表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルーファの救済  作者: リリアナ佐助
2章
34/44

33 最後の夜

「デゼスが? それは本当?」

「恐らくデゼスだと思う。今はイベルト様とデール様が詳しく調べているから確定ではないよ。でも、あれはデゼスだと思う。近づいた時に何となく知っている感覚がした」


 ソウマはそう言って自分のお腹に手を置いた。誘拐された時のことを思い出しているのだろう。もしソウマが見つけた魔物がデゼスだった場合、そして、その魔物が私が以前ソウマの体内で見つけた魔物と一緒だった場合、ソウマは意図的に体内にデゼスを入れられた可能性が高い。

 ムスビ家の主治医か、師匠のブンエイか、それは分からないけれど、当時ソウマの近くにいた誰かの手によって。


「ルーファの話によると、未来ではデゼスは最初レイ帝国内で初めて感染者が確認されるんだよね?」

「うん。そのはずだけど、もしソウマが見つけた魔物がデゼスだった場合……」

「イヅル国側の誰かが意図的にレイ帝国にデゼスを持ち込んだ可能性が出てくるね。レイ帝国から広がった感染症だということが各国に伝われば、レイ帝国の立場がかなり悪くなる」


 目的は戦争を起こすためだろうか。背後にいる人間の企みにぞっとした。

 感染症はどこの国でも発生し得るが、周囲の人間が感染症により次々と亡くなってしまえば、憎しみが募る。デゼスを憎もうにも特効薬がない限りはどうにもできない。するとその宙ぶらりんになった憎しみはどこに向くだろうか。最初に感染者を確認した国にその憎しみの矛先が向いてもおかしくはない。

 それに加え、ソウマの国外追放やイヅル人留学生集団殺害事件が起こってしまえば……レイ帝国を攻め落とす理由になるだろう。


「背後にいる人間を引きずり出さないと。デゼスの流行を防いだとしても、次の脅威がやってくる」


 そう言った私の声が震えていた。もちろん大切な人達の命を守るために何でもするつもりではあるけれど、やはり恐ろしいという感情はある。

 デゼスを手配でき、公爵家の人間の体内にデゼスを入れてしまうことを企める人物――膨大な資金があり、人脈もあり、そして高い地位にいる人間が背後にいる可能性が極めて高い。イヅル国内の人間だろうか、それとも協力関係にある国か。


 色々な可能性を考えているうちに、自分が小さくなったかのように感じる。この世界でちっぽけな存在であると。

 でも、立ち止まってはいられない。相手が誰であろうと迫る脅威は振り払わなければならない。でなければ、私の周りにいる人達が死んでしまう。


「僕はムスビ家の力すべてを使って君のいるレイ帝国を守るよ。必ずムスビ家の当主になって、すべてを掌握する」


 真っすぐと私の目を見て、ソウマがそう言った。瞳孔が開いている。かなり興奮しているのだろう。それもそうだ。自分を陥れた人間を突き止めるチャンスが出てきたのだから。


「私も力を尽くすよ。ソウマにだけに無理はさせない」


 ソウマも私が守るべき側の人間なのだ。ソウマの力は絶大だ。きっと戦争抑止のために必要だ。でも、だからといって私がソウマの力に頼りきりになるわけにはいかない。

 これは私が始めたことで、私はソウマ含め、みんなを守りたいのだから。


「もし今回見つかった魔物がデゼスだったら、何とか調べあげて私はデゼスの流行を防ぐ。ソウマが見つけてくれたものを無駄にはしない」


 私は蘇生術を使えないから兄と父に頼りきりになるかもしれないけれど、でも、小説と前世の知識で何かの役に立つことはできるかもしれない。


「ありがとう。僕がイヅル国に帰る前にルーファの役に立つ何かを残せてよかった」


 ソウマはそう言って悲しそうに笑った。まるでお別れみたいな言い方だ。まだソウマがイヅル国に帰るまでにほんの少しだけ時間があると聞いていたけれど、違うのだろうか。


「ソウマにしばらく会えないみたいな言い方をするね」

「……うん。こうして会えるのは今夜で最後だから」

「え?」

「明日からイヅル国に戻るよ。少しイヅル国で必要な準備をしてから、イヅル国内の警備兵に発見される予定。それでムスビ家に戻る。少し予定が早まったんだ」

「そう……なんだ」

「うん。それと、最初のうちは(ふみ)を出すことも難しいかもしれない。僕はかなり警戒されるだろうし、その分僕を注視する人も多くなる。だから、しばらくは連絡を取ることも難しい」


 ムスビ家の主治医が遺体で見つかったのだ。黒幕が何かしら動く可能性があることを考えると一刻も早くイヅル国に戻って状況を把握した方がいい。

 ソウマがイヅル国に戻ればそう簡単に私に連絡を取れなくなることは覚悟していた。私と繋がっていることを少しでも悟られてしまえばレイ帝国に疑いの目が向けられる。ソウマはこの3年、誰とも繋がっておらず、行方不明だったということにしなければならないのだ。レイ帝国がソウマを保護していたと知られれば、それこそ戦争が勃発してしまう。


