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ルーファの救済  作者: リリアナ佐助
2章
41/44

40 絶望 イファデール視点②

 セツ君がルーファの部屋に入って行ったすぐ後に、僕は自分の部屋に向かった。そこでトンファオ君が待ってくれているのだとセツ君が言っていた。


 自室に向かうために歩いている道中、侍女のサーニャがいたため、公務に関する調べ物があるため自室に引き篭る事を伝えた。集中したいからしばらくは人を入れないように頼む。普段から引き篭ることが多いからだろう、怪しまれることはなかった。


 家族は僕が蘇生術を使う時に僕の魔力を患者の体内に残していることを知らない。陛下と僕だけが知る秘密だ。だから、僕がソウマ君の居場所を探っている事を知られるわけにはいかない。ソウマ君には僕が会う。

 自室のドアを開け、鍵をかける。振り返ると部屋の中央にトンファオ君がいた。


「お待ちしてましたぁ、イファデール様」

「僕に付き合わせてしまってごめんね。よろしくね、トンファオ君」

「いえいえ、お願いしますー」


 トンファオ君はしっぽを激しく振り回しながら頭を下げた。

 トンファオ君と接する機会は今までそれなりにあった。今はセツ君が毎日結界を張り直しているけれど、それまでは結界を張るのはトンファオ君がやってくれていた。結界を張っている最中に度々会うことがあり、少し会話をする事もあった。


「さて、ソウマ様なんですが、実はレイ帝国にいらっしゃいます。ここからひとっ走りしてちょっとのところにおりまして……細流の森と人間は呼ぶらしいのですが、ご存知ですか?」

「知っているよ。グレー領内の森だ。通称、羽休めの森とも呼ばれているね」


 グレー家が大陸統一戦争時に、争いの傷を癒した場所だと言われている。細流が多く、入り組んでおり、隠れられる場所も多い。敵から身を隠すのにぴったりな場所だ。ソウマ君が恨むペリシアン様の管理する領地内というところが気になってしょうがないけれど。


「僕は転移ができませんので、イファデール様には僕にしがみついていただければと思いますが……筋力はある方ですか?」

「筋力かぁ……人並みかな。でも蘇生術で何とかするよ。気にせず全速力でソウマ君の下まで走ってほしいな」

「ほう。人間の魔法は便利ですねぇ。承知いたしました。それでは僕の背中にぽんぽんっとお乗りくださいな~」

「わかった」


 身体の奥底から魔力を引き出し、全身に纏わせる。痛覚を麻痺させて筋肉への魔力の通りを整える。魔力を薄く延ばして膜を張る。そのまま膜の中に自分の筋肉を魔力で収納し、魔力で生成した偽りの筋肉と置き換える。これで身体強化は完了だ。後は体内の各臓器に保護魔法をかける。トンファオ君の全速力に備えるためだ。


 トンファオ君の傍に寄り、そのまま真っ白な首に手を添える。壊さないように慎重に背中に乗った。蘇生術で身体強化をしていると、普段使い慣れている身体ではないせいで力加減が難しくなる。うっかりでトンファオ君を傷つけたくはない。

 トンファオ君の首に腕を回し、身体を密着させる。


「ほほう。蘇生術と呼ばれる術はすごいですねぇ。まるきりイファデール様の雰囲気が変わりました。体内の魔力比重を変えられるだなんて……妖魔のようですね」

「ルーファの薬が無ければできないことだけどね。これでトンファオ君も安心して走れるんじゃないかな」

「それはそれは、お気遣いいただきありがとうございます! 安心安全、全速力でいけますね。さぁ、いっきますよー!」


 とんっと床を蹴る音がしたかと思えば、肌に冷たい風が当たっていた。視界が一気に明るくなり、眼下にはベイリー家の庭園が広がっていた。一瞬の内にトンファオ君と僕は外に飛び出していた。窓ガラスは割れていないだろうか。振り返りたい気持ちでいっぱいだけど、首が取れてしまいそうで止めておいた。


「あっはぁー! 気持ちいいですねぇ!! 久しぶりに全速力ですっ!」


 鈴のようにころころと笑いながらトンファオ君が一旦地面に着地した。僕の部屋がある4階から落ちて行ったはずなのに、大した衝撃はなく緩やかに地面に着地した。そのまま止まることなく景色が目にも止まらぬ速さで流れていく。これは口を開いたら舌を噛みそうだ。


