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ルーファの救済  作者: リリアナ佐助
2章
39/44

38 禁忌の魔法

 とても不思議な感覚だった。頭の中の何かがどろりと溶けて、膿が外に出るような感覚。頭いっぱいに広がっていた甘い痺れも一斉に止み、心の奥から溢れていたかのように感じた燻る感情が消え去った。感情の一部を切り取られたかのような喪失を一瞬感じるも、それもすぐに消え失せる。その喪失感も作られたものであると遅れて理解する。


 瞼を持ち上げようとすると頭が酷く痛む。その痛みに自然と眉間に皺が寄る。頭の中がかき乱されたかのようにぐちゃぐちゃで苦しい。呼吸をするだけで目の奥から痺れてくるような気がした。

 強烈な痛みに苦しんでいると、そっと私の手を握ってくれる温もりがあった。誰かが傍にいてくれていることにとても安心する。この痛みの中にただ一人投げ出されているわけではないのだ。


 握られている手から温かいとろりとしたものが身体の中に流れ込んできた。それに、ぞわりと全身が粟立った。自分とは異なる存在が身体の中に入ってくることに身体が抵抗している。どうして拒否反応がでるのかは分からないけれど、身体の中のすべてが悲鳴を上げている。

 その温かさを追い出さんと魔力がぐるぐると体内で動き出す。身を捩ろうとしても少し動こうとするだけで脳に針を刺されたかのように激しい痛みに襲われた。声にならない叫びの後に、そっと頬に何かが触れるのを感じた。


「大丈夫だよ、ルーファ。僕だよ」


 ソウマの声がした。叫び出しそうになっていた心がその言葉で嘘のように落ち着いた。ソウマが傍にいる。それがどんな恐怖からも立ち上がれるような勇気を与えてくれる。

 頬に置かれているソウマの手に触れたかったけれど、やっぱり身体の痛みが酷い。


「可哀想に……痛むんだね。大丈夫、デール様も連れてくるからきっとすぐ良くなる」


 ソウマが私の頬を優しく撫でた。触れられたところから絶えず温かいものが流れてくる。治癒術だろうか。優しく穏やかで心地が良い。


「セツ、デール様が来るまでの間、ルーファをお願い」

「……畏まりました」

「念のためにムギも外で待機させておく。何かあったらムギに知らせて」

「はい」


 セツの声がすぐ傍で聞こえた。その声は低く、どこか傷ついているかのように聞こえる。どうしてしまったんだろうか。今すぐにでも抱きしめてセツの話を聞きたい。

 自由にならない身体がもどかしい。私は一体どうしてこうなっているのだろうか。思い出そうとするも頭痛のせいでうまく思い出せない。何だか舌もちりちりと痛む。


「いってくるね、ルーファ。本当は傍にいてあげたいんだけど、デール様を連れてこないと」


 ソウマがいなくなってしまう。それがとても恐ろしくなって無理矢理手を伸ばした。脳を焼きつくすような痛みが走り、叫び声をあげようとする。けれどうまく舌が動かない。情けない音がただただ口から漏れていく。

 私が伸ばした手をソウマが握った。両手で握ってくれているのだろうか。包まれていてとても安心する。


「分かったよ。一緒に行こう。ずっと僕が傍についているよ。痛むだろうけど少し我慢してね」


 ソウマの手が私の首と足裏に回ったのを感じて安心した。一緒に行けるのか。それならばどんな痛みにも耐えられる気がした。身体が持ち上がる際にソウマの妖力が体内に流れ込むのを感じた。私がなるべく痛がらないよう治癒術をかけてくれている。それでも身体が持ち上がると全身が針に刺されたような痛みが走るけれど、でも耐えられないほどではなかった。ソウマの治癒術のおかげだろう。


 ソウマは本来はこの場にいてはいけないはずだ。それなのに、この場にいて私に寄り添ってくれている。喜びが込み上げてきて、目に熱が集う。喜んじゃいけないのに。安心してはいけないのに。感情が爆発しそうになる。自分が情けなくて、嬉しくて、苦しくて、痛くて。その全てが私を感情的にさせてしまう。


 ソウマの身体に身を預けると、とくとくと鼓動が聞こえた。その音にとても安心する。戦争や前世の事なんてすべて忘れてこの音だけを聞いて一生を過ごせたらいいのに。微睡む中でそう思った。





◇◆◇


「ルーファ!」


 目を開いて最初に視界に飛び込んできたのは母の泣き顔だった。いつも優しく穏やかな母が、目を充血させてやつれていた。私と目が合うと驚いたように目を見開き、よろよろと立ち上がった。そのまま手を伸ばし無我夢中で私に向かってきた。


