27 服従
ペリシアンに案内された温室は、皇城の中央の宮にある中庭に建っていた。ガラス張りの正方形の大きな温室で、この世界では変わった様式だ。通常は屋根の中央が円形に盛り上がる形が一般的なはずだ。さすが皇城。新しい。
「斬新な様式の温室ですよね。この形だと魔法が安定して使えるそうです。護衛に適しているとか」
「そうなのですね」
「さあ、どうぞお入りください。皇帝陛下が中にいらっしゃいます」
ペリシアンが私と兄のために温室の扉を開いた。
いよいよ皇帝と会うのだと思うと緊張する。ペンダントを撫で気持ちを落ち着かせた。
「大丈夫だよ、ルーファ」
兄が私の手を取り、そっと撫でてくれる。目を細め、私を安心させるために柔らかく笑いかけてくれている。私にはセツや兄のように味方がたくさんいるのだ。自分らしく落ち着いていけばいい。息を吸って気持ちを整える。もう大丈夫そうだ。兄に手を取られながら私はそのまま温室に足を踏み入れた。
温室の中に入った途端、ぴりっと何かが肌を刺すような刺激がした。強い結界が張られているせいだろう。結界は目には見えないけれど、魔法が使われていれば魔素が出る。強い魔法であればあるほど魔素がたくさん出る。秘術でいうところの妖力の痕跡と同じようなものだ。温室の中は魔素で溢れているのを感じる。
魔素で溢れた温室の中をペリシアンの案内のままに足を進める。温室の中はかなり広く、案内がなければ迷子になるかもしれないと思うほど。人が通る道は綺麗に整備されてはいるが、通る道の両側に葉を多くつけた木々が植えられているため、自分が温室内でどこにいるのか確認することが難しい。さらに、一本道ではなく、道が分かれているところも多々あった。室内迷路のようだ。
ただ、植えられている木々は図鑑でしか見たことがないような珍しいものばかりで、見ていて楽しいものだった。
ペリシアンも緊張をほぐそうとしてくれているのか、植えられている木々の原産地やその土地に纏わる逸話を話してくれた。途切れない話に、色々な引き出しを持つ人物なのだと驚かされる。
しばらく歩くと周囲に植えられていた木々が少なくなり、次第に視界が開けてきた。地面には若草色の芝生が広がり、小さな草原のような空間が温室内で出来上がっていた。
中央には白いテーブルと椅子が置かれており、その椅子の一つに一人、肘掛けに肘を置き座っている人物がいた。その人物の周りには帝国騎士の黒い制服を纏っている者が何名かいる。椅子に座っている人物は、王族用の白い略礼装を身に纏っているため、座っている人物は皇帝で間違いないだろう。
レイ帝国5代目皇帝、ヴェルネル・レイ。200年前の大陸統一戦争で今の四大公爵家を始めとする家々を先導を切って取り纏め、ゴライア帝国との戦争を勝利に導いた一族だ。
皇帝に近づけば近づくほど空気が張り詰めたものに変わっていくのを感じる。
白く長い髪が後ろで一まとめに結ばれており、乱れが一切ない。白というより青白い肌に、薔薇のように赤い瞳。唇には色がほとんどなかった。人形のような美しさを持つ人ではあるけれど、誰かに屈する姿は到底想像できないほどの威厳がある。
「皇帝陛下、お待たせいたしました。イファデール・ベイリー公爵子息とアルデルファ・ベイリー公爵令嬢をご案内しました」
「ご苦労。ここまで歩かせてしまってすまないな、イベルトの子供達よ」
固く凛とした声。その声に一気に背筋が伸びる。
「こちらこそ本日はお招きいただき、ありがとうございます。この場を設けていただけましたこと、光栄に存じます」
「お初にお目にかかります、陛下。アルデルファ・ベイリーでございます。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
公爵家としての最上位の礼をとった兄に並び、私も同じように礼をとった。
「時間をとってくれたことに礼を言う。座るといい」
「かしこまりました」
ペリシアンのエスコートを受け、促されるまま皇帝の向かいの椅子に腰を掛けた。ペリシアンは私が座ったのを確認すると、他の帝国騎士と同様に皇帝の背後に控えた。
テーブルには様々なお茶菓子が並んでいた。瑞々しいフルーツが乗ったケーキ、砂糖のコーティングで美しい艶のあるタルトタタン、金粉が散らされた表面が滑らかなチョコレートケーキ。普段であれば心が躍るようなお菓子ばかりだ。今日は食べ物を口にできるか怪しいほどの緊張に見舞われているが。
「突然すまないな。あまりにイベルトの子供達の活躍が素晴らしいと聞いて、話をしたくてな」
「恐縮です、陛下」
皇帝はそう言うと少し笑い、手元のコップに口をつけた。笑うことがあるのだと驚く。
