表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルーファの救済  作者: リリアナ佐助
2章
43/44

42 帝国議会


「号外! 号外だよ! あのソウマ・ムスビ様が今日の帝国議会に参加されるよ! ベイリー家の才女、アルデルファ様の開発された薬に関する取り決めを傍聴されるのだとか。今後ムスビ家はどう動く? 目が離せないよー!」


 帝国議事政館(ていこくぎじせいかん)に向かう途中の馬車の中、若い男性の声が聞こえてきた。ソウマが帝国議会に参加する事が号外になるとは。でも、そうなるのも仕方がないかもしれない。


 ソウマは、神獣の聖人であるかもしれないとイヅル国で噂されている人物だ。そんな人物がレイ帝国の貴族であり続けるのかと不安になる帝国民も多いだろう。ムスビ家がどこの国につくのかによって、国同士のパワーバランスが大きく変わる。場合によっては新たな争いの火種になるかもしれない。そんな状況下でムスビ家が欠席するはずだった帝国議会に参加する――それもあのソウマも一緒にいるとなれば誰だって注目するだろう。


「ソウマ君が帰国した時もかなり話題になっていたけれど、今回も関心がすごく集まっているね」

「そうですね。それだけソウマ様が力を得ているということですね」

「そうだね。喜ばしいことだ。それにルーファが才女って……嬉しいな。どこの新聞社だろう」


 兄が窓の外に目を向けながら笑みを浮かべる。思わぬ話題にかっと顔が熱くなるのが分かった。


「もう、お兄様。そちらは聞き流してください」

「それは難しいな。ルーファに関することだもの」


 兄は嬉しそうに私にそう返した。あまりにも嬉しそうに笑うものだからその後の言葉を返せなくなる。兄が喜んでいるからいいのかな。恥ずかしい気持ちを抱えながら少し俯く。


「さて、もうすぐ政館(せいかん)に到着するね」

「ええ」

「大丈夫だよ。きっとすべてうまくいく」


 その言葉に胸の前にあるペンダントを握り締める。じんわりと熱くなるペンダントにセツの存在を感じる。


 今日、開発した薬『アルデルファ』の取り扱いに関して帝国議会が執り行われる。私と兄を乗せた馬車は、父と母が乗る馬車の後に続き、帝国議会が執り行われる帝国議事政館に向かっている。


 最初にイグニスを帝国議会に召喚する許可を皇帝から得たことを家族に伝えた時、この件には関わってはいけないと家族から叱られた。

 私が狙われているのであれば、敵は当然この機会を逃さないと。特に私がイグニスの召喚を望んだと敵に知られてしまえば尚更危険なのだと。


 でも、私のせいでリベラが狙われてしまったのであれば、私自身が罪悪感に耐えられないのだと説得を続けた結果、条件付きでリベラの件に関わることを何とか許してもらえた。今考えてみると、家族から何かを強く反対されたのは今回が初めてかもしれない。


 反対はされたけれど、最終的には私の気持ちに寄り添ってくれた。これから始まることにも協力してくれて……本当に頭が上がらない。


 馬車の窓の外に目を向けると帝国議事政館の正門が見えた。真っ白な門に、群青色の扉、そして金の花をモチーフとした装飾。外観は皇城に似ていると感じた。門をくぐる時に背筋をしゃんと伸ばさないといけない気持ちになる。


「スローパー家はもう到着しているみたいだね」

「ええ」


 帝国議事政館の前にスローパー家の家紋がついた馬車が止まっているのが見える。あの馬車の中にリベラがいるかもしれない。


 リベラに触れた時に感じた魔力が混じるあの感覚を思い出した。

 魔力の境界線が分からなくなるほどの、あの溶け合う感じ。自分の脳が少しずつ溶かされていくような甘く気だるいながらも幸せに満たされる感覚。ぶるりと身体が震えた。背中が粟立っている。まだ身体を乗っ取られていた恐怖から抜け出せずにいる。


 突然胸のペンダントが熱を持った。ペンダントから触れている肌にじわりじわりと熱が移る。肌に移った熱は身体の奥にすっと入り込んでいった。


 何だろう。治癒術とも違うこの感覚。セツが何かをしてくれているのは分かるけれど、具体的に何をされているのかは分からない。けれど、少し気持ちが楽になっている気がする。身体の震えが消えていた。


「ありがとう、セツ」


 ペンダントを握りながら小さく礼を言う。いつもセツには助けられてばかりだ。


「ルーファ、大丈夫? もし無理をしているのならば、このまま帰ることもできるよ。あとは僕たちに任せておけばいい」

「大丈夫ですよ、お兄様」


 スローパー家の馬車を見て固まる私を心配して兄が声をかけてくれた。今回の件で私が関わるのを最後まで反対していたのは兄だった。一番私を心配してくれているのだと感じる。でも、私はもう大丈夫だ。


