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「……あなたはエル君の使用人なんだから、もっとその才能を彼の為に生かした方が良い。いつもだらけたり、甘えてばかりで全然役に立ってない」
連日負け続けのレーネは、拗ねたようにそっぽを向いて、物置部屋に飾られたがらくたたちを見回した。
確かに彼女から見ればこのがらくたたちのように、メイリは役に立たない存在なのかもしれない。
「折角彼のすぐ近くにいるんだからもっと……」
だけどレーネはふいに居並ぶがらくたちの中からとあるマネキンに目を止めると、そう寂し気に呟いた。
「……」
メイリは突然黙りこくってしまったレーネの視線の先を追ってそのがらくたを探し当てる。
それは二人一組のマネキンだった。
高貴な令嬢が着るような、可愛らしいフリルがふんだんにあしらわれたドレスに、それにふさわしい背の高い細身の執事服。
それはかつて夏祭りを共に彩った、思い出の衣装、その原型だった。
彼女がそれをどのような気持ちで見つめていたかはわからない。
だけどメイリはその姿に何か放っておけない気持ちになって口を開いた。
「いえ、あなたが働き過ぎなんです。あなたの時間が有限なように、私たちから見たあなたの時間も有限なんです。もちろん目的の為に邁進する事も大切ですが、それはそれとして、もっとエルハルト様や、例えば、私のような”お友達”と過ごす時間も大切にしていただけたら、私個人としてはとても嬉しく思います」
彼女だって彼の隣にいることぐらいは出来たはずなのだ。
「むう……何でいきなりそんな正論言うの」
「正論ではなく私個人のお願いです」
だが、それは彼女が彼女なりの生き方に従っただけに過ぎない。
自由意思は常にその個人に委ねられるべきである。
ただ、メイリはそれでもなお、彼女との有り得たかもしれない思い出を夢想して、後悔した。
「はあ……わかってる――私だってわかってた」
だけど、やはり言葉は不完全なツールだ。
「結局はこれも独りよがりの何の意味も無い独善だって。でも私にはこのやり方しか出来なかった。現象による普遍的な真実を追い求める以外に、自分自身を納得させる事ができなかった」
その感情の全てを詳らかにするものではない。
メイリは後悔の渦に捕われて、悲し気に目を伏せるレーネに何とかこの気持ちを伝える方法は無いか探した。
「……違います。私は別にあなたの行いを否定したいわけじゃない――」
でもそんな都合の良い方法はこの世界のどこにも存在しない。
だからメイリは、本当に伝えたかった事を頭の中で整理して、ゆっくりと言葉を紡いでいった。
「むしろ……私はあなたがエルハルト様の為にその限りある時間を注いでくれたことに感謝しています――」
いつも億劫になって避けていたことだった。
だけど今日だけはその億劫さにきちんと向き合わなくてはいけないようなそんな気がした。
「あなたが彼のためを思って過ごした時間は無駄でしたか? 世界の真実を暴こうと必死にその思考を巡らせた時間に一欠けらも価値が無いと言い切れますか? そこに自分なりのやりがいはどれほどありましたか? そこに何らかの思い出や感情が込められている以上、それらが何の意味も無かったなんて、あなたのその科学的な視点から言い切れますか?」
メイリは彼女が抱いているだろうその虚無感に、少しでも手が届くようにまくしたてた。
「――――……あなた、何なの?」
レーネは突然語り始めたメイリに、驚いたように顔を上げて、その不安そうに揺れる彼女の瞳を見つめた。
もしかしたらその虚無感はメイリが自身の心の内に持て余しているだけのものかもしれない。
「……お友達です」
だけど、メイリはそれでもなお、今回はその単語でゴリ押すことに決めた。
「今日、ちょっと話しただけのくせに?」
レーネが訝し気な視線になってメイリを見つめた。
「はい。でもあなたについてはここ何か月かは暇さえあればずっとあなたの事を考えてたくらいには考えていたので、ちょっと話しただけというのは少し正確ではありません」
「え゛っ……こわ……やっぱ友達申請取り消していい?」
「ええ、取り消すなら今ですよ」
そして最後に彼女にもう一度問う。
少なくとも彼女はそれを受け入れれば、その研究一辺倒の生活に微かなノイズが入ることを認めざるを得ないだろうから。
「……」
「……」
「……やっぱいい。取り消すの取り消す。私、友達少ないし」
「ありがとうございます」
だが、どうやら幸いなことに彼女もそれを重要な事とは捉えてはいないようだった。