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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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6-36

 「……」


 「……」


 また少しの時間が流れた。


 メイリは沈黙の後でようやく本来の目的を思い出した。


 「でも、あなたは何かしらそれを解決する方法を見つけたのでしょう?」


 そう、本来の目的はあの日彼女が、何を目的に何をしようとしていたのか、である。


 「うん、失敗しちゃったけどね」


 レーネはまたいつもの調子に戻って、淡々とした無表情で言った。


 メイリは彼女の態度からそれらの試みが失敗に終わったことを薄々察してはいたものの、一応微かな期待を込めて続きを催促した。


 「やはり、あの大広間の痕跡はその失敗によるものなのですか」


 「うん、そうだね。細かな原理を説明するにはさすがに一晩じゃ足りないし、複雑な数式を経由する必要があるから詳しくは語らないけど、簡単に言えば、彼の特有の崩壊現象、いわゆるラムダ崩壊を介して、そこから取り出したエネルギーを転化、それによる相転移によって、マナエネルギーの特色であるあらゆる物質的な情報を恣意的に改竄する手法を取る――まあ、つまりもっと簡単に言えば、私の情報を彼と同一のものに書き換え、逆に彼の情報を私のものに書き換えようとしたの」


 「うーん、なんとなくわかった気がします……でもそれって――」


 レーネはまた複雑な解説をし始めたものの、今度は結論自体は至極単純なものであるようだった。

 だがそれ故に――


 「うん。それじゃあ、何も根本的な解決にはならない。私がエル君の立場と入れ替わるだけだからね」


 「ああ、だから――」


 「うん。上手く隠してたつもりだったけどばれちゃった」


 そんな大雑把で、捨てる場所が多すぎるような結論を、もう彼の勇者が許せる道理はなかっただろう。

 彼女は自らの過去の過ちにより、それらの大雑把な解決法は特に好まざる傾向にあった。


 「それは止められますよね。ミーシャさんにとって、あなたとエルハルト様は同等に大切な存在。彼女が勇者である限り、どちらかを犠牲にする選択なんて、絶対に取れる訳がありませんから」


 「……そうだね。だけど、私はそれでもよかった。私はミーシャのことが大好きで、エル君のことも大好き。だったら、自分の全てを投げ打ってでも、困っている大好きな人たちの問題を何とかしようとするのが勇者だし、そうすべきだとあの旅以来ずっと思ってるし、今でも当然思ってる。それが限りある私の使命なんだって……」


 だが、それも彼女が勇者から受け継いだ大切な意志だった。


 彼らの天秤は常に公平だ。だけどその天秤を支える自らの身体は常にその外に有る。


 「そう、ですか」


 彼女たちのその厄介な性質にメイリは少しの呆れとちょっとした寂しさを感じながら呟いた。

 彼女たちは自分たちに向けられたほんの僅かな同情と友愛の視線を知らない。


 その強さ故に。その公平さ故に。


 メイリは彼女たちにその義務を強いた世界を少しだけ恨んだ。


 「で、あなたの蛮行を止めたミーシャさんの方では何か解決策はありそうなんですか」


 「さあ、わかんない。でも特に具体的な策は無いだろうね。ミーシャの頭で私よりもこの現象を理解できているとは思えないから」


 「とんでもない言い草ですね」


 「事実だから……でも――」


 「でも?」


 「ミーシャなら何とかしてくれるような気はする」


 「確かに……」


 その曖昧な共通認識がミーシャが勇者と呼ばれる所以であり、人々の希望を受け止めるために生まれた器であるという証左でもあった。


 だが、それを語る目の前の少女もその一部であるがゆえに――


 「それにもしミーシャが何とか出来なくても、私がいるから……あなたはなにも心配する必要はない」


 「……」


 彼女のその、勇者らしからぬ諦観の混じった弱弱しい声音に、メイリは思わず口を噤んだ。

 レーネの「私がいるから」という台詞からは、とても人々の希望を受け止められるほどの力は感じられなかった。


 (……気に入らない)


 やはり、勇者というのは気に入らない。


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