「ルーファ、ルーファ。私のルーファ」


 倒れこむように母が私を抱きしめる。そのまま苦し気に声を絞り出しながら母は何度も私の名を呼んだ。

 状況を把握しようと周りを見回すと、父と兄がすぐ傍にいて私と母を泣きそうな顔で見ていた。

 私の身に何かあったらしい。まだ頭がぼんやりとしていて思い出すことはできないけれど、家族がこれだけ取り乱しているのは初めて見た。


 どうやら私はベッドの上にいるらしい。見慣れた天井や部屋の内装からも今はベイリー家の私の部屋にいるのだと分かった。


 セツとソウマがいない。それが気になったけれど……でも、そうだった。ソウマは今はイヅル国にいる。だからこの場にいないことは当たり前であるはずなのに、どうしてこの場にいるものだと思ってしまったのだろうか。

 そして、セツはどこに行ってしまったのだろうか。早く会いたい。


「ルーファ、目を覚まして早々混乱させてしまってすまないね」


 私の動揺を察してくれたのか父がそう声をかけてくれた。私の傍に寄ると、手を優しく握ってくれた。


「ルーファはこの2日間眠り続けていたんだ」

「2日間……ですか」


 自分の声が恐ろしいほどに掠れていた。2日間眠っていた? 信じられなくて父を見返すも、とても冗談を言っているようには見えなかった。そもそも父はこのような冗談は言わない。


「今から何があったかを詳しく話そうと思うけれど……その前に、体調はどうかな? 何か欲しいものはあるかな?」

「お水が、欲しいです」

「分かった。パトリシア、水を一杯いただけるかな? あとお粥も頼みたい。レシピはテレンス先生に聞いてほしい」

「畏まりました」


 いつの間にか傍に控えていたパトリシアが頭を下げた。目が合うとパトリシアは優しく私に笑いかけてくれた。泣きそうな笑顔にパトリシアにも心配をかけていたのだと胸が痛む。私に何があったのだろうか。2日前、私は何をしていただろうか。


「痛むところや気持ち悪いところはないかい?」

「特には……喉が乾燥していて声が出しづらいですが、それくらいです」

「分かった。少し蘇生術で身体の中を診てもいいかな? ルーファが嫌ならば控えるけれど」


 私が嫌ならば控える――あまり父から言われたことがない言葉が引っかかった。

 私が父を拒絶することなんてないのに。どうしてそう言ったのだろう。でも、そうは思いながらも、父からかけられたその言葉にどこかほっとしている自分もいた。蘇生術は父の魔力を使ってかけられる。父の魔力が私の中に入ることを想像すると何だか落ち着かない気持ちになった。緊張、だろうか。恐怖も少しある気がする。


「……蘇生術は少し待っていただきたいです。すみません。自分でもよく分からない感情で」

「いいんだよ。ルーファに遭ったことを考えると無理もない話だ。魔法は使わないから、ルーファの状態を少しだけ診てもいいかな? 異常がないかだけ確認したい」


 それならば問題ないように感じた。魔力が私の体内に入らなければ怖くはない。私が頷くと父は安心したように微笑んだ。


「エリカ、少しだけ離れようか。ルーファに異常がないか確認したいからね。終わったらたくさんルーファを抱きしめてあげよう」

「……分かったわ」


 父が母の頭を撫でると、母は私を抱いていた腕の力を弱めた。私から離れていく母の顔は相変わらず苦しそうだ。


「何が起こっているか分からないと思うから、ルーファの身体を診ながら少しずつ説明するね。分からないことがあったら遠慮なく訊くんだよ。それじゃ、目から診ていくね」


 診療用に使われる魔道具を手に持ちながら父がそう言った。




 父は私の身体の状態を診ていきながら私に起こったことを話してくれた。


 リベラと会った後、私は様子がおかしく、リベラの期待に応えるのだとか、イベルトを自分で治癒するのだと語っていたらしい。その姿を変に思ったセツが私をテレンス先生へと連れて行く最中、私が舌を噛み切って4階の窓から逃走を試みたそうだ。そこをソウマが助けてくれて、負傷した私を転移で兄のいるところに運んだ、というのが一連の流れだった。

 父が私の身体を一通り診てくれた後、兄がソウマに運ばれた時の私の身体の状態について教えてくれた。


「ルーファは催眠魔法にかかっていた。術者の魔力が脳にまで達していてルーファの意識を乗っ取っていた様子があったよ」

「催眠魔法とは何でしょうか。初めて耳にする魔法です」

「簡単に言うと、潜在意識に同調することで相手を思うままに操る魔法だよ。古代魔法の一種で、特定条件下でしか扱えない難しい上に珍しい魔法なんだ。魔法が扱えるようになる条件は伝えられないけど、危険な魔法だから禁忌とされていて、存在を知っている人も限られている」