 今どこにいるのかも把握することのできない速度に内心驚きながら振り落とされないようにしっかりトンファオ君に掴まる。風の音がごうごうと耳音で鳴っていて、暴風雨の中に放り出されたかのようだった。目を開けていられず景色を見るのを諦める。あまりの速さに息が吸えなくなっていく。慌てて魔法で空気中の酸素を捕らえて肺の中に送り込む。

 

「セツ様から離れていく~! でも、ソウマ様に近づいていくぅ~! どっちがいいのか~悪いのか~」


 トンファオ君の不思議な歌が聞こえてくる。喜んでいるかのような絶望しているかのような声色。でも疲れている様子は一切ない。これだけの速度で進んでいるのにすごい。やはりトンファオ君はとてつもなくすごい妖魔なのかもしれない。


 しばらくトンファオ君に掴まっていると、徐々に速度が落ちていくのを感じた。目にも止まらぬ速さで過ぎ去っていた景色も、今は周囲に何があるかしっかりと認識できるほど、速度が落ちている。僕たちを木々が覆い囲っており、微かに湿っぽい香りもする。木々で先々まで見通せないものの、近くで水が流れている音がした。羽休めの森に到着したようだ。


「少しだけややこしい場所にいらっしゃるんですよねぇ。ムギ様がソウマ様の周りに結界を張られているので、まずムギ様に拒絶されなければいいのですが」

「ムギ君は拒絶すると思う?」

「ムギ様はルーファ様寄りの神獣ですからねぇ……セツ様と同様にご理解いただけるとは思いますが、僕はムギ様の使い魔ではないので何とも」

「そういう事も関係してくるんだね」

「はいっ。神獣の使い魔は言わば神獣の奴隷……いやいや、血の通った親子のようなもの。うっすらと絆はあるんですよねぇ。従える主、いやいや、親のことは何となく分かるんです。だから臨機応変にのらりくらりとできるんですがね」

「そうなんだね」


 聞いてはいけないような事も聞こえたような気がするけれど、トンファオ君の言いたいことは伝わった。

 トンファオ君は優雅な足取りで細流を越え、木々の間もするりするりと間を縫うように抜けていく。しばらくそうやって進んでいくと、森の奥の方にひっそりと佇む小屋が見えた。

 壁から屋根にかけて苔がびっしりと生えており、壁の木材も黒ずんでいる。手入れがされている様子がなく、打ち捨てられた小屋のように見えた。


 その小屋の前でトンファオ君が足を止めた。そのまま身を低くしてくれたため、力加減に気を付けながらトンファオ君から降りた。身体強化は解かない。今から何が起こるか分からないから。


「ムギ様、セツ様のお許しを得てイファデール様をお連れしております。ソウマ様と話をする機会をいただけませんか?」


 トンファオ君は背筋をすっと伸ばし、畏まった様子でその小屋の戸に話かけた。

 先ほどまで踊るように森の中を駆けていたとは思えないほどの緊張感をトンファオ君は纏っている。尻尾はぴんと伸び、声も固い。毛も逆立っているように見える。呼吸をすることも許されないような気がして自然と僕の呼吸も浅くなる。


「トンファオ、誰かに聞かれていたらどうするつもり? 安易に名前を出してはいけないとセツに教わらなかった?」

「ひぃあっ!」


 トンファオ君が可哀想になるほどの悲鳴を上げると、直ぐに僕の後ろに隠れた。

 聞き覚えのあるような声がして振り返ると、そこには知らない人が立っていた。知らない人と言い切ってもよいのだろうか。それすらもよく分からなかった。顔を認識しようとすればするほど、思考がぼやけていくのだ。

 誰であるかを知ろうとすればするほど、別に知らなくとも問題がないと思えてくる。僕はこの感覚を知っている。ジャリス・ウェロー殿に会った時のものだ。ソウマ君の中にある僕の魔力を追えなくなった原因が分かった。


「認識阻害の術はすごいね。ソウマ君が追えなくなるのか」


 そう声をかけると、その人は顔をこちらに向けた気がした。ぼやっとしていたその人の顔が、砂が器から溢れ落ちるように崩れていき、崩れた後からソウマ君の顔が現れた。同時にソウマ君の身体の中にある僕の魔力も認識できるようになった。


「どうしてデール様がこちらに?」

「それは僕の台詞だよ。ソウマ君、どうしてレイ帝国(ここに)いるの?」


 自然と問う声は厳しくなった。

 ソウマ君が認識阻害の術を解いてから、彼の妖力に血の気配が混じっているのを感じる。 彼のものではない、血の気配が。目の前に相手がいるのに、蘇生術で相手の体内を探る自分が嫌になる。でも、ソウマ君は油断できない。大切だし、家族のように思うし、信じてもいる。けれど、ルーファの事になると彼は予想ができなくなる一面がある。