 だから仕方ないのだ。そうは分かっていても気持ちが沈んでしまう。ずっと会えなくて寂しかったのに、ようやく会えたと思ったらしばらく会えないだなんてとても辛い。まだ覚悟なんてできていない。

 ソウマの幸せを願っているはずなのに、ソウマがより多くの人と出会って外の世界に飛び出すことを望んでいるはずなのに、いざそうなると泣き叫びたくなる。やはり、身体の年齢に合わせるようにして私の精神年齢が下がってしまっているのだろうか。そうでなければ説明がつかない。私は大人なのだ。自分の感情をコントロールできるべきなのだ。


「ルーファ様、泣いているのですか?」


 セツが前足を私の手に乗せた。顔を向けると心配そうに金色の目が私を見ている。泣いている? 私が? セツの言葉が信じられなくて手で目に触れた瞬間、熱い雫が頬を伝った。


「あれ? え?」

「ソウマ様、ルーファ様を泣かせないでください。久しぶりに会えたと思ったら、最後の夜だと言われた側の気持ちが分かりませんか?」

「え……僕が泣かせたの?」

「泣いてないですっ」

「顔を見せて、ルーファ」


 ソウマが私の肩に手を置いたかと思えば、そのまま顎を掴まれソウマの方に顔を向けられた。上を向くと同時に次から次へとぽろぽろと目から涙が流れていく。ああ、嫌だ。止まってくれない。これでは本当に子供になってしまう。精神年齢が下がってしまったのだ。そう思うとさらに不安になってしまって、涙が止まらない。私が私ではなくなっているみたいだ。

 そんな私を見てソウマが目を開いた。あまりにも目を開くものだから目玉が零れて落ちてしまうのではないかと思った。


「僕がルーファを泣かせた」

「違うよ」

「初めて……見た。流れ星が落ちたみたい」


 そう言って、ソウマが私の涙を指先で拭った。

 ソウマの指先に私の涙が移り、それをソウマは観察するようにじっくり見ている。そして、深く満足したようにゆっくりと口角を上げた。とても幸せそうな顔をしていた。

 その一つ一つの動作が恥ずかしくて顔を背けるとソウマが慌てたように私の肩に手を置いた。


「嬉しいな。でもごめんね、ルーファ」

「……嬉しい?」

「うん。ごめんね。ありがとう」

「何のごめんねとありがとうなの?」


 少しばかり様子のおかしいソウマは首を横に振った。その間も流れる涙を指で拭われ続けていく。その拭った涙はソウマの指に拭われるとそのままふわふわと宙に浮きだした。私とソウマの周りに私の涙でできた水球が一つ、また一つと出来上がっていく。


「私の涙が」

「うん。秘術でちょっとね。すごく綺麗だから、流したままにするのは嫌で」

「そうなの?」

「うん。そう。ルーファの感情ってこんなに綺麗なんだよ」


 そう言ってソウマは綺麗に笑った。周囲に浮いている私の涙を見ると、月明りに照らされてきらきらと光っていた。秘術で綺麗に見せているだけかもしれないけれど、ソウマに言われると確かに綺麗に見えてくる。

 励ましてくれているのだろうか。それにしてはソウマが過剰に喜んでいる気がしなくもないけど、でも、嫌な気持ちはない。


「この涙は、僕に会えない寂しさからくるものだと思ってもいいのかな」


 私の浮いた涙を手に取りながらソウマがそう呟いた。それを大切そうにソウマは胸に抱いた。一粒の涙を壊さないようにそっと優しく抱いている。それが幻想的に見えて目を奪われた。


「僕ね、本当は今日ルーファに会うのが怖かった。ルーファに会わずにイヅル国に戻ってしまおうかって考えてたんだよ……でも、皇城でルーファに直接触れた時、それは無理だと思った。どうしても会いたかった」


 掠れた声でぽつりぽつりと語り出すソウマは、私の涙を一つずつ集めていく。集められた涙はソウマの指の動きに従い、彼の下に集まっていく。


「最近ルーファに会うと、よく分からなくなっていた。ルーファを大切に想っているのに、僕と同じ気持ちじゃないと思うと無理矢理にでも僕のものにしたくなる。でも、ルーファがベイリー家にいて笑っているところを見ると幸せになる。矛盾した気持ちが常に僕の中をぐるぐる回っていて、それをそのままにしていればルーファを傷つけてしまいそうだと思った。だから、離れていたかった」


