすたすたと部屋の外へ出ていってしまった。


 当然アンリは、彼女が戻ってくるまでの間、自らの気の利かなさにしばらく自分を苛むことになった。

 


 ――――……

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