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「だから、早く要件を言って。こんな遠回りしたから、もう日が暮れちゃったでしょ」
レーネはカップを両手に持ったまま、それに隠れるように目を逸らした。
意外とわかりやすい性格をしているのかもしれない。
ミーシャの前評判も案外的外れではないようだ。
揺れる紅茶の水面を必死に見つめるレーネに、メイリは少し愉快な気持ちになった。
「ええ。ですが、この遠回り自体が一つの目的であることはあなたにもわかっていただきたいと思います」
「あなたがこんな姑息な手を使うような人だとは思わなかった」
「あら、知らなかったのですか。私は目的のためなら何でもする女ですよ。この屋敷の主人と同じようにね」
「知ってる。あなたがさっきからとても緊張していたことも知ってる。肩の筋肉がこわばって、紅茶を持つ手も強く握りしめすぎて白くなってた」
「ええ、それは緊張しましたとも。だってあなたは絶対に手に入れたい目標だったんですから」
「もう……そう言うの良いから。早く要件を言って。私たちの本当の目標は別にあるでしょ。おともだち、なんだからわかるよ」
レーネは「おともだち」という単語を強調して、皮肉っぽくいったが、メイリはその単語を言うときのレーネの声の調子が少しだけ震えていたのを聞き逃さなかった。
「ふふっ……」
「……」
だが、メイリはそれ以上その美味しそうなネタには手を付けず、彼女の要求通り、話を次に進めることにした。
時間の余裕がそれほど無いのもそうだったが、それ以上にお互いの共通認識となった課題が、それほどに重く、厄介な課題であることを、その一瞬後に産まれた彼女の居心地の悪そうな無表情に感じとったからである。
「……そうですね――では、単刀直入に申し上げます。あの日、エルハルト様をどうするつもりだったのですか」
レーネは少し考えた後に何かを躊躇うように言った。
「……全部は詳しく語ることはできないけどそれでもいい?」
「ええ。私は真実を知りたいわけではありません。私は明日を生きるための方法が知りたいだけです」
「そう……」
レーネは飲み干して、空になったティーカップの中身を寂し気に見つめながら言った。
「ごめんなさい。それでも私の口からはあなたに確実といえる情報を伝えることはできない。それは言語というツールが不完全であるという事実と共に、その不完全な情報があなたに渡ってしまう事のリスクがあるためであり、結果的にはほとんど意味を持たない抽象化された言語という文字列だけがあなたの中に残ってしまう可能性があるという事――」
「……」
彼女の冷静な口調とは正反対の、少し怯えを孕んだ語句と自己懐疑的な態度にメイリが返す言葉を見つけられないでいると、彼女もまた困ったように空のティーカップを顔に寄せた。
「えと、だから……」
「大丈夫です。話半分で聞きますから」
メイリが掛けられる言葉はそれしかなかった。
だけど彼女は経験上、その言葉がこのような場面において、少なからず相手の負担を減らす効果があることを知っていた。
「……ありがと。助かる」
レーネは空のティーカップからようやく目線を上げて、メイリの方を向いた。
どうやら少しだけ効果はあったようだ。
「ふむ……」
そして、レーネは手に持ったティーカップを受け皿ごと、音が鳴らないように慎重に目の前のテーブルに乗せると、一息ついてから、ついにその衝撃的な事実を淡々とした口調で語った。
「あえて誤解を与えるように言うのならば、エル君の存在は崩壊しかかっている……と私は考えている」