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ルーファの救済  作者: リリアナ佐助
2章
37/44

36 イグニス

 屋敷の前で挨拶を終えて、リベラを客間に通した。客間に行くまでの間、母がリベラに何度か話題を振ったけれど、リベラはそれに答えつつも心ここに在らずと言った様子だった。視線は地面を向き、静かに歩いている姿は何か思い詰めているようにも見えた。

 母とリベラの話が止まることは無かったけれど、やはり引っかかるところがある。


 リベラと会ったら謝罪がしたい、きちんと話がしたいと思っているのに、先ほど見た幻に気持ちが引っ張られる。

 リベラのあの絶望に染まった表情。今の姿からはかけ離れた姿。あれが未来の姿の彼女かもしれないだなんて。思い出すだけで辛い。

 リベラを助けたい。でも、彼女の目的が分からない。それが頭の中をぐるぐると巡るせいでうまく感情の整理ができない。このままうまくリベラと話ができるのだろうか。不安になって胸のペンダントに触れた。


 客間にはリベラが好きだと聞いた紅茶を用意してもらった。茶菓子をあまり好まないと聞いたため、代わりに果物を準備している。

 リベラは客間に入ると少し目を見開いてテーブルの上を見たけれど、すぐにその表情もすっと消えた。喜んでくれているかどうかは分からないけれど、会ってから初めてリベラの感情らしきものを見た気がした。


「うふふ。ここまで私が喋り通してしまってごめんなさいね。煩わしくなかったかしら?」


 座ることを促しながら母が優しくリベラに話しかけた。リベラは少し緊張した様子でゆっくりと腰掛けた。


「いえ。ここまで心を配っていただけることに有難く思っております。私の方こそうまく話せず、申し訳ございません。その、緊張してしまって」

「そんなことないわ。ふふ、たしかにこれだけたくさんの人が周囲にいると緊張しちゃうわね。そろそろ私達は部屋を出るけれど、何かあったらすぐに呼んでくださいね。ルーファも何かあれば言うのよ」


 母はリベラを安心させるように笑った後、私の肩に手を置いた。優しく肩を撫でた後に母は使用人達を連れて部屋から出た。母が触れてくれたおかげで私は思考の海から現実に戻ることができた。


 考えに耽っていても何にもならない。リベラが会いに来てくれたんだ。目的は分からないけれど、交流会のあの日にリベラを怯えさせたことは事実だ。今はそのことへの謝罪と、そして、私の力になれることがあれば力になる、それに集中しよう。

 息を大きく吸い、顔をリベラに向けた。


「リベラ様、今日はベイリー家までご足労いただきありがとうございました。私はずっとリベラ様と話をしたかったので、リベラ様からお手紙をいただいた時はとても驚きました」


 リベラは目の前にあるティーカップを手に取り、口をつけた。視線はカップの中を向いたままだ。


「交流会のあの日、イグニス様の病を暴き、あまつさえ、それでリベラ様の協力を求めるようなことをしてしまい申し訳ございませんでした」


 私は頭を下げた。声が情けなく震えている。まるで私が被害者であるかのような声色なのがとても気に入らない。直前に見た幻や、リベラが交流会で見せた姿、様々なことが頭を過り、私はいっぱいいっぱいになっている。


 でも、それはリベラと比較すると些細なものだろう。交流会で自分の弟の病を盾に迫ってきた人物の家にいる。私が優位なこの環境に身を置くのは決して居心地のいいものではないはずだ。


 リベラはティーカップを下ろし、そっとテーブルに置いた。ガラスがテーブルに接触する音が妙に大きく聞こえた。リベラは長いまつ毛をゆっくりと持ち上げ私を目に映した。


「貴女は嘘はついていなかった」


 真っすぐな強い声は、怯えている様子を一切感じさせなかった。母と会話していたリベラとは一切異なる雰囲気に息を飲んだ。リベラの雰囲気が変わった。


「貴女はきっと私と一緒。会話の仕方を知らなかっただけ」

「一緒、ですか?」

「貴女は、魔導管炎損病の負担軽減に繋がる薬の開発に至った。スローパー家が秘伝の薬の提供を断っても努力を続けた。貴女のイグニスが生きやすくなるための力になれるかもしれないとの言葉は嘘ではなかった。貴女の気持ちは本物だった」

