35 リベラの絶望
リベラからの手紙には、話がしたいため一対一で会いたいとの内容のみが書かれていた。会いたい理由や挨拶の言葉も省略されている簡単な手紙だった。
一般的には、公爵家宛の手紙は公爵家間であっても、ある程度言葉を飾り付けて手紙のやり取りをする。リベラも公爵家の人間であるため、当然それを知っているはずだ。
その上ですべてを省略して簡潔な手紙が届いているということは、焦っているのか、もしくは、私以外の誰かに見られることを恐れて必要最小限の情報に留めたのか。
そう考えるとリベラの話の内容というのは、弟のイグニスのことだろうか。交流会でのリベラの反応を見る限り、弟のことを大切に想っているのは明らかだった。小説でも弟のために特効薬の開発に力を尽くしていた。
ベイリー家が開発した薬「アルデルファ」。これから帝国議会でどのように薬を帝国民に普及させていくのか詳細が決められていく予定だけれど、薬の話を聞いた貴族や商人から度々薬を優先的に販売してくれないかとの相談を受けることがある。
「アルデルファ」は皇帝の承認を受けてはいるけれど、帝国騎士団や被験者以外は利用を許されてはいない。よって、貴族や商人から話がきた場合は断ってはいるけれど、リベラも弟のイグニスのために今回の手紙を送ってきたのだろうか。
そう考えると手紙に詳細を書いていない理由も理解できる。私と一対一ならば交渉できるかもしれないと考えている可能性がある。
でも、そう考えつつもどこか引っかかるところがある。聡明なリベラが弟のためとはいえ、そんな手を使うのだろうか。私に交渉するより皇帝に話をした方が安全かつ確実な気がする。
「ルーファにそんな顔をさせるなんて。何かよくない手紙だったのかい?」
手紙を受け取ってすぐに朝食の席で読んでいた私に、父が声をかけてくれた。相当な顔をしていたらしい。いつの間にか眉間に力が入っていた。慌てて眉間を指先で揉んだ。
「いえ、よくない手紙というわけではないのですが、意図が分からなくて。リベラ・スローパー様から私と一対一で会いたいと言われているのです」
「リベラ様が? それは珍しいね。たしか彼女は人嫌いだと聞いているが」
父が驚いたように眉を上げた。
「ええ。交流会でリベラ様とお話をしたことはあるのですが、そこまで深い交流を行ったわけではなく……そうすると何故この時期に私に会いたいのかと考えておりました」
「ふむ。そうだね。リベラ様自身はあまり人脈作りに興味のないお方だし、ソウマ君の件とは関係ないだろう。とすると、ふむ」
父は考えるように顎に手を当てた。恐らく弟のイグニスのことが頭に過っているのだろう。父はイグニスの治療に携わってはいないけれど、イグニスが魔導管炎損病であることは聞いているはずだ。実際、私がイグニスが魔導管炎損病ではないかとリベラに話した際、父の名前が出てきた。
「私は個人的にはお会いしたいと思っております。今深く考えても答えは出ないですから」
私は今でもリベラと繋がりたいと思っている。デゼスのこともまだ解決していないし、イヅル人留学生集団殺害事件にもスローパー家は関与している可能性がある。
ただ、前回のように無理に彼女に迫るようなことはしたくない。リベラは小説の一登場人物ではなく、この世界に生きる人間だ。
「そうね。リベラ様とは交流があった方がいいとは思うわ。これから何度も会うお方でもあるし。でも、ルーファは大丈夫かしら? リベラ様と会う事が怖かったりしない?」
「私が怖い、ですか?」
「ええ。何となくだけどリベラ様を苦手に感じているように見えて。私の考え過ぎだったらごめんなさいね」
そう見えているのか。リベラへの感情を表に出したことはなかったから、そう言われてしまうとは思わなかった。想像以上に母は私のことを見てくれているらしい。
リベラを深く知るほど言葉は交わせていないし、彼女の人物像も小説以上の情報はほとんど持ち合わせていない。だから苦手というほど彼女を知れていない。