「本当に大丈夫です。無理はしていません」


 そう言って兄に笑いかける。兄は眉を垂らしたまま、私を見ていたけれど、何も言わずに再び私の頭を撫でてくれた。無理に止めるつもりはないみたいだ。


 ふと馬車の外が騒がしいことに気が付いた。耳を澄ますと歓声が上がっているかのような音がする。皇族や貴族以外の帝国民は、帝国議事政館の正門を抜けることはできないけれど、正門の外でならば正門を囲う柵の間から帝国議事政館の前を見ることができる。

 号外に集う人も多かったし、ソウマを一目見ようと集まる人も多いのかもしれない。


 そう考えていると馬車の戸が開いた。わっと降り注ぐような声が馬車の中にまで響く。前世でのスポーツ観戦を思い起こすような大きな歓声だ。


「歓迎されているみたいだね。僕から降りよう。僕が合図してからルーファも来てね」

「はい、お兄様」


 私の返事に兄は頷くと、私の手をそっと握ってから馬車を出た。


 歓声はさらに大きくなった。今ベイリー家の馬車が注目されているのではないか。思わぬ状況に身体が緊張で強張る。これだけ注目を集める予定はなかったんだけどな。新聞の効果だろうか。


 ただ、怖気づいている場合ではない。今日は何としてもイグニスを保護して、リベラの真意を確かめる必要がある。私にはやるべきことがある。


「ルーファ、出ておいで」


 兄からの合図だ。ふっと息を吐いて、気持ちを落ち着ける。最後にペンダントを握り締めてから、馬車の外へ一歩踏み出した。



 すると、注目を集めていた理由が分かった。


「お待ちしておりました、アルデルファ・ベイリー様」


 ソウマが胸に手を当て、私が馬車から降りてくるのを待っていた。


 どうしてソウマが馬車の前に。そう驚くと同時に私が馬車の中から聞いていたものと比べられないほどの歓声が沸いた。地面が揺れてしまうのではないかと心配になってしまうほど。驚いて思わず周囲を見回すと、帝国議事政館を取り囲むように帝国民が私達を見ていた。


 満面の笑みでこちらを見ていたり、口笛を吹いたり、万歳を叫んでいたり。大勢の人がいるが、そのほとんどが私達を見て嬉しそうな反応をしている。

 これだけの注目を集めるのは前世でも今世でも初めてで、身体のあちこちから汗が噴き出るのを感じる。


 固まって突っ立っている私に対して、ソウマがそっと私の手を握ってくれた。


「馬車の前で待つだなんて、驚かせてしまうこととなり申し訳ございません。ただ、一刻も早くアルデルファ様にお会いしたかったのです」


 ソウマは私の手をそのまま口元まで持っていき、そこに口づけた。柔らかい感触を手の甲で感じて、心臓が騒がしくなった。そのままソウマの目線がゆっくりと私に向けられる。真っ黒な瞳と目が合って、ソウマの意図を理解した。

 帝国民にムスビ家の意向を伝えているのだ。


 今日のソウマの服装は、帝国騎士がレイ帝国に仕えることを宣誓する時にのみ着用する、騎士の最上位の制服を身に纏っている。裏地が群青色の白いマントに、白い騎士服、金のボタンと金の糸で縫われた国花の装飾。貴族でもレイ帝国を代表する重要な公務を行っている際に身に着けることがあると聞いた。


 それほどレイ帝国にとって重要な意味を持つ制服をソウマは身に着けている。そして、婚約者候補である私を馬車の前で待っていた――レイ帝国への完全なる忠誠を全帝国民に対して誓っていると言っても過言ではない。

 このソウマの行動は国交において重要な意味を持つ。


「ソウマ様、お会いできて嬉しいです。この3年、どれほどお会いしたかったことか」


 ソウマに笑いかけると、周囲から喜ぶように声が湧いた。その声は安堵しているようにも聞こえて、帝国民がどれほど不安だったのかを肌で感じる。そして、同時に私の行動一つがこれほどまでに帝国民に影響を与えるのだと実感した。公爵家に生まれた以上、帝国民を導かなければならない。それは分かっていたつもりではあったけれど、私は本当の意味でそれを理解していなかったのかもしれない。私の言動一つで国が変わる。


 ソウマが私の手を小さく握った。目を合わせるとソウマが優しく笑いかけてくれた。いつものソウマらしい笑顔に心が解れていくのを感じる。その手を私は握り返した。


「アルデルファ様、帝国議事政館に一緒に参りましょう。イベルト様とエリカ様には許可を得ております。イファデール様もよろしいですよね?」

「妹次第です。本来であれば私がエスコートする予定でしたから。……どうだい、ルーファ」


 兄が身をかがめてくれた。大勢の視線から私を隠すようにそっと身を寄せてくれる。私を心配してくれているのが分かる。


「ソウマ様とご一緒できるなんて、とても嬉しいです。できれば一緒に傍聴したいです」

「そうか。わかったよ。ソウマ様、妹をお願いできますか?」

「もちろんです。お許しいただきありがとうございます」


 ソウマは笑みを深め、私の手を引いた。そのままソウマの腕に私の手が回るように引き込まれる。ふわりとお日様とローズベリーが交じり合った良い匂いがした。とても落ち着く。ソウマの匂いだ。これから起こる出来事すべてに立ち向かって行けそうな勇気を貰える。


