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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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152/215

7-2

 「……」


 こうして、激突と同時に巻き起こった、戦禍の中の混乱はあらゆる謎と不愉快さを残したものの、時が経つにつれ、徐々に落ち着きを見せていった。


 だが、一転して静まり返った館のエントランスには、襲撃者たちの今にも泣きだしそうな女性の息遣いに、未だ絶えることの無い張り付いたような胡散臭げな笑み、そして、到底旧友に向けられたものとは思えないほど温度の低い怜悧な視線が混ざって、先ほどとはまた違った不穏な空気が到来していた。


 やはり、未だに戦乱の予兆と混沌は消え去っていないのだろう。


 「うふふ……随分と愉快なことになっているみたいね……」


 その証拠に、エルハルトは眼鏡の男の影に隠れた残る一人の存在を失念していたし、影から現れた彼女がその提案をするまで、エルハルトはそれらのあらかじめ用意していたはずの、一切の段取りがすっかり頭から抜け落ちていた事に気付いてすらいなかったのである。


 「でも、そろそろお互いにご挨拶なさってはいかが?」


 奇妙なやり取りを見守っていた最後の人物――明るい金髪を長く美しい毛先から綺麗にロールさせた、妙齢の女性が言った。


 女性は明るい金髪に赤色のトレンチコートという派手な格好だったが、その見た目の割には、しっかりとした上品な言葉遣いで、エルハルトたちが失念していた、自己紹介という文化も、その丁寧な口調と物腰で皆に思い起こさせていた。


 「ねえ、ジャン? お互いに名前も知らないのでは、これからの親交に不便があるのではなくて?」


 彼女は隣にいた眼鏡の男にそう問いかけた。


 「ふふ、そうだね、ユディト――」


 妙齢の女性のしなだれかかるような視線に、シュネデールは甘い口調で答える。


 どうやら二人の行き交う視線はどこか意味ありげなようだった。


 もしかしたら二人の間には第三者には窺い知れぬ、秘密の慕情が行き交っているのかもしれないと、エルハルトは直感的に思った。

 

 「では改めまして……名乗りを申し遅れてしまった事をここにお詫びいたします。私はイェレアのシュネデール。ここより西にありますイェレアという地の学び舎で、末席ながら、考古学を生業としております、ジャン・ボワール・シュネデールと申します。まずはあなた様方との、この数奇で素晴らしい巡り合わせに感謝を。そしてどうかこれからの調査が神のご祝福に与からんことを願っております」


 エルハルトは彼の丁寧な自己紹介に応えて言った。


 「ああ……こちらこそ取り乱してしまってすまない」


 エルハルトは内心、度々巻き起こる情報の嵐ともいうべき連鎖的な反応の精査に四苦八苦していたが、シュネデールのかしこまった丁寧な挨拶に、更なる攻撃に備える必要があると悟り、心を入れ替えざるを得ないと思った。

 

 「僕はこの玲瓏館の主人、エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクだ。それと、こちらは使用人のメイリ、アリア、アレクサンダーだ」


 エルハルトは使用人たちを一人一人指さした。


 「これから三日間使用人ともども、よろしく頼む。僕たちもこの機会に君たちの歩みに新しい発見が見出されることを祈っているよ」


 そして手早く紹介を終え、最後にありきたりなふわっとした祝言を送ると、それを早々の締めの言葉とした。


 これ以上ぼろを出すわけにはいかなかった。


 「ええ、神の導きがあらんことを――」


 だが、そんなエルハルトの内心を見透かしたようにシュネデールが言った。

 

 彼はいかにも社交辞令的な大げさな笑みを浮かべると、エルハルトに倣って後ろに控えていた女性たちを見回した。


 「ではこちらも軽く自己紹介をさせていただきますかね。ではルキナから……」


 どうやら彼の連れはエルハルトとその従者とは違って、すぐにぼろが出るような柔な素材ではないらしい。

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