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ルーファの救済  作者: リリアナ佐助
2章
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43 公爵令嬢の告白


 ソウマは帝国議事政館内に足を踏み入れると、護衛騎士と共に私を連れてそのまま皇帝の下へと向かう。イグニスが倒れた事が伝わっているのだろう。急ぐ護衛騎士達が何度か傍を慌ただしく通り過ぎていった。この様子だと帝国議会は一時中断になるだろう。イグニスが倒れた原因が明らかになるまでは帝国議事政館の方も一時的に閉鎖されるはずだ。

 ソウマと兄、そして私は、先導してくれている護衛騎士の後に続き、皇族執務室に向けて急ぎ進む。


 外観の見た目通りに、帝国議事政館はとても広かった。

 皇帝や四大公爵家以外にも各地の貴族が政治を行う場所であるため、いくつもの部屋が用途別に並んでいる。入り口付近に応接室、その後に簡易的な談話室がいくつか並び、その後に議事堂、各貴族の執務室と続いていく。ちょっとした大食堂や、貴賓室、宿泊用の客室まであり、公務のテーマパークのようだと思った。


 貴族としての位が高ければ高いほど奥に部屋があるらしく、皇帝のいる執務室まで辿り着くのに時間がかかった。とてもじゃないけれど、先導なしには皇帝のいる場所まで辿り着けなかっただろう。


「陛下はこの先の皇族執務室内にいらっしゃいます。ソウマ様より報告が行われる事はもう伝達済みであります」

「ありがとうございます、中尉殿」


 皇族執務室は他の執務室と比較すると扉の作りが重厚であり、また、扉口前で護衛をしている騎士も戦時かと思うほどの重装備でいるため執務室とは思えないほどの威圧感を放っている。その騎士達が甲冑の音を鳴らしながら私達に敬礼をした。


「僕とデール様だけで陛下に話をすることもできる。ルーファが無理をする必要はないよ」


 ソウマがそう耳打ちした。これからの計画を思って言ってくれているのだろう。その気持ちがとても有難かった。怖くないと言えば嘘になるけれど、でも、恐怖に囚われて問題から逃げるつもりはない。私がこれまで動いた結果、今に至るのだから。


「ありがとう。でも、大丈夫」


 そう囁いて返すと、ソウマは少しだけ心配そうな表情をしながら手を握ってくれた。それからゆっくりと前を向き、その目を皇族執務室の扉に向けた。この僅かな時間でソウマの雰囲気が厳しいものにがらりと変わる。そのまま護衛騎士達に頷くと、騎士達はゆっくりと扉を開いた。


「ソウマ、待っていた」

「拝謁をお許しいただき、感謝申し上げます」


 ソウマが礼をするのに合わせて私と兄も最上位の礼をとる。

 張り詰めた空気に、固く凛とした声。皇帝から発せられる空気に胃がきゅっと締まるのを感じる。この空気に慣れることは決してないのだと思う。


「そんなことは今は良い。顔を上げよ。早速だが本題に入ろう。ソウマ、目前でイグニスが倒れたと聞いた。そなたから見て他者から攻撃を受けた様子はあるか」

「いえ、攻撃を受けた様子はございませんでした。妖力の痕跡がないこと、また、魔素が増加した様子がなかったため、秘術および魔法は使用されていないと判断しております。周囲に使い魔を放ち、監視をしておりましたが、彼らからイグニス様が何らかの攻撃を受けているとの報告はございませんでした。私も到着してすぐにイグニス様と挨拶をしたのですが、魔力量も問題はないように見受けられました」

「ふむ。では、持病により倒れたわけでもなさそうだな。イファデールにも聞いておきたい。イグニスが魔力の補給機を使用していた場合、魔力の補給機から毒物を混入することは可能か、また、可能であるならばどうやって特定できる?」