 私が帝国議会に参加することを許される条件の一つが、ソウマと合流することだった。ソウマが私を守ることに同意するのであれば、安心できると両親が言っていた。ソウマに協力を求める(ふみ)を出したところ、二つ返事で了承してくれたのだけど、まさかこんなに早く合流できるとは思わなかった。


 予定ではムスビ家との挨拶を帝国議事政館内で終えてからの合流だったはずだけれど、想定よりも早く一緒になれた。それも帝国民にムスビ家の意向を見せるといういい形で会えたのは喜ばしいことだ。


 ソウマの腕に手をかけながら真っすぐ前を見て、歩みを進める。私達の前には父と母がスローパー家の当主スルドと話をしているのが見えた。背後にはイグニスと……リベラがいた。いや、リベラの姿をした何かがいた。


 眩しいほどの金髪、晴れ渡る空のような碧眼。すらりとした姿に、すっと整った鼻立ち。それを形作るものはリベラと一緒であるはずなのに、何かが違う気がする。何か……人ではないものがいる気がする。

 もしかして、襲われたのでは。ぞっとしてソウマに口を寄せる。


「……ソウマ様」

「大丈夫だよ。リベラは別の場所で僕が保護している。彼女は安全だ」


 一言でソウマは私の言いたいことが分かったらしい。すぐに私に耳打ちしてくれた。違和感の正体が分かってほっとしたけれど、でも、だからといって安堵できる訳ではない。どうやって、そして、どうしてソウマはリベラを保護しているのだろう。


「どういうことですか?」

「詳しい事は後で話をさせて。あのリベラは僕の使い魔だから心配しないで」


 再び目を向けると、リベラの姿をした使い魔は嬉しそうな笑みを携えながら父と握手をした。父は笑っているけれど、どこか表情が固い。ソウマの使い魔であることを知らないのかもしれない。


 事前に知りたかった情報ではあるけれど、きっとソウマなりに考えがあってやったことだ。リベラがどんな風に動くのか分からない今、リベラを保護していた方が安全ではある。これから父のやることを考えたら尚更、リベラはここにいない方がいい。


 父は笑顔でイグニスに手を差し出した。握手を求めている。イグニスは柔らかく笑いながら手を差し出している。体調は悪そうには見えない。顔色もよく、背筋もすっと伸びている。3年前に交流会で見かけた時よりも状態は良さそうに見えた。


 父の手とイグニスの手が重なり、そして固く握手をする。どこから見ても公爵家間の挨拶に見える。

 イグニスが何かを発しようと口を開いた途端、がくんと大きくイグニスの身体が揺れた。目を見開いたままその身体が崩れていく。


 「イグニス様!」


 父の鋭い声が周囲に響いた。慌てて父はイグニスの身体を支えた。地に倒れる前に何とか抱留めることができたようだ。


「イグニス様、私の声は聞こえておりますか?」


 父の呼びかけにイグニスは答えない。駆け寄る騎士に母が別室を用意するよう指示を出している。スローパー家の当主夫妻は驚きに目を見開いていた。

 無理もないだろう。先ほどまでイグニスは笑って挨拶をしていたのだから。


「スルド様、別室でイグニス様を診てもよろしいでしょうか」

「え、ええ、勿論です。このような時に申し訳ないのですが」

「別室の準備が整ったようです。そちらにイグニス様を移しましょう」


 母がそう言いながらスローパー家の公爵夫人であるフェリアの肩を抱いた。遠くから担架を抱えてやってくる騎士達に向かって手を振って母が居場所を知らせる。


「セツ、お願いね」


 ペンダントを握り締めながらそう呟くと手の中からじわりと熱が漏れ出す。別室に父とイグニスが到着したらイグニスを中心とした結界をセツが張ってくれる。仮にイグニスの体内にデゼスがいた場合は、感染拡大を防げるはずだ。あとはデゼスがイグニスの体内にいるのかどうか、父が調べてくれる。


 デゼスの有無は父が調べること――これも父から出された条件の一つだ。


「まずは陛下へ報告を。詳細は現場を見ていた私から報告をする旨を伝えてください」


 父の後に続くスローパー家の当主夫妻を目で追いながら、ソウマが近くにいる騎士達に指示を出していく。


 騒がしくなっていく周囲を見ながらペンダントを握った。どうかこの作戦が問題なく終わりますように。そう願いながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