5-30
「やっぱり僕が間違っていたんだ……」
開けっ放しの窓から紙飛行機が、ふらふらと飛び疲れた小鳥のように飛び込んで、部屋の絨毯の上に不時着した。
その紙飛行機はいつかの不格好な折り跡が着いた飛行機で、見てわかるくらい左右の翼の長さが違う。
どう考えてもここまで飛んでこられるほどの出来ではないが、エルハルトはその魔力の痕跡から、彼が自らの身の丈を超えた過分な力を、何者かから施された事によって、その仕事が為された事を知った。
エルハルトは彼女の意志を察して、その紙飛行機を解体して元の一枚の紙へと戻す。
“大広間に来て”
ただ一言、小さくこじんまりとした文字が、よれよれの折れ線が引かれた、その真っ白な紙の真ん中に書かれていた。
大広間とは普段ダンジョン経営において、エルハルトたちがボス部屋として使用している部屋のことである。
もちろん休館日である今日はダンジョンは施錠され、誰も入館できないようになっているはずだが、大魔術師たる彼女にかかればその程度のセキュリティなどなんの問題にもならないだろう。
エルハルトはまたため息をついて、製作途中のジオラマを見た。
あの日以来、ちっとも完成の目処が立たない。暇がなかったのはそうだが、どうにもその趣味に力が入らなかった。理由についてはなんとなく察している。だが、その原因を取り除くには、自分の中の最も困難な問題を乗り越える必要があることもなんとなく察していた。
自室のドアを開けて廊下に出る。
やけに人気のない廊下を歩きながら、エルハルトはずっと心にしこりを残し続けている、あの日の出来事を思い出していた。
――――――……
――――……
あの日、勝利を目前にして、その余裕ごと圧倒的な力でなぎ倒されたエルハルトはダンジョンの機構によって地下の大結晶前へと転送されていた。
「はっ――僕は一体……」
目を覚ましたエルハルトを最初に襲ったのは強烈な寒気だった。
寒い。あまりにも寒すぎる。
勇者一行がやって来て滅茶苦茶になったフォーゼルクの気候はそれでもまだ、エルハルトがこの館を取り戻しに来る前までは、真冬かそれ以上の温度を辛うじて保っていたはずであったが、それが今や、人が耐えうる限界までその寒気は迫っていた。
「全く、どうなっているんだ。僕は大丈夫だけど、この寒さじゃ村の人たちは生きていかれないぞ。勇者の奴らは一体何をしたんだ。っていうか、そもそも僕はどうなったんだ?」
身の回りのあらゆる状況が謎だった。今思えば、自分のその短慮がこの致命的な状況を作ったのだと言えた。
「とにかく……大広間に戻ろう。レーネが心配だ」
酷く冷えた身体を無理やり動かして、ぼんやりと光る大結晶の灯りを頼りに部屋を出た。
いつもより館全体が暗く見える。もちろん、人の営みが絶えた地下の回廊に十分な灯りが無いのは仕方のない事だったが、それでもそれ以上に何か、暗く重い澱のようなものが館全体に立ち込めて、エルハルトの行く手を阻んでいるようだった――
「はあ、はあ……これでやっと地上に出られる……」
エルハルトはその仄暗い廊下を散々彷徨った挙句に、数十分ほど掛けてようやく通行可能な上階へと続く階段を見つけることができた。
不思議な事に、地下から一階に上がる階段は、大体の箇所が雪と氷に覆われて通行不可となっていた。
正直なところ、エルハルトはこの時点で尋常ならざる事態が上階で起こっている事は予期していたが、いかんせんこの寒さが彼の節々を凍てつかせて、この通行可能な階段を探し出すのに多くの労力と時間を掛けてしまっていた。
「早く、レーネのところまでいかないと……」
震える足で古風な石造りの急ならせんを上る。
明かりが見えた。
「――――……」
そしてようやく上り終えた先の想像を遥かに上回る景色に、エルハルトはこの世の全ての言葉を失った。