「イファデールは近頃は国外からの治癒要請が多いと聞く。その歳で他国から信頼を得られていることは我が帝国としても誇らしいな。治癒要請はイヅル国からのものが多いと耳にしたが」
「はい。イヅル国からの要請が多いです。また、神聖国クロイレからの要請も増えております」
「クロイレか。クロイレは名の知れた治癒術師が多い印象だが、それでも要請があるとは……イファデールはそれほどまでに優秀なのだな」
「身に余るお言葉、ありがとうございます」
兄は嬉しそうに笑った。まったく緊張している様子がない。それに、皇帝にここまで褒められるなんて……家族としてすごく誇らしい。兄の頑張りがこうして誰かに認められることは嬉しい。
「それに、此度のアルデルファ嬢の薬の開発。蘇生術でローズベリーの成分を分析し、最も効能が高まる瞬間に治癒術で成分を保護をする製法であるそうだな。少なくともレイ帝国内でその発想に至った者はいない。どのようにして思いついたのか詳しい話を聞けるだろうか」
赤い瞳がゆっくりと動き、私を映した。再び緊張で身体が固くなる。でも、この質問が来ることは予想していた。
小説で兄がやっていたことを現実で真似たのだと口が裂けても言えない。成分の分析および保護に関しては私のアイディアでも何でもないのだけれども、兄と事前に相談して用意していた答えを口に出した。
「兄の蘇生術を学んでいる様子を見て発想を得ました。植物にも蘇生術が有効であるならば、その性質を変えることも可能ではないかと」
「ほう。それでうまくいったわけだ。発想力と行動力がとても幼子とは思えぬ」
「ありがとうございます。しかし、兄がいなければできないことでした。兄のおかげです」
「はは。そうか。慎み深いのだな」
皇帝はそう言うと目の前のタルトタタンを一口分だけフォークに乗せ、私を見つめながらそれを口に含んだ。真っ赤な目がただひたすら私を見つめている。その視線に何か含みを感じるのは気のせいだろうか。
「それに、薬の開発に難航した際、ローズベリーの栽培工程に目を付けたそうだな。薬の開発もそうだが、栽培で果物の効能が変わることは大きな発見であると有識者内でも驚きの声があがっている。どうして栽培が鍵であると思ったのだろうか」
皇帝はささっとタルトタタンを食べ終えると、身体を私側に少し傾け、身を乗り出したような姿勢で私に尋ねた。
「何度かローズベリーに蘇生術や治癒術をかけているうちに個体によって効能の増加量が異なるものがあることに気が付きました。最初は私が治癒術をうまく扱えていないからだと考えておりましたが、熟練の治癒術師が私と同じように治癒術をかけた場合でも効能の増加量に差があることが分かりました」
「なるほど」
「蘇生術で効能の増加量を数値化し、効能が増加するものとそうではないものに分類したところ、ローズベリーの産地によって効能に差があることが分かりました」
開発時を思い出しながら皇帝に話をした。
産地ごとの土地の性質や日光の照射時間、気候、水分量等、要因と思われるところを蘇生術を使って数値化した。数値化したデータをもとにローズベリーの効能が強く出やすいと思われる栽培環境を魔法で再現し、蘇生術で成長を早め、収穫をして検証をする。それを何度も繰り返した。結果、魔力や妖力を増加させる効能を持つローズベリーを生み出すことができた。あとはベイリー家専属の薬物研究士の協力を得て、薬の開発に至った。
「発想や製造はアルデルファ嬢、分析や魔法の補助はイファデール、あとはベイリー家の人脈や財源で開発に至ったというわけか。概要はイベルトを通して聞いていたが、驚いた。将来が楽しみだな」
「身に余るお言葉恐縮です」
「最終試験を数か月後に控えていたな。試験合格後はもう何をするか決めているのか?」
「兄と同じく治癒術師として各地を巡りたいと考えております。経験を積み、国外――特にイヅル国との関係強化の一助になれたらと考えております」
「ふむ。イヅル国か」
皇帝は少し考えるように顎に指を当てた。何か引っかかることがあるのだろうか。
でも、皇帝に伝えたことに偽りはない。イヅル国との戦争を回避するために、回避しやすい立ち位置にいておきたい。ソウマと結婚してしまうのが一番手っ取り早いかもしれないけれど、何が起こるか分からない。何があってもいいようにできる限りの備えはしておきたかった。
そう考えていると、皇帝の赤い瞳と目が合った。
「イファデール、申し訳ないがアルデルファ嬢と2人で話をさせてほしい」
突然のその言葉に息が止まる。横目で兄を見ると私と同じように驚いている様子で、口が開いていた。
「陛下、僭越ながら、妹はまだ8つでございます。自立している面もありますが、まだ私の助けが必要なこともございます」