私は自分自身が怖い。交流会でリベラを怖がらせてしまった。あの時の私はリベラを生きている人間としてではなく、小説の一登場人物として接していた。リベラが大切に想う相手の病を暴き、交渉材料として使い、とにかく関わりを持とうと必死になっていた。
「リベラ様が苦手なのではなく、私は私自身が怖いです。未来を変えたいあまり、暴走してしまわないか……リベラ様を軽視してしまわないか不安に思っております。交流会では大変失礼な接し方をしてしまいましたから」
「そうだったのね」
母がそっと私の手を撫でた。このような暗い話を朝食の場でしてしまってもいいものか不安になって顔を上げも、父や兄は嫌がっている様子は一切なくて、温かい目で私と母を見守ってくれている。
「私としては失敗する事があってもいいと思うけれど。だって精神的に成熟しているとはいえ、この世界に来てルーファはまだ8年だわ。まだまだ成長の時期よ」
「そうでしょうか」
「そうよ。それに、リベラ様に対してやった事が適切ではないと反省できているならば、少なくとも2年前の貴女のままではないはず。リベラ様の目的が何であれ、また会える機会を得たのならば、ここから少しずつ変えていけるはずよ」
私の手を母が握ってくれた。
2年前の私のままではない。その言葉で気持ちが少し上を向いた。
あの時よりも私の抱えているものを知る人が多く、力になってくれる人も多い。薬の開発も進んでいるし、ソウマもイヅル国で頑張っている。この2年で現実は大きく変わっている。
「きっと大丈夫よ。貴女はたくさん乗り越えているのだから」
母はそう言って私の背中を撫でた。
今度こそ落ち着いてリベラと接したい。そして、リベラが許してくれるのならば、あの時の失礼を謝りたかった。
◇◆◇
リベラとはベイリー家の屋敷で会う事になった。リベラは4年前にデビュタントを終えているため、私からリベラを屋敷に招待した方が世間的にもおかしく見られない。
ベイリー家の屋敷で会うことを提案した時もリベラもすぐに了承の返事をくれた。
そして、リベラと会う日、私は屋敷の前でリベラを待っていた。
セツは何かあった時に備えてペンダントの中で待機し、母と使用人達でリベラを待つ。
父と兄は公務のため屋敷を空けているけれど、母が隣にいてくれているため心強い。とはいえ、会う時はリベラとは二人きりになるし、二人になる瞬間を想像すると落ち着かなくなる。
視線を感じて私達のすぐ側にある木に目を向けるとやはり蛇がいた。ソウマの使い魔だ。目が合うと見つかったことに動揺し、慌てて木の葉の陰に隠れてしまう。その様子が愛らしくて緊張が解れた。
「面白いことでもあったの?」
顔を上げると母は優しい眼差しで私に微笑みかけてくれた。
「あの木の上に蛇がいたのです。ソウマ様の使い魔なのですが、目が合うと慌てて逃げてしまったので愛らしいと思いまして」
「あら、ソウマ君の」
母は驚いたように目を開き、木の上に視線を向けた。しばらく使い魔の姿を探していたけれど、諦めたのか再び私と目を合わせた。
「ここを離れてもルーファを守るとソウマ君は言っていたけれど、こんな方法もあるのね」
「はい。ソウマ様自身も大変な時期なのに、私を気にかけていただけるなんて有難いです」
母は眉を垂らし私に静かに微笑んだ。母の口元は笑っているのに何だか寂しく、また、儚く見えた。どうしてだろうか。気になって口を開こうとした時、パトリシアが私達に近づいた。
「リベラ・スローパー様が到着いたしました」
もうそんな時間なのか。
背筋を伸ばし、服におかしな所がないかさっと目を向ける。
ベイリー家の屋敷に繋がる門を馬車が通った。馬車には青いアルストロメリアをモチーフにしたスローパー家の家紋が彫られている。
黒と金であしらわれた馬車はスローパー家の威厳と知性を表しているかのようだった。
馬車が私と母の前に止まり、間を置いてから戸が開いた。
従者の手を借りながら、リベラが馬車からゆっくりと降りてくる。
輝くような金色の髪、晴天を思い起こさせる碧眼。交流会で出会った時よりもすらりと伸びた身長。リベラは眩しいくらいに美しく成長していた。
