6-10
アリアは頭を振って、その陽炎を実体へと戻した。
だからもうそろそろ覚悟を決めるべきだろう。何故なら、これ以上ぐずぐずしていたら折角持ち合わせた無自覚と言う宝が、するすると指の間を抜け、いずれ無くなってしまうからである。
「あ、あのさ……」
アリアは覚悟を決めたように息を吸った。
「メアちゃんはさ、エルハ――」
「申し訳ございません、アリアちゃん――」
その時唐突にメアの身体がブレたように視界から消えた。
それはアリアのなけなしの覚悟を置き去りにするような速度で――
「えっ、なっ何っ!?――」
そして突然のことに驚くアリアの足下に謎の物体がばさりと音を立てて落ちた。
「ひいっ……!」
それは植物の蔓らしき緑色の残骸だった。
緑色の残骸はその鋭利な刃物で切り裂いたような切断面から透明の体液を滴らせながら、未だアリアの足元でうねうねと蠢いている。
「うーん、どうしたのでしょう。いつもは皆さまもっと大人しくしていらっしゃるのに……」
気付けばメアは先ほどと同じようにシャワーノズルを持って眼前の草花を見つめていた。
先ほどと違うのは片手のシャワーノズルの栓が閉じられていることと、もう片方の手に、園芸用にしては些か大きすぎるような鋏がその手に握られていることだった。
アリアはまだ状況を飲み込みきれてはいないが、とりあえず状況を鑑みてメアに礼を言っておく事にした。
「え、ええと……ありがとう、メアちゃん――」
メアは良い子だ。だから彼女が為すことは必ず善である。きっと――
「いえ、こちらこそ話の腰を折ってしまって申し訳ございません」
メアはそう言って少し申し訳なさそうにしつつも、片手に持った大きな鋏をシャキシャキと鳴らした。
アリアはその姿に尋常でない不安を感じて、さっきから気になっていたとある疑惑を尋ねた。
「……もしかして、この植物園って半分違法だったりする?」
「半分違法……? いえ、当館はコンプライアンス遵守を是としており、もちろんこの植物園もダンジョン規制法に乗っ取った――」
しかし、どうやらとても大事な前提条件を失念していたのはアリアの方だったようだ。
「あ……ごめん、これ私が悪いわ。そういえばここダンジョンだったわ」
「……?」
メアは不思議そうに小首を傾げる。相変わらず可愛らしい純度百パーセントの無垢。
つまり誤っているのは自分の方という事だ。
「……」
アリアはさらに差し迫った身の危険を感じて、顔面から血の気が引いていくのがわかった。
そんな彼女の変化に気付いたのか、メアはアリアの方を向くと表情を緩ませて、菩薩のような微笑みを浮かべて言った。
「ふふ、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、アリアちゃんは私が守りますから」
「綾波ぃ~」
「?」
「ああ、ごめん。はは……うん、それなら絶対安全だね」
しかしそんなメアの、心がポカポカするような表情と台詞は、思った以上にアリアの精神に余裕を与えたようだった。
何故ならもうすでにその言葉を証明し得る実績があるから。
この楽園を支配する彼女より恐ろしい存在など他に存在しない。