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6-31

「まあ、こんなもんでしょう」 


 大きな小動物を物置小屋に残して、すぐ隣の給湯室へと逃れたメイリは、あえて時間が掛かるように、使い慣れた給湯室で、作り慣れた紅茶を淹れ、いつも以上に香り立ったその優雅な赤茶色の香しい香りを嗅ぎながら、頃合いを察した様に小さく呟いた。

 あらゆるものに時間を寛大に使わせる手法は、彼女たちが永遠の存在であるがゆえに洗練されたものなのかもしれない。


 無駄に洗練されたそれらの手法に少しの感謝と、それと同等以上の、待たせ過ぎたかもしれないと言う普遍的かつ、常識的な不安を抱えながら、メイリはティーカップが二つ乗ったトレーを持って給湯室を出た。


 少しだけ身構えてから、すぐ隣の物置小屋のドアノブに手を掛ける。


 「お待たせいたしました――って、また……」


 だが、部屋に戻るなり、残念ながらそれらの心配事や手法が、完全に無駄の塊であった事が簡潔にそして如実に突きつけられてしまった。


 「いや、これは違うの。果てしない宇宙の真理がもし目の前にあったなら、それを知ろうとしないのはむしろ人間にとって恥ずべきことなの。私はそのような人間にはなりたくない」


 床に這いつくばって、マネキンのスカートの中を覗き込んでいたレーネが言った。


 「それ、別に何の言い訳にもなってないですからね」


 だがしかし、メイリは様々な落胆を胸に秘めながらも、それ以上の言葉で彼女を責めることはできなかった。


 「大丈夫ですよ、怒りませんから。手は触れてないのでしょう?」


 「うん」


 何故なら、彼女は先ほどとは違って、床に張り巡らされた古風な木目に這いつくばってその真理を追い求めていたから。


 つまり、彼女は何ら約束事や規則に触れているわけではないという事。


 そして、もちろんメアの清掃が行き届いているこの部屋の床は埃一つ無い、清潔な床だ。

 土足で踏み入れることが前提な床であっても、そこらの公園のベンチに寝そべるよりはよっぽど清潔である。


 故に衛生意識の観点からもメイリは未だ彼女を責める段階にはないのである。たぶん……


 「いつまでもそんなところに這いつくばっていないで、早くこちらに来てください。折角入れた紅茶が冷めてしまいます」


 「……」


 「早くしなさい」


 「うん」


 メイリのあまりに冷えた視線に、レーネは観念した様にそろそろとやって来て、窓辺に置かれたソファにその腰を落ち着かせた。


 メイリもそれを見届けると、手に持った盆から手前のテーブルに紅茶を移して、横にもう一つ置かれた一人掛けのソファへとその身を埋めた。


 「さあ、遠慮せずに召し上がってください」


 そしてメイリは客人に先んじて紅茶に口をつけた。

 

 「これがミーシャが言ってた例の紅茶……」


 「もう……一体あの人は私のことをどんな風に吹聴して回ってるんですか……」


 レーネは少しためらったようにメイリを一瞥すると、小さく、いただきますといってから差し出された紅茶に口をつけた。

 どうやら、不安だった教育環境も最低限の水準だけは備えているようではあった。


 「……! 美味しい……!」


 レーネが感嘆した様に呟いた。


 「……」


 そしてメイリはあえて何も言わず、彼女が驚きと共に紅茶を啜る姿を見守った。

 安らぎは無言の時間の中でのみ与えられる。

 それはきっと彼女も同じであるはずだと、何の根拠も無く思った。


 そして二人はしばらく無言で紅茶を味わった。


 ティーカップの、受け皿とこすれるカチャカチャという音だけが静かな物置小屋に響いた。


 メイリは紅茶をすすりながら、今回の紅茶はいつもと比べてもなかなか悪くない出来だと、心の中で一人満足げに独り言ちた。

 

 ――――……

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