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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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7-6

 メイリはその赫い瞳を上に向けて、未だ未練があるような表情をしていたものの、最後にはそう納得したように呟いた。


 「ああ。だから、あまり気にしすぎるな。それよりも他にもっと警戒する相手がいる」


 エルハルトはあの薄気味悪い貼り付けたような笑顔を思い浮かべた。


 「恐らくあの考古学者の男はやり手だ。わずかな隙からも足下を掬われかねない。子供騙しの小細工に構ってる暇なんて無い」


 「そうですね……」


 だが――


 「三日後のデートも掛かってることですしね」


 「ん、そうだ……な?」


 その瞬間、全ての優先順位が後退し、彼の脳裏にはあの小っ恥ずかしい念話会議が再生された。


 「ぬあー! 今そんなどうでもいいことを思い出させるな!」


 エルハルトは思いもよらぬ刺客からの一撃に、思わず反射的にその弱々しい両手を掲げた。


 「どうでもいいこと……? それ、ミーシャさんが聞いたらどう思うと思います?」


 だが、そのあまりにも自己中心的な防衛反応はやはり、英雄的な犠牲を知る戦士たちにとっては、些か情け無い所作に見えることは確かだろう。


 聞き捨てならないエルハルトの非英雄的な態度に、メイリの視線は、遥かなる上空から、再び様々な重力がのしかかる地上へと戻された。

 

 「……すまなかった」


 エルハルトは素直に謝った。


 「私に謝られても困ります」


 「……」


 エルハルトは遥か高みから見下ろす、メイリの冷たい真っ赤な視線に、やり場の無い罪悪感を感じて、目線を逸らした。


 さっきまで饒舌に語っていた彼の面影は微塵も無かった。


 エルハルトは突然変わってしまった大気の温度に喉を詰まらせながら言った。


 「いや、その……違うんだ、これは」


 「……」


 「……」


 沈黙。


 「……楽しみじゃないんですか?」


 言葉を継げず、俯くエルハルトの頭上に白雪が舞い降りた。


 「……楽しみだよ……もちろん」


 エルハルトは突然降り始めた雪に、戸惑ったような声で答えた。


 「……はあ……楽しみにしているのなら、楽しみにしているって素直に言えばいいのに……」


 雪はすぐに止んだ。

 だけどその冷気によって、降り立った冷たい霜は、もやもやとした得体の知れない罪悪感と一緒になって、エルハルトの心を冷やした。


 「その……すまない」


 「はあ、だから、私に謝られても困ります。それに、それぐらい何の罪にもならないんですよ。中には人の幸せをやっかんで悪く言う人もいるとは思いますが、私は――」


 「わかっているさ、僕だって――でも……」


 もちろんわかっている。

 人は幸福を求めるように造られていて、それは万人に共通する普遍的な感覚である。

 であるならば、人は自分がそうである限り、人の幸福を正当な理由なくして阻んではいけないし、もし、それを阻む者がいたのなら、強い態度を持ってその者を悪と断罪しなくてはいけない。


 「でも?」


 「いや、何でもない……」


 だけど、エルハルトは今だけは、何故か彼女がそういった悪人であることを心の底で望んでいた。

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