 ソウマ君は瞳孔が開いた目を僕から逸らさないまま口を開いた。


「リベラの背後にいる人間を探っていました」

「……それは父上や僕に任せてほしいと伝えたよ」

「催眠魔法って解除されたら、その魔法をかけた相手にも解除されたことが分かってしまうものなんですよね? その性質を考えると、ゆっくりしていては相手を逃してしまいます。それに、陛下にもこの件はまだ伝えていないみたいじゃないですか。陛下の許可なくベイリー家の偵察隊がスローパー家に探りを入れることはできないはずだ」

「全く動けないわけではないよ。信頼ができる者を調査にあたらせている」

「デール様はご存知のはずだ。僕が調べた方が遥かに早い」


 ソウマ君はそう言うと、僕から目を逸らし周囲を見回した。


「話は中でしましょう。誰にも知られることがないよう、ここら一帯には結界を張っていますが、油断していいことなんて何もありませんから」


 ソウマ君はそのまま小屋の方まで歩みを進め、ドアを開く。その瞬間に小屋の中からソウマ君の妖力に混じっている血の気配を強く感じた。

 誰かが小屋の中にいる。思わず僕のためにドアを開いたまま待ってくれているソウマ君の顔を見た。ソウマ君はただ無表情で僕が入るのを待っている。僕が知っているソウマ君とは別人のようだった。

 恐る恐る小屋の中に足を踏み入れると、血の気配に一気に包まれる。


「僕はこの2日間、リベラに残っている妖力の痕跡を辿っていました。ルーファ様から知らない誰かの妖力の痕跡を感じたんです。僕以外の妖力の」


 ソウマ君が小屋の中に入った途端、薄暗かった屋内が蝋燭を灯したかのように明るくなった。眩しさに目を細めていると奥の方に血の気配を強く纏った何かがいるのが分かった。それは床に蹲っているような、壁にすがりついているような。更に目を凝らすと人の形をしているのだと分かった。肌が粟立つのを感じる。


「これはっ」


 慌てて傍に駆け寄った。

 天井から吊るされている鎖にその人の両手は繋がれていた。両手を上げた状態のまま首は前に垂れている。金髪に見える長髪は顔を覆い隠しているせいで誰であるかは確認できない。女性だろうか。その人は膝を突き、ぐったりとしていた。


「ソウマ君、どうしてこの人はここに」

「攫いました」

「攫った……?」


 耳を疑った。振り返るとソウマ君は冷たい目でこちらを見ていた。いや……僕の背後にいる女性を見ている。金髪の女性――そう脳裏を過った瞬間に身体が冷たくなるのを感じた。まさか、リベラ様だろうか。


「ソウマ君、リベラ様を攫ったのかい?」


 僕の声は震えている。恐ろしいのか、悲しいのか、怒っているのか。自分でもよく分からない感情だった。目の前のソウマ君は晴れやかな顔で笑っていた。それが答えだった。


「リベラの姿に化けた使い魔をスローパー家に送っています。護衛にも悟られていません。敵から何か動きがあればその使い魔に接触があるはずですし、その間僕は落ち着いてリベラを調べられる」

「ソウマ君……それは、あまりにも」

「自分の犯した罪は理解しています。露見すればただでは済まないということも」


 目の前にいるこの人は誰なのだろう。瞳孔が開き、狂気的に微笑むこの人は。ルーファに柔らかく笑う、紳士的で優しいいつものソウマ君からの姿とはかけ離れていた。僕の身すら危うく感じるほどの怒りや憎悪の原液がソウマ君からとくとくと流れ出ている。


「これが相手の罠だったらどうするの? ソウマ君が実はレイ帝国内にいて、リベラ様を捕らえてスローパー家を調べているだなんて、相手に知られたらどうするの」

「ルーファ様を助けた時点で相手の罠にはまっているでしょう。ルーファ様を助けない選択肢は僕の中にはありません。よって、罠にはまったのなら、それを逆手に取るだけです」


 もうソウマ君の中で覚悟が決まっているのだろう。僕の言葉に動揺する様子はない。それもそうか。ここで動揺するくらいならば、初めからリベラ様を攫うようなことはしていない。

