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「――…………」
「――――…………」
会話が途切れた。いつものやり取りなのに、離れた拍子に、二人の間に最近生まれてしまった、良くわからない、溝のようなものが二人の間を分かっているのが浮き彫りになって、二人の間に沈黙が流れた。メイリはエルハルトとの間に空いた、そのよくわからない距離間のようなものを察して、胸の奥がちくりと痛むのを感じた。
「そういえば――――」
その沈黙を破ったのはエルハルトの方だった。彼は冷たい床から立ち上がりながら、意を決したようにその話題に触れた。
「勇者ミーシャの事なのだが――――」
「…………!!」
そしてその話題は、今最も彼女が恐れていた話題だった。
「ん?やっぱりお前も気になっていたか…………」
「――――ええ……」
メイリは主の言葉にそう相槌を打つ以外、選択肢は無かった。
「――――お前はあいつのことについてどう思う?」
「――――どう……とは……?」
「お前も今日、あいつの様子を見て気が付いただろ?」
「――――ええ……」
「なら、お前はどう思った?お前の……意見を聞かせて欲しい」
「――――わかり、ました……」
(エルハルト様は迷っている……?私に意見を求めて彼の中で何が変わるというの……それとももしかしたら、知らない素振りをしていても、エルハルト様はもうとっくに私の気持ちには気付いていて、だから――――)
メイリは自らの進むべき道の先に、いくつかの分かれ道があることを知った。それを見て足を止めたメイリは、ある一方にある、険しくも気高い荒野に目を引かれていた。きっとその道を行けば、自分はとても辛い目に会うだろう。水の気配が一切しないその道は果てしなく、その道を選べばきっと喉の渇きに苦しみながら、永遠とも思える時間を歩くことになる。
――――でもね、私わかっちゃったの、あの時……
ミーシャの言葉だ。だがきっと彼女はその道を行く。
――――あなたも好きなんでしょ?エル君の事…………
(そして私も――――)
――――私もね許せないの…………あなたと同じ。変われなくて苦しんでるのに、変わるのが怖い。一歩が踏み出せない。そんなの弱虫でしょ?勇者じゃない……!
(――――私も彼女のように……)
――――私は変わるよ。自分もエル君も、あなたも、そして世界も、変えて見せる!その為に…………私はあなたに勝つね
(――――変えられない……私はあなたみたいにはなれない……)
メイリは自分の役割を思い出す。彼女はメイドだ。勇者ではない。主の助けとなり、主の幸福を自らの一番の幸福とするメイド――――その為に彼女は生まれ、生きて、それを自らのしるべとしてきた。だから――――
(私はその道を選べない――――)
「私は――――ミーシャさんは素晴らしい方だと思います――――いつも真っすぐで純真で…………明るくて、笑顔が素敵で……可愛らしくて――――」
「…………うん」
「いつも村の皆に慕われて、村の皆の事や仲間たちの事をいつも想っていて……だから誰からも受け入れられて……それだけじゃなくて、その……エルハルト様の事も誰よりも……想っていて…………だから――――」
「…………うん」
「彼女には幸せになる権利があると思います…………だから――――」
――――エルハルト様、彼女を必ず幸せにしてください
だけど、そう続く言葉をメイリは自分の口から言うことが出来なかった。