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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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7-17

 「……なあ、さっきの話なんだが」


 二つの――これも例にもれず質素で無機質な――コーヒーカップの持ち手を掴んで戻ってきたテオスに、エルハルトは出来るだけ何でもない風を装って聞いた。


 「ふむ、先ほどの件はやぶ医者の戯言と思って気にするな。お前はどこからどう見ても健康体だ。故に、俺も小煩い小鳥どもが喚く騒音とでも思っておくことにする」


 「? 本当、なんの話だよ……」


 どちらかというと、少し様子がおかしいテオスのことが気になって、エルハルトは先ほどの話を蒸し返したのだが、何食わぬ顔で自らの席へと着席する彼の様子と口調は、特段いつもと変わらないものに見えた――


 「まあ、特に問題がないならそれでいい」


 ならば彼はこの短い間に自身の迷いと上手く折り合いをつけたのだろう。

 

 エルハルトはいらぬ世話を止めて、彼の淹れたコーヒーへと向き合った。


 確かに悪くない。

 エルハルトは常に彼の判断を信用していた。


 「それより、今はやっぱりあの調査団のことだ。どうだろう、お前の立場から見て、彼らの目的はやはり例の薬だと思うか?」


 それに今はまだ他に話すべき議題があった。


 「まあ、そうだろう。もし、例の新薬が独自に製造できるようになれば、国や研究機関は莫大な富を得ることができるだろうからな」


 「そう、らしいな……なあ、もう一度聞くが、あの薬はそれほどまでに影響があるものなのか」


 「ああ。使いようによっては、もしかしたら現在の世界のパワーバランスを覆しかねないものであるといえる」


 「それほどまでの力があの薬に……?」


 「ああ。あの薬はかみ砕いていえば、マナ結晶体の強固な組成を一時的に無効化するものだ。今回あのエルフの小娘を襲った病は、人間界においてはおよそ百年ほど前に特効薬が開発され、克服された前時代の疫病だった。おそらく夏風邪に罹った際に、免疫力の低下により、併発したものと考えられる。もちろん通常の人間種においては特効薬の存在によってそれほど問題にはならないが、彼女はエルフであり、その身体的構造には若干の違いがあった」


 「なるほど。彼女の身体を巡る豊富なマナエネルギーが干渉して、特効薬の効き目が薄くなってしまっていたんだな」


 通常種とエルフ種の違いは、主にそのマナ保有量の多寡が代表的な差異として語られる。


 「まあ、そういうことだ。特効薬の作用としては、簡単に言えば、細菌の細胞膜の合成を阻害し、不活性化することによって作用しているのだが、エルフ種やその他、マナを多く保有している体質の種族では、それら、身体に悪影響を及ぼす病原菌の細胞膜が、稀に、身体の高純度のマナエネルギーと干渉して、強固な結晶構造を持ち、特効薬の合成阻害作用を受け付けないことがある」


 「な、なるほど……?」


 「それ故に、マナ干渉を受けた所謂“μ‐トラス体細胞壁”に作用する新たな特効薬の開発が待ち望まれていたのだが――」


 テオスは机の対面で、額に深い皺を寄せて難しい顔をしていたエルハルトをちらりと盗み見て言った。


 「……まあ、細かい説明はよそう。もっと簡単に言ってしまえば、マナの干渉を受けた物質が、なんやかんやあって、元の構造へ戻るように作用する物質を俺が見つけたってことだ。その結果、通常の人間種にしか効果がない特効薬が、その作用を応用することによって、あの小娘のようなマナ過剰体質の人間にも効くようになったということだ」


 対面で渋面をつくっていたエルハルトの表情が、途端に憑き物が落ちたように和らいだ。


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