6-2
早朝。
ついに朝霜が降りた。
中秋の折り、未だ耳朶に夏の騒がしさの余韻が残る頃である。
いつもより幾分か冷え込んだ東雲の空に、アリアはまだ幾ばくか猶予があるはずの、朝の貴重な微睡みが、もうすでに手の中には無いことを知らされた。
「ううっ、え、嘘……寒っ……」
ベッドの中でもぞもぞと身体を動かしながら、アリアは急速に遠のいていく睡魔の後ろ姿を恨みがましく見つめた。
「覚悟はしてたけど、やっぱ寒いなあ……特に朝は……季節が一個ずれてるみたい」
標高の高いフォーゼルクの、さらに山に分け入った場所にある玲瓏館は、夏が短いだけではなく、朝は相当に冷え込む。
まさに彼女の言う通り、夏には秋のように、秋には冬のように、朝には季節が一つずれたような冬の気配が辺りを包み込んでしまう。
日中にどれほど陽の光が明るくこの黒き森と古めかしい館を温めようと、あくる日には山間を這いずる大蛇の如き寒々しい冷気が、その大きな口を開けて忍び寄り、折角ため込んだ熱を片っ端から飲み込んでいってしまうのだ。
アリアはそんな冷え込んだ空気を肺に入れながら、諦め悪くもう一度布団の中で寝返りを打った。
「はあ、でもまだ頑張れば寝れそう……全然まだ余裕あるし……」
だが、そこはさすが元引きこもり。彼女も惰眠を貪ることに関しては一家言を持ち合わせていた。
……持ち合わせてはいたのだが――
「あ、トイレ……」
暖かな布団に包まれながら、我慢しがたい無情な生理的欲求が身体を駆け巡る。
そう、人が動的な存在である以上、決して避けられぬ生理的な習慣は、往々にしてこのような、絶対に訪れて欲しくないと思うようなタイミングでその戸を叩くのである。
ちなみにアリアが下宿している玲瓏館の女子寮は、高級な施設であることは確かではあるものの、寮であり、旅館ではない故にトイレや風呂はもちろん共有であり、そのため、もし済ませたい用があるのであれば、部屋を出てそれなりの距離を歩かねばならなかった。
「うう……仕方ない……」
アリアは最後に諦めたようにそう呟くと、その暖かな楽園からそっと足を抜け出した。
彼女も遥かなる過去に人類が犯した罪からは逃れることはできない。
――――……