34 神獣の聖人
ソウマとの最後の夜は、セツとムギも一緒になってみんなで私の部屋のべランダに出て、星空を見て過ごした。話したいことを話しながら過ごす最後の夜は楽しくて、でも、これからのことを考えると寂しくて。泣きたいような笑いたいような妙な気持ちになった。そんな私の気持ちを察したのか、ソウマはずっと私と手を繋いでいてくれた。温かくて大きな手。その手に包まれているとすごく安心した。
うとうとしながら星空を見て、手を繋いで、ぽつぽつと言葉を交わす。そんな時間がとても幸せだった。
そうやって一緒にいるうちに眠たくなったらしい。気がつくと朝になっていて私は自分のベッドでセツと眠っていた。
ソウマは夜に私と会う前に、ベイリー家のみんなにお別れの挨拶を済ませていたみたいだった。父と母、兄、そしてソウマがベイリー家に保護されている事を知っている限られた使用人達。全員に丁寧にお礼とお別れをしたのだと聞いた。
「ソウマ君が帰ってしまったと思うと寂しいね。弟が1人いなくなったみたいだ」
寂しそうにそう漏らしていた兄が印象的だった。
父と母も何だか寂しそうな目をしていて、ソウマはたしかにベイリー家の一員だったのだと実感した。
ソウマはもうベイリー家の屋敷には帰ってこない。改めて今までの時間がどれだけ貴重なものだったのかを思い知って、再び気持ちが沈んだ。
ソウマがベイリー家を離れてから数週間経った頃、レイ帝国から号外が出た。
3年間行方不明だったムスビ家の長子、ソウマ・ムスビが見つかったとの内容だった。
高霊山の麓の村に、水龍と玄武だと思われる神獣を引き連れて現れたそう。
神獣の戯れに巻き込まれたが、運良く神獣に保護され今まで物の怪の世界にいた、見過ごせないほどの悪念を感じとったため人間界に戻ったのだと言っていたそうだ。
イヅル国では、ソウマが神獣の聖人ではないかと騒ぎになっているみたいで、今はソウマはイヅル国の帝に保護されているのだという。
玄武と出会っていたなんて。全然そんな様子はなかったし、かなり驚いた。
小説でもソウマの従魔契約の相手は水龍だけだったし、帝に保護されたような展開もない。
それに、イヅル国内で強い影響力を持つとはいえ、レイ帝国の貴族であるムスビ家を帝が保護するなんて……ソウマを神獣の聖人だと国として認めているようなものだ。
「ソウマ様が神獣の聖人と崇められようと、私はずっとルーファ様のお傍におりますからね。ソウマ様と契約を結ぶことはありません」
部屋で新聞を読んでいると傍にいたセツがそう言った。顔を向けると私を見ていたセツと目が合った。私が心配すると気遣ってくれたのだろうか。その心が嬉しくてセツの身体を撫でた。
「ありがとう、セツ」
「主様との契約もありますが、何よりもルーファ様は私が傍にいたいと願う方ですから」
「私もずっとセツと一緒にいたいよ」
「早くルーファ様にお伝えしていないことをお話したいです。早く思い出していただきたいのです」
「思い出す?」
どういうことだろうか。詳しい内容を訊ねようとしたところでセツの目がとろんとした。今の今までしっかりと目が開いていたのに眠そうだ。
「あぁ……まだダメかぁ」
「今のどういうこと?」
「おやすみなさい。ルーファ様」
身体が揺れ、そのままセツが私の膝の上に頭を乗せた。眠る体勢に入っている。まだダメというのは何? 思い出すって? 聞きたいことは次から次へと湧いてくる。
私は何かを忘れているの?