「それをリベラ様が私に」

「状況的にそうだろうね」


 兄は苦々しい表情のままそう言った。

 話を聞いている内に少しずつリベラとのやり取りを思い出してきた。リベラを治癒することになって、魔力を注いでいたら感覚がだんだんとおかしくなっていった。途中からどうリベラを癒していたのかが分からなくなった。リベラから催眠魔法をかけられていたとしたらその時だろう。


「ルーファが僕の下に運ばれてきた時にはすでに催眠魔法の進行は止まっていたよ。後は催眠魔法が復活しないようにルーファの脳内に残っていた魔力を分解させるだけだった。ソウマ君の妖力も脳内に残っていたから、きっとソウマ君が秘術で進行を止めたのだと思う」

「ソウマ様が」


 色々な事が起き過ぎていて何から考えたらいいのか分からなかった。ソウマが私を守ってくれた。いや、守らせてしまった。

 私一人の行動のせいで大切な人に迷惑や心配をかけた。家族にこんな顔をさせた、イヅル国で大切な仕事をしているソウマをレイ帝国まで転移させてしまった、セツを悲しませてしまった。心の中が負の感情で満たされていく。私は何てことをしてしまったのだろう。


「ごめんなさい」

「ルーファ?」

「私のせいで大変なことになってしまって。私がリベラ様に会いたいと言ったから、勝手に行動したから」


 もっと慎重に行動するべきだった。ソウマが発見され、婚約者候補の私にも注目が集まっている中で人嫌いのリベラが会いたいと言ってきたのだ。交流会で私に怯えていたのにも関わらずだ。明らかにおかしい。

 これだけ愛情を注いでくれる家族にこんな顔をさせてまで私は何がしたかったのだろうか。家族や大切な人達を守りたかったのではないのだろうか。それなのに、私はここまでのことをしてしまって。 


「ルーファ、それは違うと思うよ」


 強く握り締めていた私の拳の上に父が手を置いた。はっとして顔を上げると、青く透き通った瞳が真っすぐ私を見つめていた。


「リベラ様が催眠魔法をかけるだなんて誰が予想できただろうか。リベラ様は公爵家の人間で、まだ13歳の少女だ。蘇生術を扱う慈愛の一族が住む屋敷で危害を与えるだなんて予想が難しい」

「でも、私の置かれている状況的に危機は予想できたはずです。それを二人きりで会うなんて」

「それを責めるのならば、私のせいだ。私がリベラ様とルーファが会うことを許可した。当主として許可したんだ」


 はっとして顔を上げた。そんなことを父に言わせたかったわけではない。そんなつもりは無かった。私が悪いのに。私がリベラと接したいと言ったからなのに。渦巻く黒い感情を自分でも抑えることができなかった。

 さらに口を開こうとする私に父が手を伸ばし、そのまま私を優しく抱きしめた。


「ここには誰もルーファを責める人なんていない。少なくともベイリー家は誰も君を傷つけやしない。ルーファは加害者ではなく、被害者なんだよ」

「お父様?」

「もし見当違いなことを言っていたらごめんね。でも、私にはルーファの謝罪が君を守る結界のように感じた」


 言葉が出なかった。そんなことを言われるのは初めてだったから。先ほどまで渦巻いていた嫌な感情達がぴたりと動きを止めた。

 父は私を落ち着けるためか、ゆっくりと頭を撫でた。


「ルーファはすごく傷ついているからこそ謝罪するんだ、そして自分を責めるんだ。自分を守るために、自分を問題の原因と考えて、問題の解決をしようとしている。自分を軸に考えれば解決策がすぐそこにあるように感じるから……そうやって心の安寧を得ようとしている。今までそれで守ることができていた何かがあったから、心が極限状態に陥るとルーファは自分を責めているのだろうね」


 父は前世の私の事を含めて話をしているような気がする。父なりに私の謝罪は不要だと伝えてくれようとしているのかもしれない。私の自責の念に駆られる感情を受け止めながらも、私が私を許す方法を教えようとしてくれている気がするのだ。


 私は父の言葉にどう返していいか分からなかった。感情のままに言葉を口にしてしまえば、口から出た途端、それが嘘となって父に伝わるような気がした。今、何かを伝えるのは正しくない。私の謝罪を私が撤回しているような歪なものとなる。父の想いを私の言葉で穢したくはなかった。


 ただ、父の言葉は温かかった。自責で染められていた心の瘴気が緩やかに溶解していく。


「失礼いたします。お水とお粥のご用意ができました」


 ノックの音の後にパトリシアの声がした。父は私からゆっくりと離れると、優しく私に笑いかけてくれた。


「突然難しいことを言ってしまってすまないね。まずは必要な栄養を摂ってゆっくり身体を休めよう。セツももう少ししたらこの部屋に戻るだろうからね」


 父の言葉に頷くと、労わるように父が頭を撫でてくれた。


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