6-13
「可愛らしい……ねえアリアちゃんもどうでしょう、もしよろしければ――」
「いいえ、結構です」
でもそんな絶対者にもNOと言える人材でありたい。
アリアはメアの台詞にかぶせ気味で言った。
「まあ、それは残念です……」
「ごめんね、メアちゃん」
「いえ――」
「ああ、それは残念だ――」
足音。
どうやらここに来て楽園に一人の侵入者が現れたようだ。
「――ごめん……でももちろん興味はあるんだよ、興味は。でも……」
だが、アリアは後ろから迫る足跡に気付かずにそのまま会話を続けた。
「そうか、その気持ちはわからんでもない。だが、ほらこの植物達を見てみろ。どの面も今を懸命に生きている顔だ。いつかお前の為に命を散らすかもしれないのにな――」
侵入者が言った。
「……! そうか、そうだよね……ごめんなさい……でもどれだけ言われても無理なものは無理だよ……たとえこの子たちが私の命を救ってくれる存在かもしれなくても、それに命をとられそうになったら本末転倒だから――って……」
アリアの横を、何者かが後ろからすっと通り抜けた。
彼女の背丈よりも二回りも三回りも大きな影。
引き摺られるように通り抜ける薬品の香りと、尾を引く白衣の裾――
「ああ、そういえばメア、上に有ったドクニンジン、一つ頂いてしまったが良いか?」
「ええ、大丈夫ですよ。エルハルト様から錬金術にお使いになりそうなお花は全て多めに育てておくように仰せつかってますから」
「ああ、助かる……」
そう言って業務連絡を終えた侵入者である白衣の男は、自分の目線よりいくらか下にある、見覚えのある毛皮コートを羽織ってこじんまりとしている少女をじっと見つめた。
「え、あっ、おはようございます、テオスさん。えーと、その、このコート少しお借りしてました。あの……汚したつもりはありませんが、もしそうしたものがあれば――」
彼の相変わらずの目元に大きな隈を湛えた、鋭いじめじめとした視線にアリアは耐え切れなくなって、思わず、縮こまった肩をさらに縮めて委縮した様に挨拶を吐き出した。
「いや、気にするな。そのコートは元々はここを使う者の為にエルが用意したものだ」
不健康そうな目元に、厭味ったらしいほどに理性的な口調――
そう、二人の会話にぬめっと介入し、遥か頭上から温度の低い視線でアリアを睨めつけてきた男は、この植物園の主にして稀代の錬金術師、テオス・プラストスである。
彼は引き続き、居心地が悪そうに自分を見上げる少女に絶対零度の視線を送りつつ、その薄い唇を開いて、彼女に語り掛けた。
「それに良く見ろ。もうすでに土やら植物の体液やらで大分汚れているはずだ」
「えっ、嘘……あっ、本当だ!これ、こういう模様だと思ってた!」
アリアはテオスの言葉に思わず飛び上がって、指摘された対象を確認した。
濃い茶色の陰に潜む前衛アートのような縞模様は、確かに、楽園の住人の所業であると言えるものだった。
「まあ、落ち着け。一応それは共有のコートだからそれほど危険な植物とは接触していない。つまりそれはお前の言う通り大体がただの模様だ。安心しろ」
「でもっ……うぅ……はい……」
アリアはデリカシーの足りていない、彼のあまりにぶっきらぼうな口調に、思わず反論を試みようとしたが、しかし途中で思い直したようにそれを取り下げた。
彼個人にそれ以上の反論や愚痴を重ねたとしても現実世界には一欠けらほども見返りが無いからである。
「……」
その事実を彼の冷え切った視線が絶えずアリアに知らせていた。
アリアはこの男に散々に世話になっておきながら、その理性的すぎる少し高圧的な言動と目線に未だ拭いきれぬ苦手意識を抱いていた。