「それは」


 口を開こうとした私にリベラは首を振った。リベラは私の言葉を必要としていなかった。


「だから、謝罪は受け入れるし、許すわ。貴女は幼い故に人との接し方が分からなかっただけ」


 リベラは再びティーカップを手に取り、それに再び口をつけた。


 リベラは交流会のあの日から、私の行動を見ていたのだ。私の言葉を覚え、私がどのような人間であるのかを見ていた。


 きっとイグニスのためだと思う。私がイグニスについて触れたから私を知らざるを得なかったのだと思う。でも、自分にあのように迫ってきた人物の行動原理を考え、私の言葉の意味を理解しようとするだなんて、そんな風に人の為に時間を割く人がどれだけいるのだろうか。


 「アルデルファ」が開発されたのは、魔導管炎損病を患っている人々の負担を軽くするためではない。デゼスに対抗するためだ。魔導管炎損病の負担軽減に至ったのは副産物だ。だから、私はリベラが想像するような人間ではない。でも、私を見ていてくれたことは、とても優しいことだと思った。


「さて、次は私の番。今日二人で会いたいと言ったのは、貴女に頼みたいことがあったからなの」

「頼みたいこと……どのようなことでしょうか」

「弟のイグニスのことよ」


 やはりイグニスのこと。リベラは少し息を吐く。堂々としていた彼女の表情に、再び何かに憂いているかのような陰りが見えた。


「イグニスを助けてほしいの」


 そう言ったリベラの声は折れてしまいそうなほど弱かった。聡明そうな青い瞳は不安げに揺れている。


「最近イグニスの魔力がおかしいの。もちろん魔導管炎損病を患っている時点で魔力に関して安定はしていないのだけれど、それとは違うの」

「どうおかしいのでしょうか?」


 リベラは自分の指を不安そうに握った。


「補給機で魔力を補給しても魔力が安定しないの。補給機から得た魔力が体内を循環しない。体内のあちこちに魔力がばらけている……と言えばいいのかしら。魔力が魔力としての役割を果たしてくれないの」

「イグニス様の症状に関して、スローパー家の主治医はどのような診断を下されているのですか?」

「このような症状は見たことがないと。今は補給機で魔力を補給した後に治癒術で魔力をあるべきところに誘導していますが、それでもイグニスは辛そうで」


 リベラはそう言って顔を歪めた。先ほど見た絶望の中にいるリベラの表情を思い出した。

 イグニスの症状は、ソウマが苦しんでいた症状と似ている。となると、今イグニスの体内に活動を停止しているデゼスがいるかもしれない。

 そう過り、ぞわりと肌が粟立った。


「リベラ様、最近と仰っておりましたが、イグニス様は具体的にはいつ頃からこのような症状に苦しんでおられるのですか?」

「症状が出て数日経ったぐらいで貴女に手紙を出したわ」

「症状が出るまでに何か普段とは異なる行動はしましたか? 国外に出たり、普段会わないような人と出会ったりなど、些細なことでも心当たりがあればお教えいただきたいです」

「特にはないと思うけれど。イグニスは遠出できる身体ではないわ。私達家族もイグニスが心配で滅多に外出はしないし」

「補給機の入手先が変わったり、主治医が変わったりなどはどうでしょうか? イグニス様を取り巻く環境についての変化も詳しく知りたいです」


 リベラは私からの急な質問に動揺した様子を見せたけれど、顎に手を当て考え出す。それから何かを思いついたように、はっと視線を上げた。


「補給機の魔力を納品してくれる商人が変わったわ。手配してくれる商会は変わらないけれど、スローパー家の専属の商人が変わったの」

「教えていただきありがとうございます」


 それかもしれない。デゼスの可能性を感じて鼓動が速くなる。

 まだ詳しく調べていない段階で結論を出すことはできないけれど、補給機経由でデゼスがイグニスの体内に入ってしまった可能性がある。


 それに、タイミングも気になる。リベラが私に手紙を出した時期は、ソウマが発見され、帝に保護されたと国民に知られている時だ。そんな時期にイグニスの体内にデゼスを入れたのだとしたら、狙いは何だろう。

