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「では、皆さまごきげんよう――さて、いきましょうか、レーネさん」
そしてメイリはすぐさま顔を上げると、くるりとアリアに背を向けてレーネに声を掛けた。
しかし――
「うん――あっ、でもその前に」
踏み出しかけた足を止めてレーネが言った。
正直メイリもかなり恥ずかしいことをした自覚があったので、もう今すぐにでもこの場を立ち去りたい気分だったが、どうやらレーネにはまだ用事が残されているようだった。
メイリが少し気まずい心境の中で、レーネを見つめていると、彼女は徐に歩き出してメイリの脇を抜け、そして背後にいるシラの前に立った。
「シラさんって言ったっけ?」
「あ、うん。そうっすけど……」
意外なことにレーネの用事はシラに関するものだったらしい。
「ちょっと手の甲、見せてくれる?」
「? ああ、はい」
そして皆がその行動を不思議そうな顔で見守る中、レーネはシラに手のひらを出させ、そこに何やら人差し指でさらりと文字を書くようになぞった。
「え、何すか、これ」
もちろん当のシラも不思議そうな顔で言った。
「いい子になるためのおまじない」
「いや、何すかそれ」
「三日で取れるから。頑張って」
「え……」
レーネは言葉少なにシラにそう告げると、天井の何も無い空間に目を向けた。
「……」
「……?」
すると驚いたことに、唐突にどこからともなく”たらい”がシラの頭上に降ってきて、ガシャンとその頭をしたたかに打ち付けた。
「――!……あっ、痛ったー」
「うん、これはチュートリアル。三日間だけいい子にしてたら大丈夫だから。じゃあ、また」
「えっ、なにこれ!? 馬鹿じゃん!! これ馬鹿じゃん!!――って、あっ、痛ったー!!」
レーネは、早速「悪い子スパイラル」に陥っているシラに背を向け、何事も無かったかのように歩き出した。
「行くよ」
全てを置き去りにして、メイリの前に立ったレーネが言った。
「……これ、勇者がやることですか?」
折角のいい雰囲気をぶち壊してでも、彼女がそれらの仕事をやり遂げたことに、メイリは少し引き気味だった。
「うん、旅してた時はあんなんいっぱいいたからね。良い魔法でしょ? 開発者私」
「へー、そうなんですね」
そしてメイリはそのレーネの言い草に、絶対に彼女には手の甲を見せない事を誓った。
――レーネさん、あんたやっぱ神だわ……
――神なもんか! 悪魔だ、悪魔! って、あー痛ったー! アリアちゃん、痛い。治癒魔法掛けて
――……へっ? ああ、そうですね……もう、仕方ないですね。一回だけですよ、さっきのお礼です
立ち去る背中に彼女たちの賑やかな声が聞こえる。
暖かくて、とても大事な日常。
メイリはこの温もりを絶対に手放すものかと思った。
――――……