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6-24

 公明正大とはかけ離れた行いをしてきた女が、いきなり行いを正し、社会の守護者を目指し始めれば、別人を疑われるのもやむなしと言え、もしその過去の、積み重ねた罪の清算をしたいのならば、それ相応にその時点からの償いと釈明を行わなければ、社会の公平性は保てないのである。


 「だって、なんかおかしくないですか? 普段のメイリさんならもっと取り乱しててもおかしくないのに……」


 「……はあ、あなたは私を何だと思ってるんですか? 私は何千年も生きたネームドですよ? この程度の事では慌てません」 


 「で、でも……」


 「アリアさん、良いですか? あなたは知らないかもしれませんが、これまでにも玲瓏館のピンチはいくらでもあったんです。その都度解決してきたのは誰だと思います? もちろん私です。まだあなたは私の真の姿を知らないだけなんですよ」


 もちろん嘘だった。

 ピンチがいくらでもあったのは事実だが、それを解決していたのは大体がエルハルトだった。

 だけど嘘をついてでも――


 「嘘……ですよ。メイリさん――」


 しかし、その嘘は秒で暴かれた。何故だかいつも彼女には嘘が通じない。


 「嘘じゃな――」


 だけどメイリはいつものようにその嘘を嘘で塗り重ねることができなかった。

 彼女のその表情に、もうこの屋敷の日常が立ち去ってしまった後である事を思いだしたからだ。


 彼のいつもの憎まれ口も、笑顔も、全てを包み込むような温もりも、もう存在しない。


 いつも通りがもう壊れてしまっているのは、玲瓏館の職員全員が知るところだった。


 「本当のこと……言ってください」


 アリアの美しい新緑色の瞳が、今度は溢れ出た一滴によって滲んだガラス玉のようにきらきらと光った。


 「もし、辛いことがあったら、遠慮せずに言って。無理しないで。私が……側にいるんですから」

 

 これが彼女の罰だろうか。


 「――――……」


 メイリは彼女の頬を流れる一粒一粒に、その都度心の奥が締め付けられるような痛みを得た。


 どうしてだろう。

 何故早く声を掛けなかったのだろう。

 あれから、彼女が自分を避けていたことには気づいていた。


 それに気づいていたのに、何故そうさせていたのかに思い至ることができなかった。


 「アリアさん――」


 他人からどう見られているのか。


 不安定に揺れる、もう明らかに倒れそうな樹を見て、人はどう思うだろうか。


 彼女が抱えている痛みや事情は知っているつもりだったのに、メイリは日常を守るという名目で、その日常の中に生きる彼女の心をないがしろにしていた。


 「あ……ごめんなさい。私――こんな事言うつもりじゃなくて……」


 何故、彼女は謝るのだろう。

 全ては自分に責任があるのに……


 だけど、それらの言い訳をメイリは言葉にすることができなかった。

 目の前で涙を流す少女の、溢れ出た感情がメイリの喉元に刺さって息をする隙間さえ塞いでいた。


 「ごめんなさい。メイリさん……私、今日はちょっと体調が良くないみたいです。メアちゃんでさえ限界が来てるんだから仕方ないですよね。だからメイリさんも無理せずちゃんと休んでください――私からは以上です。ではまた……」


 そのまま背を向け立ち去ろうとするアリア。

 

 何か言葉を掛けてその足を止めなくてはいけない。

 そんな直感がメイリを支配していたが、しかし、喉元を絞めつける鋭く尖った見えない棘は彼女にそれを許さなかった。


 彼女の放った言葉がなぜこんなにも痛みを伴うのか。

 なぜその感情が人の自由意思を阻害してしまうほどに力を持っているのか。


 それに思い至れぬメイリに、彼女の足を止める術は無い。

 

 メイリとアリアを繋いでいた複雑に絡み合った糸が、一つ、一つとほどけ、するりと抜けるようにその結びつきを失っていき、そして最後には――


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