「セツ、 セツ」
身体を揺らしてみても、セツからは反応がない。目は瞑られていて、髭が垂れている。何とも気持ちよさそうな顔で眠っている。
色々訊きたかったけれど、無理そうだ。今も眠りたくて眠っているわけではないのだろう。セツに対して何らかの力が働いていると考えた方がいいかもしれない。
セツの言っていた「まだダメ」という言葉。何か条件が揃えばダメではなくなるのだろうか。そういうことならば、セツが今ならば話せると思った何かが今起きていたということになるのではないだろうか。何らかの条件を満たしたから私にその何かを話せると思ったけれど、話せなかった。そのセツの行動のきっかけを考えれば何か分かるかもしれない。
「ソウマが玄武と契約したから。それを私が知ったから」
それだろうか。そう考えると、ソウマも何か気になることを前に言っていたような気がする。
ソウマに水龍にどのような名前を授けたのか訊ねた時のソウマの言葉がおかしかった。「これは話せるのか」「やはり駄目だ」といった内容を話していた気がする。何かを私に伝えようとして伝えられない様子だった。あの時はおかしいなと思ったけれど、特に気に留めず今の今まで忘れていた。あの時も神獣である水龍の話をしていた。
ソウマもセツと同じような制限を受けているのだろうか。
「セツとソウマは何らかの繋がりがある。そして、恐らくセツの主とも」
セツの主の存在については詳しく知らなくても問題はないと思っていたけれど、でも、私が忘れている何かがあるのならば知りたい。セツが思い出してほしいと言うほどの事。それはきっとすごく大切なことで。セツが大切に思っていることを私も大切にしたい。
ならば、残る神獣である朱雀に会うべきだろう。何らかの条件を満たして何かを思い出すことができるかもしれない。どこに行けば会えるのか見当もつかない状態だけれども。
でも、確信した。私は偶然この世界に転生したわけではない。意味があってこの世界にいるのだと。
◇◆◇
ソウマがイヅル国で見つかったとの情報が世に出てからというもの、ベイリー家にたくさん手紙が届くようになった。そのほとんどが私宛で、すべて他の家の貴族達から届いた手紙だった。レイ帝国内のものからの手紙がほとんどだけど、イヅル国から届いているものもある。
内容は、私が婚約者候補であるソウマが見つかったことに対する祝いの手紙と、デビュタントはいつ頃を予定しているか確認をする内容だった。中にはお茶会の招待状もある。デビュタント前の少女を個人的なお茶会に社交目的で誘うのはマナー違反なのだけど、そのマナーに構っていられない程の状況だと判断しているのかもしれない。分かりやすい反応に少し面白く感じてしまった。
目的はソウマとの人脈を作るためだろう。ソウマの婚約者候補は私しかいない上に、皇帝が私とソウマの婚姻を望んでいるという特殊な状況だ。さらに私がソウマが行方不明となっている間に婚約者候補の関係を解消しなかったことで、私とソウマが結婚する可能性が高いと踏んで、繋がろうとしてくる家が多いのだろう。
ソウマが神獣の聖人だった場合、ムスビ家は圧倒的な権力を持つから。
「こうも分かりやすいものなのですね」
「それが貴族という生き物だよ。より大きな利益を得るために動く。分かってはいた。分かってはいたけどね、うちの可愛いルーファに手を出そうとするのが実に気に入らない」
そう言って父が忌々し気に鼻を鳴らした。それから面白くなさそうな顔をしながら朝食のフレンチトーストを口に入れた。入れたというより、突っ込んだと言うべきか。父にしては粗い所作に少し驚きながら私も手元のフレンチトーストに手を付ける。
今日は珍しく家族全員の時間がとれたため、久しぶりにみんなで朝食をとっていた。最近は父が皇城へ、兄が他国へと赴くことが多く、あまり家族が揃う機会がなかった。久しぶりの一家団欒ということで楽しんでいたのだけれども、各家々から手紙が届いているという話になってみんなが険しい顔をし始めて今に至る。
「こうなることは分かっていたけどね。でも、それでもやっぱり気に入らない。うちのルーファを何だと思っているのか。いっその事みんなで逃げてしまおうか。どこの国がいいかな」
「あらあら、あなた。ずいぶん思い切りがいいわね。でも、悪くないわね。家族だけでゆっくり静かなところで暮らしたいわぁ。そうすればこうした時間ももっと取れるわよね?」
「母上、あまり父上を止められておりませんが」
「あら、止めるつもりはないわよ? 私はいつでもお父様と共にあるのだから」
けろっとそう返して父と手を繋ぐ母に、兄は困ったように笑った。
すごく自然な感じで公爵家一家逃亡計画が目の前で企てられている。公爵家が国外逃亡したらきっと国内は大騒ぎだろうな。でも、皇帝の服従の力で連れ戻されてしまいそうだ。
「というのは冗談で……デールも婚約者候補の申し入れが増えたと聞いたわ。いいご縁はありそう?」
「そうですね。申し入れをしてくださったご令嬢方には大変申し訳なく思うのですが、あまり婚姻を結びたいと思えるような申し入れはなく。デゼスの件がひとまず落ち着いてから考える予定です」