 イヅル国内にソウマがいる内にレイ帝国内の公爵家の力を削ぐことだろうか。それとも、リベラに何かをさせるためか。先ほど見た幻のリベラは何か利用されていた様子だった。もう既にリベラはその相手と接触しているのだろうか、もしくはこれからなのか。分からない。でも急いだ方がいいことは確かだ。


 そこまで考え、思考を止める。私は必要以上に興奮している。今は一度落ち着いて話を進めるべきだ。焦ってはいけない。これでは交流会の時と同じことになる。

 呼吸を落ち着けてからリベラに顔を向けた。


「質問ばかりで申し訳ございませんでした。症状を聞く限り、急ぎ対処した方が良いと思います。ただ、なぜ私なのでしょう。私の兄が適任のようにも思えます。これも質問で申し訳ないのですが」


 イグニスを確実に救いたいのならば兄が適任だ。兄は蘇生術を会得している。やろうと思えば魔導管炎損病の治療だって可能だ。蘇生術を自在に操れる人物が兄一人だけしかいないため、国の方針でより深刻な病を患っている人から優先的に治療をしている状況ではあるけれど、ここまで深刻な状況であれば、希望すれば皇帝も許してくれるのではないだろうか。


 だけど、リベラは私の言葉に首を弱く振った。


「イファデール様の治療を受けることは極力避けたいの」

「ですが、私は蘇生術を扱えません。一般的な治癒術でしかお力になることができません」

「それがいいの。ベイリー家の技術に関して悪く言うつもりは全くないのだけれど、私は、蘇生術は危険だと考えているの」


 リベラは強く拳を握った。とても言いづらそうに、苦しそうに言葉を絞り出していた。


「蘇生術は恐らく治癒を行う対象の体内情報を複製して作り変えることができる術だと私は考えているわ。ベイリー家の先代は離れていても相手を治癒することができたほど、蘇生術の扱いに長けていた。それって、複製された体内の情報を他人が保有しているようなものではないかしら」


 兄の言葉を思い出した。蘇生術を行った後、治した人の身体の仕組みをしっかり覚えていれば、好きな時に好きなように乗っ取れる――そう言っていた。だから、蘇生術を使う時は強い心で自分を抑える力が必要なのだと。


「イグニスの魔導管炎損病が治っても、別の問題が出てくる。イグニスの命の情報を他人が握っていて、いつでもそれを操作できるかもしれない状態にあることを私は恐ろしく思う。イファデール様がイグニスの命を奪うような人だと言っているわけではないの。でも、状況の変化が人の行動を変えることもある」


 リベラの懸念は理解できた。ただ、デゼスがイグニスの体内にいるのだとしたら、もう既に他人がイグニスの命を手に握っているようなものだ。どうするべきかと考えを巡らせる。


「貴女の『アルデルファ』の開発に至った研究書を読んだわ。帝国内の治癒術師にはない発想があった。あまり公表されてはいないけれど、治癒術の腕も評価されていることも知っている。貴女ならイグニスをどうにかできるかもしれない。だから、貴女に助けてほしいの。……交流会で貴女から逃げておいて、こんなこと言いに来るのもどうかと思うけど、でも、私はっ」


 リベラの声がひと際大きく震えた。青い瞳は塗れ、今にも涙が零れ落ちそうだった。リベラはそんな姿を見せたくないと思ったのか、慌てて俯いた。


 きっとリベラはイグニスの魔力が不安定になる前も、魔導管炎損病を治療するために必死に情報をかき集めていたのだろう。探せるだけの情報を探して、考えて考えて私に行きついたのかもしれない。

 人付き合いが苦手な彼女が私にこうして願っている。溢れんばかりの弟への愛が彼女をここまで動かしている。

 助けないわけがない。


 居ても立っても居られなくて、私はその場で立ち上がった。そのまま足を進め、リベラの隣に腰掛ける。リベラは驚いたように身体を揺らした。

 細く白い手を取ってなるべく優しく彼女に触れた。その手はとても冷たかった。


「もちろんです。断る理由なんてありません。泣かないでください、リベラ様」


 色々考えることはあるけれど、弟への愛は本物だ。とてもじゃないけれど、こんな気持ちを見殺しにはできない。

 リベラは小説では生き残っていた人物の一人だ。でも、弟の死という絶望から立ち上がることはできなかった。


 必ずリベラとイグニスを救ってみせる。リベラの手を握りながらそう自分の中で誓った。


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