 避けられているかもしれないと思っていたけれど、やっぱりそうだった。私が中途半端なことをするからソウマを傷つけていたのだ。

 ソウマは抱えていたものを吐き出すように、深く深く息を吐いた。


「でも、離れていたとしてもルーファのことばっかり考えてしまう。傷つけてしまうとしても、それを乗り越えてでも一緒にいたい。こんな僕でごめんね。でも、これが僕なんだよ。ルーファ自身何だか色々と考えているようだけど、僕の気持ちはどこにあっても変わらない。今はルーファに証明するために頑張る。だから、僕のことを見ていて」


 私を真っすぐ見つめるソウマの強い目を見て、私が心配していることを何となくソウマは分かっているような気がした。全てではないにしろ、皇帝に婚姻を結ぶと言いきれなかった私の迷いを知った上でこう言ってくれている。それをわかった上でソウマは力を尽くすのだと言っている。私に選択肢を与えようとしてくれているのだ。

 そのソウマの気持ちが嬉しくて、改めて大切にされているのだと分かって、胸の奥が温かくなる。


「うん。ソウマのことを見ているよ。ソウマがまたレイ帝国に戻って来れる日を待ってるから」


 そう言うと、ソウマは嬉しそうに柔らかく笑った。

 家族と一緒にいて感じるものとは別の温かな幸せが胸を満たす。

 私はただ怖かったのかもしれない。ずっと傍にいたソウマがベイリー家を出て、色んな人と出会って、私ではない人の手を取ることに。だって、私はソウマに愛を受けられるほどの人ではないから。

 私は本当のアルデルファではないから。


 考えれば考えるほどに、ソウマがこれほどまでに私に好意を持つ理由が分からなくなって、環境のせいだと決めつけて逃げていた。

 でも、ソウマが私に向き合おうとしてくれているように私もソウマに向き合いたい。逃げたくない。


「私もソウマを待っている間、ソウマがびっくりするくらいにすごく頑張るから。だから、楽しみにしていてね」

「うん。すごく楽しみにしているよ。でも無理はしないこと、約束」


 ソウマがそっと小指を差し出してきた。イヅル国では約束をする時に小指を絡める風習がある。前世と似ている。頷いてソウマの小指に自分のものを絡めた。ソウマの長い指と私の小さな指。私もまだ幼いのだと今更なことを思う。


「あとムギの使い魔をつけるからね。絶対に危ない事はしないこと。知らない人について行かないで。あと、ご飯はしっかり食べて、早く寝てね」

「ふふ、ソウマ、私のお母様みたい」

「お母様って」


 ソウマは明らかに落ち込んだ様子を見せた。それが愛らしくて笑う。でも、ソウマを心配する気持ちは私も同じだ。


「ソウマこそ無茶しないで。あ、ちょっと待って。ソウマに渡したいものがあるの」


 絡めた小指をそっと外して、急いで自分の机に向かった。

 ソウマが離れることになったら渡そうと思っていたものがある。机の引き出しを開けて、藍色の袋を取り出す。念のために中身を確認してからソウマのところに戻った。


「ローズベリーの飴をいくつか作ったの。気持ちが落ち着く効果があるから疲れたことがあったら舐めてみて。イヅル国内でもローズベリーの飴は売られているから持っていて怪しまれることはないと思うけど」


 本当はもっとちゃんとしたものを渡したかったけれど、レイ帝国にいたことがバレてしまう可能性がある。飴ならば誰かに感づかれることもないのではないかと思った。

 ソウマは目を見開いたまま、私から袋を受け取った。驚いているようだ。


「交流会の時に僕に持ってきてくれた飴だよね」

「うん。あの時渡したものよりも効き目はあると思う。私の自信作なの」

「そうなんだ。それは楽しみだな。大切に食べるね。ありがとう……本当にありがとう」


 ソウマは大切そうに飴が入っている袋を抱きしめた。喜んでもらえたようで安堵する。

 離れている間にどうかソウマが苦しみませんように。そう願いを込めて一つ一つ飴を作った。3年前よりも治癒術の腕は上がっているはずだし、以前よりもソウマの体質は理解しているつもりだから、よりソウマの身体に合った飴が作れていると思う。


「もう一つ、ルーファから貰いたいものがあるけど、いい?」

「うん。もちろん」


 私から渡した袋を抱きしめながら、ソウマが少し恥ずかしそうに頭を掻いた。言いづらそうに口を結んでいる。そんなに言いづらいものなのだろうか。ソウマは顔を少し赤く染めながらゆっくりと口を開いた。


「いってらっしゃいの言葉がほしい。ルーファからそう言われると頑張れる気がする」


 小さな声だった。でも、とても可愛いお願いだった。ソウマは不安げに私を見ている。普段は真っすぐに私に好意をぶつけてくれるのに、こんな時は恥ずかしそうにしているソウマが可愛くて仕方がない。思わず笑顔になってしまう。


「いってらっしゃい、ソウマ」


 そう言うと、ソウマは満足そうに目を細め、やわらかく笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