 今度は皇帝の目は兄に向けられた。兄は慌てることなく胸に手を当てて礼をとる。


「魔力の補給機でございますか……高度な技術が必要ですが、毒物を混入させることは可能です。毒を気化させて補給機内に流し込めば混入できるでしょう。蘇生術で残留した魔素を調べれば毒物を混入した人物も特定できるでしょう。ただ、今回は毒物混入の可能性はないと考えています。補給機から補給した魔力は直接脳に届けられますので、仮に毒物が入っていた場合は即死するでしょう。仮にイベルト様が魔力補給を補給機で行っていたのであれば、補給機経由の毒物摂取の可能性はないに等しいかと」


 兄の話を聞いて皇帝は考えるように目を伏せる。しんと執務室は鎮まり、私達の静かな息遣いだけが微かに聞こえてくる。


「アルデルファ嬢、其方はイグニスを召喚したがっていた。民衆の観点からの意見がほしいとのことで召喚を承認したが、別の意図があるのだろう」

「別の意図でございますか?」

「ああ。イグニスをこのように陥れるため、呼び寄せたと考えることもできる。イグニスが倒れてから傍にいたのは其方の父であるイベルトだ。家族で手を組んでいる可能性もあろうな」


 皇帝の突き刺さるような視線に身体が硬直する。でも、このように疑われるのは想定内だ。私がイグニスを召喚したがっていたのは事実だ。加えて、私とイグニスは接点があまりない。疑われるのも当然のこと。


「イグニス様の召喚を求めたのは、イグニス様が魔導管炎損病であるとの情報を得ていたからです。今回の帝国議会で取り扱いを決める予定であった『アルデルファ』は、主に魔導管炎損病に活かすために陛下の承認が必要なものです。よって、魔導管炎損病に理解が深い者の意見が必要でした」

「はて、イグニスが魔導管炎損病であることは公表されていない事実であるはずだが。イベルトから聞いたのか」

「いいえ。父からは一切そのような話を聞いていません」


 冷たい目を向けたまま、皇帝が私に訊ねた。先ほど私の前で「持病」「補給機」とイグニスに関する話をしていたのにも関わらず、私がイグニスの持病を知っているのをおかしいと言う。皇帝は私がイグニスが魔導管炎損病であると知っている前提で話題を出していた。私の反応を見ていたのだ――試されているのだ。


「ですが、リベラ様よりイグニス様の件を伺いました」

「リベラ嬢か。リベラ嬢はイグニスの病を世間に公表するのを最も嫌っていた。そのリベラ嬢が普段から交流のない一公爵令嬢にイグニスの病について打ち明けるとは考えにくいと私は思うが」


 皇帝は怪訝そうに目を細めた。ぴんと張り詰める空気の中、薄氷を踏む思いで慎重に言葉を選んでいく。


「私が陛下にイグニス様を参考人として召喚したいと依頼書をお送りする数日前、リベラ様より双方の当主に内容は伏せた上で個人的に話がしたいと申し入れがございました。不審には思いましたが、リベラ様はあまりそういった提案をされないお方であるとの印象がございましたので、逼迫したご状況にいらっしゃると判断し、お受けいたしました。実際にお会いした際に、イグニス様の患われている病のこと、そして、私個人的に症状の緩和のためイグニス様の治療を行ってほしいとのお話がありました」

「スローパー家は先代より蘇生術に懐疑的だ。件の薬を開発したアルデルファ嬢に話がいったのは理解した。それで私にイグニスの召喚依頼があったのか」

「ご推察の通りでございます、陛下。民衆観点からの意見が欲しい点に偽りはありません。ただ、魔導管炎損病を患っているのならば、違った側面からの意見が出ると考慮し、依頼を行わせていただいた経緯もございます。陛下を騙す意図は全くございませんでしたが、病を知った経緯が経緯ですので、どう申し上げてよいか分からなかったのです。その結果、不審の念を抱かせてしまうことになり、誠に申し訳ございませんでした」