声を掛けようと一歩踏み出した瞬間だった。突然頭が締め付けられるように痛くなった。ただの頭痛ではない。頭が破裂してしまうのではないかと思うほどの痛みだった。
頭に触れようと手を動かそうとするも身体が動かない。
ぐらりと視界が揺れた。同時に視界が暗くなり、何も見えなくなる。母やリベラが傍にいるはずなのに、何も感じることができない。目も、耳も、匂いも何も感じない。暗闇に私だけが取り残されたかのようだった。
声を出そうとしても喉が締まる。吐息すら出す事ができない。
でも、この感覚は初めてではない。たしか、前にも同じような経験をした。
「協力したら弟は助けてくれるって言ったじゃない!!」
暗闇を引き裂くかのような悲鳴にも似た怒鳴り声がした。五感が戻ったことに安堵するも、状況があまりよろしくない。声のする方へ顔を向けると、暗闇の中に髪を振り乱した女性がいた。
長い金髪を激しく掻きむしっている。女性が頭を掻きむしる度に髪が抜けていくのが見えた。身体から伸びる腕は青白く、病的な程に細い。
「そう……そう。使うだけ使って捨てるのね。なるほど、なるほど」
そう言うとその女性は乾いた声でけらけらと笑いだした。喉からひゅうひゅうと空気が抜ける音が聞こえる。
「いいのよ、ええ。いいの。もう、いいのよ。国とか家とか、もうどうだっていいの。だって、私、決めたのだから」
その女性は腕と脚を投げ出して、後ろに倒れた。髪が地に広がり、顔が露わになる。
すっと通った鼻立ち、青い瞳、聡明な顔立ちの綺麗な人。一目で分かった。リベラだ。
「弟は魔力を全部喰われたわ。苦しい、苦しいと言いながら息絶えてね。そうねぇ、そう。あなた達の家族が同じように死んだらどう思うのかしらねぇ」
掠れた声でリベラは笑った。狂気的に口角が上がっている。リベラは自分の身体を抱きしめた。
「妖力を全て奪われて死んでいくの。きっと素敵な気持ちになるのでしょうね。ねぇ、そう思うでしょう?」
ぐるんとリベラの顔がこちらに向いた。目が合うと楽しい話をしているかのようにリベラは笑う。
目に光はなく、ただただ悲しい瞳がこちらに向けられていた。深い絶望を感じる。弟が亡くなった直後のリベラだろうか。
今にも泣き出しそうな彼女に手を伸ばした。リベラは私の手をただ見つめている。
リベラ、そう口にしようとした時、再び視界が真っ黒になりリベラの姿が消える。身体が宙に浮き、緩やかに落下していくような感覚がする。
明らかに助けが必要な彼女を放っておけない。そう思うのに身体は下へ下へと落ちていく。
藻掻きながら目を開けると青い空が広がっていた。目の前には先程まで絶望の中にいたリベラがいる。
綺麗に礼を取り、顔をあげたリベラの顔には絶望はなく、そこに凛と強く立っていた。
私はあの絶望の世界から戻ってきたのだと遅れて気がついた。
「エリカ様、アルデルファ様、お出迎えいただきありがとうございます。また、本日は私のためにお時間を作って頂きましたこと、心よりお礼申し上げます」
先ほど暗闇の中で見たリベラよりも少しだけ顔が幼い。私はリベラの未来を見たのか。
まだどくどくと心臓が暴れる胸を抑えながら私も礼をとる。
「リベラ様、お会いできて嬉しいです。本日はよろしくお願いします」
うまく笑えているだろうか。背中を伝う汗を感じながら何とか口角を上げる。
ソウマが誘拐された日に見た幻を思い出す。あの時はソウマを助けるために地下に降りる階段に呪いがかけられていた。
小説で読んだ未来とは違う何かだ。私は何が見えているのか。
今見た幻が未来を見せているのならば、リベラの弟は妖力を持つ誰かに見殺しにされる。
小説では弟のイグニスはデゼスで亡くなっている――そう考えてぞっとした。
リベラはソウマの誘拐に関わっている人物と何らかの形で繋がっているのかもしれない。リベラの目的はソウマと繋がっている私なのだろうか。
母に挨拶をしていたリベラが私の方に目を向けた。リベラは感情の読めない表情でただじっと私を見つめていた。