 ソウマ君を止めに来たけれど、まずは負傷しているだろうリベラ様を何とかしなければならない。


「まずはリベラ様の身体の状態を診たい。心配になるほどの血の気配がする」


 傍にいるリベラ様に目を向けた。僕がこの小屋に入ってきた時と同様ぐったりしている。魔力の反応自体はあるから死んでいるわけではないと思うけれど、リベラ様を治癒したことはないから、詳しいことはこれ以上探れない。

 訴えるようにソウマ君に視線を戻した。ソウマ君も今の時点でリベラ様の死は望んでいないはずだ。そうでなければこうして生かしてはいない。


「分かりました。治癒をお願いします。ただ、聴覚と視覚は奪っていますので、そこにかけられている秘術はそのままにお願いします」

「……分かった」


 そのままリベラ様に身体を向ける。手首に巻きつけられた拘束具が痛々しい。2日間、繋ぎっぱなしなのだろう。手首が赤黒く腫れている。垂れている髪を耳にかけ、顔を見る。やはりリベラ様で思わず身体に力が入る。目は閉じられ、唇は乾いていて、かなりやつれていた。


 リベラ様がルーファにやったことはとても許せないけれど、でも、まだ少女であるリベラ様がこのような姿になっている事に胸が痛む。相応の報いは受けるべきだけれども、こうして痛めつけられることを望んでいるわけではない。


「拘束は解いたらいけないよね」

「駄目です。ルーファ様を欺いた人だ。油断すればすぐに逃走します。捕らえる時もかなり抵抗されました」

「そうだね」


 ソウマ君の言う通りだ。リベラ様は油断できる相手ではない。催眠魔法を使えるほどの実力者なのだ。

 気持ちをぐっと堪えて、そのままリベラ様の手に触れた。

 リベラ様は蘇生術を受けるのを嫌がっていたことを思い出しながら魔力を集め、彼女の中に流していく。本人にとっては苦痛だろうけれど、でも、それは呑み込んでもらうしかない。いや、蘇生術を使ったことを知らせる必要はない。僕の魔力を彼女の体内に残し、いざという時のために彼女を乗っ取るための備えをする。


 リベラ様の状態を確認するために全身に魔力をさっと流す。蘇生術を展開し、身体の状態を診ていく。

 手首の腫れや身体の衰弱等の問題はあったものの、一番深刻な問題を抱えているのは脳だった。ソウマ君の妖力がリベラ様の脳いっぱいに広がっている。濃霧の中に放られたかと思うほどの濃密な妖力だ。その妖力がリベラ様の脳を乗っ取っている。

 食い荒らすかのように荒々しくソウマ君の妖力が蠢いていた。妖力がリベラ様の脳に侵食する度に身毛がよだつような血の気配がする。これが小屋に充満している気配。


「脳の損傷が酷い。これはそのままにしていると後遺症が残るね。蘇生術で治癒するよ」


 リベラ様の脳全体に保護魔法をかける。そのまま僕の魔力を広げ、一つ一つ蘇生術で治癒していく。ルーファの脳を治癒している時のことを思い出した。この破壊のされ方は催眠魔法によるものではないけれど、模倣しているような様子がある。


「リベラ様を操ろうとしていたの? それとも復讐?」


 蘇生術をかけながら僕の隣に座ったソウマ君に声をかける。横顔を盗み見たけれど、無表情のままで感情が読めない。


「リベラの体内に誰かの妖力の痕跡が残っていました。痕跡を辿っていたのと、リベラが自白するように意識の主導権が握れないか試していました」

「催眠魔法の模倣かな」

「はい」

「近いところまではいったようだね。催眠魔法は潜在意識への同調による支配。ソウマ君の秘術は潜在意識そのものへの直接干渉だね。支配は一時的にできるだろうけど干渉部分が壊死する。自白には成功したのかな」

「喃語を発するのみで自白は引き出せませんでした。ただ、妖力の痕跡は辿ることができていて、使い魔に後を追わせています。秘術使いは間もなく特定できるかと」

「何かを得ることができそうでよかった。けど……」


 ソウマ君を止めることができなかった。その事実に身体が震える。リベラ様には蘇生術をかけた後に、記憶も改ざんする。このままリベラ様をスローパー家に帰せば、この誘拐をなかったことにはできる。でも、ソウマ君の中でソウマ君が危害を与えたという事実は消えない。やってはいけないことに手を下した時の感情が、経験が、ソウマ君の心の中に残り続ける。

 そして、その"危害を与える"という選択肢が、今後のソウマ君の意思決定を行う中での選択肢の一つとして常に存在していくこととなる。危害を与える選択肢が自然と行えるようになってしまう。