「状況は理解した。だが、念のために裏を取らせてもらう」

「承知致しました」


 私を疑っている気持ちは残っているかもしれないけれど、空気が和らいだのを感じた。しかし、リベラと会ったことを伝えれば別の疑念が湧くはずだ。リベラが私と接触したがった理由。ソウマが発見された直後の、今、このタイミングでリベラが私に治療を求めた理由。


「リベラ嬢をこの場に。確認したい事がある。一先ずイグニスが回復するまで帝国議会は一時休止だ」


 凛と響く皇帝の声。控えていた騎士が敬礼をし、この場を去った。

 計画では、リベラをこの場に呼び出し、黒幕の注意をこの場に引き付ける予定だ。イグニスを父が診ている間の時間を稼ぐ。

 ソウマがリベラを保護していることが心配ではあるが、ソウマには計画の詳細を伝えていた。何か目的があってのことだろう。


 ほどなくして、皇族執務室の扉が叩かれた。皇族執務室に入ってきたのは、リベラを連れる命を受けた騎士と、リベラに化けたソウマの使い魔だった。これから皇帝を欺くことになるのだと緊張感が増す。

 リベラに化けた使い魔は、人間のように、いや、リベラのように美しい所作で礼を取る。


「皇帝陛下にご挨拶申し上げます」

「ああ。リベラ嬢、イグニスが倒れた後の呼び出しで申し訳ないが、確認したいことがあってな」

「お気遣い痛み入ります。私は陛下の手足となるスローパー家でございます故、いついかなる時もお呼びくださいませ」


 声がリベラそのものだった。言葉遣いも問題ない。ただ異なるのは、何となく気配が異なる点のみ。皇帝も現状不審に思っている様子はない。


「早速だが、先日アルデルファ嬢にイグニスの治療を頼みたいと依頼をしたと聞いた。それは誠か」

「はい。事実です」

「イグニスの容体はそれほどまでに……『アルデルファ』が公認されるまで待てない程に悪化しているのか」

「はい。このところ不安定な状態が続いておりました」

「妙だな。数日前に其方の父、スルドより容体は変わらぬと伝えられたばかりではあるが、公爵が偽りを述べているのだろうか」


 リベラは何も言わず黙っていた。先ほどまで威厳のあった表情もどことなく引き攣っているように見える。


「私はこの場に公爵を連れてきても一向に構わないのだが」

「それには及びません、陛下」

「では、述べている内容に相違がある事に関して弁明はあるのだろうな?」

「……はい、陛下」


 リベラは周りを一瞥した後に、そっと視線を上げた。皇帝と目が合ったのか焦燥感を纏ったような表情になる。


「ひと月前頃から突然弟の魔力が安定しない日が続くことがありました。魔力が安定しない事に関しては通常通りなのですが……どこかいつもとは異なる状況にあると、私自身感じておりました。今までは魔力が安定しないと言いましても、十分な休養と魔力補給を行っていれば回復しておりました……けれど、休養をとっても兄に疲労が残っているような様子があり、どこか違和感を覚えておりました。そんな私のところに、とある手紙が届きました」

「誰からだ」

「差出人の名前はございませんでしたので、不明です。魔素の気配もありませんでした。ただ、封筒に”魔力を取りこぼす弟を持つ哀れな姉へ”との記載がございました」

「まさか封を切ったのではあるまいな?」

「……恥ずかしい限りではございますが、感情に任せて封を切ってしまいました。手紙には弟の体内に魔物を仕込んであること、それが体調悪化の原因であること、そして、要求を呑まなければ、このまま体内で魔物が弟の魔力を喰い尽くす旨が書かれておりました」


 この話は事実なのだろうか。ソウマに訊ねたくなる気持ちを抑えながらリベラに目を向け続ける。とても具体的で……本物のリベラが元の生活に戻る際に整合性を取ることが難しくなる内容だ。実際にあった話を、代理で使い魔が語っているのか、もしくは――