「そうね。ソウマ君が大発見をしてくれたものね」
「ええ。本当に大きな発見です」
ソウマの主治医の遺体に付着していた魔物を父と兄が蘇生術で調べた結果、デゼスである可能性が高いことが分かった。主治医の遺体に残った妖力の痕跡と魔物の体内にあった妖力の痕跡が一致したのだ。
また、主治医の遺体の状態から死亡時の妖力量を調査したところ、ほとんど妖力が残っていなかった可能性があったことが分かった。
ただ、まだその魔物がデゼスだと断定まではできていない。その理由として、その魔物が何らかの理由で活動を停止しており、今以上の検証が行えていないからだった。
今回見つかった魔物に対して何度か検証を行っているけれど、魔物が動く様子が一切ないのだ。魔物がいる場所を魔力や妖力で満たしたり、人の血液を与えたり等、色々と様子を探ってみてはいるけれど、変化はない。生態反応を見ても死んでいるわけではないらしい。まるで冬眠みたいだ。そのせいでこれ以上詳しい生態を調べることができず、デゼスであると断定することが現時点では難しいのだ。
でも、これ以上魔物の正体を調べるための情報が全くないわけではない。
見つかった魔物がデゼスだとは断定はできていないけれど、この魔物の周辺では、魔力や妖力が安定しないことがわかったのだ。魔力や妖力が乱れ、魔法や秘術が扱いづらくなる。
誘拐前のソウマの身体は、体内の妖力が安定していなかった。それが、誘拐後は妖力が以前のように不安定になることがなくなったのだ。私が消滅させた魔物が今回ソウマが見つけてくれた魔物と一緒であるならば、この魔物はずっとソウマの体内で活動を停止し、何かをきっかけに活動を開始した可能性が考えられる。
今回見つかった魔物がソウマの体内にあったものと同一であると仮定して、そのきっかけは何かという点を今ベイリー家で探っている。それがデゼスの流行を止める鍵になるかもしれない。
「僕はピスタリアがあの魔物の活性化の鍵だと思っています。ルーファ、前世の記憶ではデゼスはピスタリアに付着していると小説内に書かれていたんだよね?」
「はい。ピスタリアの羽にデゼスが付着しており、そこからデゼスが広がったと」
兄に問われ、記憶を辿りながら話をした。私の話を聞いて、父は難しい顔で唸った。ピスタリアはそうそう見つかる魔物ではないし、さらに、南部の森林にのみ生息しているという点が厄介だ。レイ帝国の南部にある森林はそこに住む魔物が強力であるが故にあまり開拓されておらず、かつ、レイ帝国の法によりむやみに近づくことを禁じられている。
「南部の森林開発を行う調査隊の編成を数年前より陛下が検討されていてね。恐らくルーファの読んだ小説では、この調査隊の森林開発がきっかけで感染が広がることになっていたのだと思う。今はイヅル国の動きが怪しいということで、陛下にお願いをして森林開発は待ってもらっているからね。今回はそれが原因で感染症が広がったと言われる事はないだろうけれど……でもピスタリアの羽にデゼスが付着しているという情報は確かなものか調べたいところだ。もしデゼスがピスタリアと深い関係があるならば、黒幕は南部の森林からデゼスを入手している可能性があるからね」
「でも、不用意にピスタリアに近づくとデゼスに感染するかもしれないわね。難しいわ。南部に不審な動きをしている人物がいるという情報もないのよね?」
「現状はないな」
「うーん。困ったわねぇ」
父と母がため息を吐いた。デゼスの流行まであと2年とあまり時間がない。急いで調べてしまいたいのに、動けばデゼスの流行を招いてしまう可能性がある。ここ最近はこれに頭を悩ませている。
「引き続きあの魔物がデゼスだと仮定して魔法開発を進めよう。同時進行でピスタリアの件に関して調査を進めながら、他にもあの魔物を活性化させる方法を探そうか」
「はい。お父様」
私は蘇生術が使えないから、残念ながらソウマの体内にいた魔物と今回見つかった魔物が同じものか断定する情報を得ることができない。それが悔しくて仕方がないけれど、今ある情報を一つずつ精査して調べていくしかない。
私には父や母、兄がいて、セツがいて、ソウマがいる。ベイリー家内での協力者も多い。これだけ心強い味方がいる。だから、絶望はなかった。一人で抱えているよりもずっとずっと強くいられる。
「お食事中失礼いたします」
突然、食卓の間の扉からノック音がした。父が入室を許可すると、パトリシアが一礼をして入ってくる。パトリシアは銀製のトレイを手に持っており、その上には封筒があった。
「スローパー家のリベラ様よりルーファ様にお手紙がございます。スローパー家の使者より急ぎお読みいただきたいとのことで伝言を受けておりまして。いかがいたしますか?」
思わぬ名前に手が止まった。リベラ・スローパー。私がデゼスの特効薬を開発するために3年前の交流会で無理な接触をしてしまった人物だ。最悪な印象を与えてしまったはずなのに、なぜ手紙を。
「急ぎ確認いたします」
そう言った私の声は情けないほどに強張っていた。




