6-22
歩く廊下に差し込む茜色の夕日は、世界のことごとくをセピア色に染め上げて、もうここが過去の産物であることを知らせた。
人が持ち得るのは現在のみである。
ならば、虚像であるこの世界からは一刻も早く立ち去らねばならない。
現実がもうすぐ目の前にあるのだ。
屋敷の踊り場をたどって階下へと降りていくと、自らを見上げる綺麗な新緑色の瞳とかち合った。
なんだか随分と久しぶりな気がするその幼さを残した双眸は、例の如くメイリを避けるようにすぐに明後日の方向を向いて逃れた。
「アリアさん――」
一つだけ会釈を残し、焦ったように次の階段へと向かおうとするその背中にメイリは声を掛けた。
「え?……はい、えと、お疲れ様です、メイリさん」
何故声を掛けたのだろうか。
困惑し、立ち止まるアリアの表情は、メイリが内心で抱いた気持ちとほとんど同じだった。
「……」
メイリは頭の中を整理しながら、階段の先で不安気に佇むアリアの元へ向かう。
階段の一つ一つの段差を踏みしめながら、その理由について思考を巡らせると、少しずつその意味が見えてくるような気がした。
「……お疲れ様です、アリアさん」
たっぷりと時間を掛けて、ゆっくりと階段を下ってくるメイリを、アリアは相変わらず困惑した様子で見守っていたが、その様子が普段と違ったものである事に気付くと、諦めたように居住まいを改めて、彼女の到着を待った。
「……」
「……」
沈黙。
「――……」
「――――……」
「あの……メイリさん?」
階段の下に到着したのに、いつまで経っても話し始めないメイリに痺れを切らしたアリアが言った。
メイリはアリアの怪訝そうに下から覗き込む、その透き通るような新緑色の瞳に駆り立てられてられ、ようやく口を開いた。
「今日は――」
「……」
「とても寒かった……ような気がしますね?」
「は?」
そして、開幕まさかのお天気デッキにアリアは思わずあきれたような調子でその単音を返した。
「あの、ええと、いや違うんですよ、最近ちゃんと話せてなかったなーと思いまして……」
「……」
アリアの訝し気な視線がさらに深まって、もう不審者を見るような目になっていた。
「……」
「……」
しばらくそうして、アリアは何も語ることの無いメイリの無機質な表情を見つめていたが、ふいにその固く引き締まった表情を緩ませるといつもの朗らかな口調に戻って、メイリに言葉を返した。
「ふふっ……そうですね――はい、今日はすごく寒かったです。朝とかいつもより何時間も早く起きちゃって」
「そう、なんですね」
唐突にいつもの雰囲気になったアリアに、今度はメイリが怪訝な気持ちになる番だったが、もちろん彼女がそれを表に出すことはないし、そもそも会話の主導権を渡した彼女にそれらの流れを止める手立ては無かった。
「はい――そしたらですね、朝の廊下で偶然メアちゃんを見かけて――」
「メアを……?」
「はい。やっぱり心配ですか? メアちゃんの事」
だから、アリアの少しの勘違いに気付いたあとも、メイリは心の内で小さな後悔に浸ることしかできなかった。
「……そうですね」
「やっぱりそうですよね……ごめんなさい、メイリさん。実は私、メアちゃんが過労を宣告された時同じ場所にいたんです――」
メイリはアリアから明朝に起きた地下植物園での事の顛末を知らされた。
――――……