 深く皇帝が息を吐く音を聞いて、そこで思考を止めた。


「それで、相手の要求は何であった」

「アルデルファ様の誘拐の幇助をすることでございます、陛下」

「そうか……では、リベラ嬢を拘束せよ。詳細が明らかになるまでリベラ嬢は皇族で身柄を預かる」


 皇帝の命令に、周囲で控えていた騎士達が即座に動いた。リベラは抵抗する様子は見せず、大人しくしていた。


「イグニスの治療にあたっているイベルトにもこの事実と蘇生術の使用を許可する旨を伝えよ。警備にあたる騎士の増員も忘れるな。ソウマはイグニスが治療を受けている部屋に結界を。仮に魔物が体内にいた場合、政館内への被害を最小限に留める」

「畏まりました、陛下」


 周囲が騒がしくなる。騎士達が部屋を出て、リベラも拘束された騎士に連れられていく。

 想定しない形でリベラが連行されてしまってはいるが、イグニスを警戒しなければならないという認識を皇帝に持たせることはできた。ベイリー家側も正当な理由をつけて偵察隊を動かし、スローパー家を調べることができるようになる。


「アルデルファ嬢はこの後用意する別室で待機するように。誰とも接触してはならぬ」

「陛下、このような時に恐縮ですが、私に案がございます」

「案だと?」


 赤い瞳が私を見下ろす。威圧感に身体が縮こまりそうになるけれど、自分を奮い立たせながら向き合う。


「私の誘拐が目的であるならば、今が敵にとって絶好の機会だと思うのです。帝国議会が休止の間、簡易的な食事会を行うのはいかがでしょうか。そこに私が参加すれば、敵からの接触があるかもしれません」

「8歳の公爵令嬢をそこまでの危険に晒すほど策に困っているわけではない」

「しかし、このように多くの人々と接触できる機会はそうございません。今回の帝国議会は帝国民からもかなり注目されていますし、仮に私に危害を与える事に成功すれば民衆含め大きな影響を与えることができると敵は考えるはずです。これほどの機会はないかと考えます」


 皇帝から目を逸らさずに説得をする。事実、皇帝としてもこの策を取りたいはずだ。公務をすることができない何の力もない8歳の公爵令嬢の誘拐を別の公爵令嬢に仕向けさせるだなんて普通に考えて愚策だ。どうせやるなら更に力を持つ人物を陥れた方がいいだろう。

 私がただの公爵令嬢だった場合、リスクを上回る利益を得るのが難しいのではないだろうか。でもソウマが目にかけている公爵令嬢だった場合は話が別だ。国を滅ぼす力を持っているかもしれない相手が心を許している相手ともなればリスクを上回る利益を得ることができる。

 皇帝はソウマが敵の手に渡ることを恐れているはずだ。


「帝国議事政館には別館があると聞いております。そこで食事会を行えば、仮にイグニス様に何かあったとしても避難しやすいのではないかと」

「それも懸念としてはあったが……其方は私に公爵令嬢を囮として使えと申すのか」

「はい。どうか私を囮としてお使いください」

「ルーファ、それはっ」


 動揺したのか兄が私を止めようと進み出たのを、皇帝が手で制する。心臓に悪い話をしているのは理解しているけれど、でもこれでデゼスに纏わる問題を解決できるのならば必要なことだ。計画ではここまでは予定していなかったけれど、目の前にある機会を簡単に見逃すつもりはない。

 皇帝はしばらく私の目を無感情に見つめていた。服従の力を使われてしまう事が過ったけれど、口角を上げる皇帝を見て、そうではないと悟った。皇帝は酷く嬉しそうな表情をしていた。


「存外、自身の立場を分かっているようで驚いた」


 愉快そうな軽い笑い声が室内に響いた。皇帝も笑うのかと内心驚く。


「許そう、アルデルファ嬢。囮になるがよい」


深い笑みを伴ったまま、皇帝はそう言った。


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