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ルーファの救済  作者: リリアナ佐助
2章
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24 丸呑みの願望

 明日も朝早くから兄が登城しなければならないということで、兄を休めるために小さなお茶会は早めに終わった。

 夕食まで私に予定が入っていないことを知ったソウマから散歩に誘われ、二人で庭園を少し歩くことになった。


 初夏をもう間もなく迎える庭園は美しい。花々の葉は瑞々しく、太陽に向かって美しく咲いている。風も穏やかで心地よく、華やかな香りを優しく運んでくれる。3年前の交流会を思い出す。今日のように穏やかで美しい日だった。


 ソウマの考えていることが気になって隣に目を向けると、ちょうどソウマも私を見ていて目が合った。ソウマは嬉しそうに笑った。


「こっちを見てくれた」

「ソウマ様が静かだったので」

「またソウマ様って言ってる」


 ソウマが口を結んで怒った振りをした。ソウマの怒った振りはすぐに分かる。口を結んでむうっと顔をしかめるけれど、ちょっとすると我慢しきれずに息を吐いて笑ってしまう。


 でも、確かにこの間ソウマに言われた。二人でいる時は楽にしてほしいと。セツと私の関係が羨ましくて、自分にも同じように接してほしいと言われた。

 ソウマは家族だし、私も楽に接そうとするけれど、気を抜くと堅苦しくなってしまう。そもそも私はセツ以外の家族には敬語だから、うまく加減ができないでいる。


「ごめんなさい。でも、加減が難しいからつい」

「ルーファは丁寧で誠実だから、それが根付いていて楽なのかもね。僕もついルーファの特別が欲しくなってしまって。無理をさせるつもりはないから、楽な方で接してほしい」

「ソウマはすでに私の特別なのに」


 加減は難しくはあるけれど、私は嫌ではない。今世の幼い頃からの習慣だからか丁寧に接するのが楽ではある。でも、言葉を崩すことでできる新鮮な関係性も好きだと思う。だから努力は止めないでいきたい。そう思うほどソウマは私にとって大切な相手だ。私の気持ちが伝わっているといいのだけれど。

 ソウマは目を見開いていたけれど、息が抜けたように笑った。


「ルーファの思う特別と僕の思う特別は種類が違うと思うけど」

「どう違うの?」

「それは今は言えない」

「どうして」

「どうしても。時期じゃない」


 時期じゃないって。収穫前の作物みたいな言い方。教えてくれないことに納得がいかないでいると、ソウマが私の髪に触れてきた。髪を手に取って梳くようにゆっくり撫でていく。お互いがお互いを守りたいと思っている時点で考えていることは一緒だと思うけれど、でも、私がそう返すのはソウマが望んでいない気がした。


「ルーファは、ペリシアン様から婚約者候補の申し入れがあったと聞いてどう思った?」


 私の髪を撫でながら静かにソウマがそう尋ねた。黒い瞳が私の毛先を静かに見つめている。その眼差しが不安そうに見えた。ソウマは皇帝との謁見後、慌てるようにしてお茶会に転移してきた。その時の焦りが消えていないのだ。

 お茶会では少しずつ落ち着いていったような様子を見せていたけれど、きっと兄の前ということもあって覆い隠していたのだろう。


「驚いた。でも、私とペリシアン様が一緒になる未来の予知はしているから……その未来のようになってしまわないか警戒はしているけれど」

「嬉しいとは思わなかった?」

「嬉しい? 特には」


 思い返してみても嬉しいと思った記憶はない。今も喜びはない。どんな思惑があるのかが気になるだけだ。だって私はペリシアンと交流会で一度会っただけの関係であるのと、何より『破滅のアデル』でペリシアンと一緒になることで未来が恐ろしいものになってしまっていたから相当なことがない限り一緒になろうとも思わない。