 世界は綺麗ごとばかりではうまくいかないことは知っている。当主になれば公にはできない仕事も増えていく。

 でも、これはソウマ君が背負うべきものではない。人の尊厳を踏みにじることに抵抗がなくなってしまった時、人は自分の中の魔物に喰われて化け物になり果ててしまう。もうそれは人ではない。ソウマ君にそうなって欲しくなくてルーファは力を尽くしているのだと、僕はそう思うから。


「僕はリベラ様をこの小屋の中で見た時、すごく悲しかった。僕はソウマ君を守りたかったから、守れなかった自分に失望した。僕はルーファがどれだけソウマ君のことを大切に想っているのかを知っていたから、妹が大切に想う人を大切にしたかった」


 リベラ様の脳の治癒を進めながら話を続ける。


「ルーファはね、君も知っていると思うけれど、みんなを守りたいという想いがとても強い子なんだ。責任感が強くて、誰よりも慈愛の心に満ちている。本人の自覚はないけどね。でも、ソウマ君の事はね、特別守りたい気持ちが強いんじゃないかと僕は思っている。ソウマ君の話をする時のルーファは、とても優しい顔をするんだよ」


 ソウマ君の話をする時、ルーファの目尻は少し垂れる。いつもは固く、しっかりと話すルーファの声色がふわりと柔らかくなる。ゆっくり一つ一つソウマ君の話をしてくれるのだ。

 ルーファの前世の話を聞いた時は、前世の自分の境遇にソウマ君を重ねているからソウマ君が気になるのだと思った。けれど、そうではない。そうではないのだ。きっと始まりはそうだったのかもしれないけれど、ルーファは心からソウマ君の幸せを願っている。


「ルーファのその想いを僕は兄として守りたかったし、僕自身も弟のように思う君を守りたかった。だから、ここまで来たんだ」


 リベラ様の壊死してしまった脳の組織が蘇っていく。うまくいったことに安堵しながら、間違いなく蘇っているか再度確認するために再び魔力をリベラ様の体内に広げていく。


「ソウマ君、リベラ様のことは僕に任せてほしい。ここで終わってほしい。これ以上リベラ様を傷つけることは終わりにしよう」


 最後のリベラ様の治癒が終わった。脳も問題なく、手の腫れも引いている。顔色も良さそうだ。穏やかな表情で目を瞑っている。少し落ち着いたら後は記憶の改ざんをする。

 息を吐いてソウマ君に目を向けると、真っ黒な瞳がこちらを向いていた。その瞳を見ていると、冷水を浴びたかのような心地になった。とても冷たい目だった。


「師匠も昔はそう言っていました」

「師匠?」

「はい。怒りや恨みに駆られてはいけない。心を失ってはいけないと。でも、それでは大切なものを守れないんです、デール様。僕はそれではいけないと知ってしまった」


 ソウマ君の妖力が彼の皮膚の下で蠢くのを感じる。とてつもない妖力の波がソウマ君の中で渦巻いている。ソウマ君の妖力はこれほどまでに大きかっただろうか。


「僕、思い出したことがたくさんあるんです。いつまでもルーファ様の背後に隠れて守られている訳にはいかない。ルーファ様を今度こそ守るためには、僕は何だってします」

「ソウマ君?」

「デール様、蘇生術をありがとうございました。人体の完全回復は前世の僕も成し得なかったことですから助かりました。ここからは僕がやります。あと、デール様も僕が守ります。知っていますよ、陛下からの制限を」

「え、何を言って」


 どうしてソウマ君がそれを――それを口にしようと思った途端、口元が痺れ、口が開けなくなった。陛下の力が働いている。

 その間にソウマ君の手がゆっくりと僕に伸びてくる。その手は危険だと僕の中で警鐘が鳴った。咄嗟にソウマ君を制御するために彼の中にある僕の魔力を動かそうとした。けれど、躊躇ってしまった。ソウマ君を制御しようなんて、ソウマ君の人権を踏みにじるようなこと。その躊躇が隙を生んでしまった。


「<忘却>」


 ソウマ君から伸びた手が僕に触れた瞬間、とてつもない妖力の波が僕の中になだれ込んできた。遠慮がない大きな力が僕の記憶を少しずつ溶かしていく。

 ソウマ君は最初からこうするつもりだったのだ。だから、僕はここまで連れて来られた。セツ君は初めからこうなることを分かっていたのだろうか。


 ソウマ君を止められない絶望に呑まれながら僕は意識を手放した。


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