「問題ないだろう。今も問題なく私と会話ができている。簡単な話をするだけだ」
皇帝の声が緊張感を含むものに変わった。2人きりになるように頼んでいるように見えるが、了承する以外の選択肢は最初からないようだ。
ただ、兄の表情は納得しているものではなく、どうにか皇帝を説得できないかと考えているのか難しい顔を皇帝に向けていた。でも、ここで皇帝に抗ってもいいことはないのは明白だ。
「お兄様、私は陛下からそのように仰っていただけたことを光栄に思っております。ベイリー家としてお許しいただけないでしょうか?」
「アルデルファ……」
「お願いします、お兄様」
兄は心配そうに眉を垂らした。私も正直皇帝と2人きりは恐ろしい。2人きりにならなければできない話とは何なのだろうとも思う。でも、こう言われてしまっている以上、逃れられない。
もし何かあればペンダントにいるセツに助けを乞うつもりだ。極力そのような状況にならないようにしたいところではあるけれど。
兄の前でそっとペンダントに触れ、セツがいることを知らせる。兄は私の手元に少しだけ目を向けると更に眉を垂らした。
「出過ぎたことを申し上げてしまい申し訳ございませんでした。それでは、私は外で控えております」
「ああ。ペリシアン、イファデールを頼む。人は入れるな」
「かしこまりました」
傍に控えていたペリシアンがさっと前に出ると、皇帝に騎士の礼をとる。
私達に向けて振り返ったペリシアンは、私と目が合うとゆっくりと頷いた。励まそうとしてくれているのだろう。
そのままペリシアンは兄と周囲の護衛を連れ、この場を去った。護衛すらもこの場にいることを許されないなんて。
恐る恐る顔を上げると皇帝と目が合った。
「イファデールを待たせることになるからな。早速本題に入る。アルデルファ嬢の婚約者候補の話だ」
「私の婚約者候補、でございますか」
皇帝の声は固い。ペリシアンの話になるのだろうか。それならばペリシアンを下がらせた理由は分かるが、兄までこの場から退席させる必要はないはずだ。
「ああ。現時点でソウマとペリシアンの2人がアルデルファ嬢の婚約者候補のわけだが、私個人としてはソウマとの婚姻を希望している。イベルトからも話は聞いていると思うが」
「はい。父より伺っております。ムスビ家は一度もレイ帝国の貴族と婚姻を結んだことがないとのことで公爵家間の力の均衡をとるためと」
「表向きはそうなっている」
ベイリー家がイヅル国の偵察をするよう密命を受けていることに触れているのだろうか。父は皇帝に私が密命の内容を知っていることは報告しているはずだ。わざわざこの場を設けるということは別の何かを伝えたいのだろうか。
「ベイリー家への密命、でしょうか」
「それもある。イヅル国の情勢を知るためにソウマを帝国側に取り込んでおきたい。ただ、私が今日伝えたかった話とはまた別の話だ。レイ帝国史ではレイ一族には他四大公爵家のように特出した能力がないとされている」
私の婚姻とレイ一族の能力にどのような関連があるのかは分からないけれど、無駄な話をするような人には見えない。話を遮らずに私はただ皇帝の話を聞く。
「能力を持たぬ一ゴライア帝国民であったレイの一族が、ゴライア帝国の支配を退け大陸統一戦争を経て王族になったからこそ、レイ帝国民はレイ帝国民であることに誇りを持っている。苦難を打ち破る力のある一族が率いる国であるとの誇りがあるのだ。だが事実は異なる」
そう言うと皇帝は椅子から立ち上がり、私を見下ろした。その赤い瞳は冷たい。何か失礼をしてしまったのかもしれないと過った瞬間、皇帝が口を開いた。
「アルデルファ嬢、私の前に<跪け>」
その言葉に全身が粟立つのが分かった。身体の中に細い針金のようなものがすっと入り、私の四肢を乗っ取ってくるような歪な感覚を覚える。異物が入ってきたと表現するのが正しく思う。とても嫌な感覚だ。
同時にその感覚にびりびりと身体が強い拒否反応を示しているのが分かる。何が何だか分からないまま、私は立ち上がった。立ち上がるつもりなんてなかったのに、私の意に反して勝手に足が動き、立ち上がった。そのまま皇帝の前まで足を進めると、膝が落ち、頭を地面につけていた。気が付くと私は皇帝の前で跪いていた。
「これがレイ一族の力だ。ゴライア人を祖とする人間を服従させることができる」
酷く冷たい声が頭上から降ってきた。背中に冷や汗が伝っていくのを感じる。どうして皇帝が突然こんなことをしているのかは分からない。でも、叫び出したくなるような恐怖にゆっくりと呑み込まれていくのを感じた。
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治癒士→治癒術師に職名を変更




