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6-5

 扉を通り抜けると、中はまだ暗闇だった。

 遠くにぼおと灯るメアの緋いランプの火だけが見える。


 どうやら幸運なことに、まだその催しは始まっていないようだった。


 しばらくその火を見つめながら、微かな期待を膨らませて暗闇の中でじっとしていると、天井から一筋の光が差し込んだ。


 (……始まった)


 その光は徐々に横幅を広げて、やがてアリアたちが入り込んだ、大きな半円形の楽園に少しずつ色彩を与えていく。


 それは目覚め、そして未来永劫続く微睡み。


 徐々に浮かび上がるその光景にアリアは思わず小さく息を呑む。

 その光景は何度見ても彼女に、自然が奏でる原始的な一体感とそれが内包する感動を与える。


 地下のドームの、天井を覆っていた帳が少しずつ開かれて、その奥に潜んでいた明星が、暗闇の中で今か今かと待ちわびていた住人たちを照らし、夜明けの気配を感じ取った名も知らぬ住人たちが、その葉を、蔓を、花弁を、たおやかに持ち上げ、生命の脈動に揺れる。


 そう、それはまさに楽園。全ての魂の故郷。


 神話に綴られるような、石灰岩を切り出した白の壁面と大地が、朝の光を受けてまばゆく光り、同じように支柱として建てられた、精緻な曲線のアーチ状の柱の間を滑らかに走った。


 「綺麗……」

 

 噎せ返るような植物たちの生命の息吹と、清廉たる陽光に照らされた石灰岩の白。

 白に照らし出された蠢く生命の歓喜を前に、アリアはその鼻腔に“植物”独特の青々とした息遣いが高波となって押し寄せるのを感じた。


 「ふふ、やっぱりアリアちゃんでしたか」


 アリアに背を向けて、この“地下植物園”の天井部分にあたるドームの、開閉装置の操作盤に向き合っていたメアが、その思わず漏れ出た呟きを聞きつけて、徐々に開け放たれる半円形の瞼に目を向けながら言った。


 「おはようございます。今日は一体どうなされたのですか」


 徐々に覚醒する半円級の瞼の奥で、太陽の光と熱を集約させ拡散する、摩訶不思議な結晶体が煌々と輝いた。

 地下で育つ植物たちにとって、その結晶体が放つ揺らぎだけが自らを現生に繋ぎとめる糧だった。


 「あ、えと……」


 あまりに美しい、その幻想的な光景に気を取られてまごつくアリアに、振り向いたメアが、いつの間にか手にしていた厚手の毛皮のコートを持って近づき、それを肩から掛けた。


 「……ごめん、メアちゃん」


 肩にかかるその暖かな息吹に、アリアは微かな罪悪感を感じながら言った。


 「研究室に置いてあったテオスさんの物ですが、とりあえずこれでお身体を暖めてください。そんな格好では風邪をひいてしまいますよ」


 地下植物園の天井に浮かぶ、魔法結晶で造られた不可思議な照明がドームの帳から完全に解放されて、お互いの顔がくっきりと浮かび上がった。


 アリアはなにかまたすごく申し訳ない気分になって、そのメアのきらきらと輝く瞳から目を逸らした。

 きっと今の自分の格好と行動は彼女の目からすると、とても不自然なものに見えるだろう。


 「ふふ、大丈夫ですよ。テオスさんはああ見えて気の良い方ですから、きっと許してくれます」


 彼女の柔らかな微笑みが、植物たちの放つ芳醇な甘い香りとコートから微かに漂う薬品のような香りと共にアリアを包んだ。


 「……ああ、うん、そうだね。でも後からお礼ぐらいは言っておこうかな」


 天に浮かぶ暖かな日差しを与えるプリズムが今度は煌々とメアの銀髪を照らす。


 メアはそのままの輝きを保ちながら、今度は植物たちに慈愛の視線をおくった。 


 アリアはメアのその視線を受けた植物たちが規則正しく一斉に整列してこちらを見たような気がした。


 「さて、次は皆さんの番ですね」


 メアもその気配を感じたのか、楽園の住民達にそう語り掛けると、悠然とした笑みを浮かべた。


 彼らへの水やりはメアの毎朝の日課だった。


 地下に息づく植物たちはそうして施しを与える彼女をきっと神だと認識しているだろう。

 アリアはそれらの意識と限りなく同化しつつある自分を他人事のように俯瞰した。

 

 「……」


 「……」


 沈黙。


 息づく生命の息吹。満たされる幸福。暖かな神の眼差し。溶け合う魂、神秘。


 かつて人は楽園で暮らしていたと言う――


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