「ペリシアン様は将来有望だと言われている。頭もいいし、剣術も現当主以上の才能があるらしいし。性格も裏表がなくて同年代の子に人気みたいだよ」

「それはペリシアン様が相当努力されたであろう部分だから褒められるべきだと思うけれど、それと私の感情は関係ないよ」

「そう」


 ソウマは長く息を吐いた。私の髪に触れる指が少し震えていた。


「僕の気持ちを聞いてくれる?」

「それはもちろん」

「僕は婚約者候補の申し入れを聞いた時、正直、ペリシアンを殺したいと思った」


 低く重たい声。感情を押し殺したような震えた声を出しながらソウマは私を見た。黒い瞳に光はない。魂をも吸い込んでしまいそうなほどの黒い瞳が私の視線を捕らえる。目を離すことができなかった。


「僕が行方不明だと言われている時に、こそこそとこんな真似をして。ルーファに関心を持ったことを後悔するほどにぐちゃぐちゃになぶり殺したい」

「ソウマ」

「分かってる。ルーファが未来を教えてくれたおかげで僕は自分を抑えられている。そんな真似はしないけど、でも、ルーファには僕の感情を知ってほしかった。何かしてほしいわけではない」


 腕を引かれて抱きしめられる。ソウマの腕の中は冷たい。いつもそうだ。私も背中に手を伸ばしてその身体をぎゅっと抱きしめた。私の体温は高い。これで少しでもソウマを暖めることができたらいい。


「大丈夫。私はソウマとずっと一緒にいるよ」


 背中をさすろうとしたけれど、満足に撫でるには身長が少し足りなかった。いつの間にソウマはここまで大きくなったのだろう。最近はぐんと伸びてしまった。一緒に暮らしていてもこうなのに、頻繁に会えなくなると一気にソウマは変わってしまうのだろう。


「一つだけ教えてくれる?」

「うん」

「ルーファはさっきのお茶会で、僕がムスビ家に戻るのを早める必要があるのかと言っていたね」

「えっと、言っていたよ」

「どうしてそう言ったの?」


 今この場で訊かれてしまうとは思ってもいなくて言葉に詰まった。何と言おう。いや、ソウマに隠し事はなるべくしたくはないのだけど、でも、だからと言ってソウマの足枷になるようなことは言いたくはない。悩んでいるとソウマの私を抱く腕の力が強くなった。


「僕のしたことが未来に影響のある選択ならば、ルーファならその場でそう言ってくれたはず。でも特に未来のことに触れることなくその場で発言を撤回した。ということは、何かルーファの個人的な感情に関する言葉だったのかなって」

「え、えっと」

「当たりだね。鼓動が速くなっている」


 ああ、もう。ソウマは一つの事実から十ものことを読み取ってしまう。少し油断しているとこうだ。普段はそこまで突っ込んでくることはないのに。自分は甘いのだと思い知らされる。ここで誤魔化してもいい結果にはならない。特にソウマの気持ちが不安定な今は。


「ソウマが思ったよりも早く離れてしまうことが寂しかったの」

「どうして寂しいの。前みたいに(ふみ)でのやり取りができるのに」


 ソウマは少し身体を離して私の顔を覗き込んだ。どういう意図の質問なのだろう。(ふみ)のやり取りができるのにって、ソウマはそれでいいと思っているのだろうか。自分が寂しく思っていることが何でもない事かのように言われたみたいで私は面白くなかった。私のお茶会での発言で何かを感じ取ったはずなのに、急にそんな風に言ってしまうソウマが分からない。


(ふみ)でやり取りするのと実際に会えるのとでは違うよ」

「そうだね。確かに違うね。じゃあ、ルーファは僕が傍にいないと寂しいってことなんだ」


 そう言ってソウマは笑った。すごくいい笑顔だ。さっきまであんなにこの世の終わりみたいな顔をしていたのに、幸せそうに目の前で笑っている。ソウマに嵌められたのだと気が付いた。私から(ふみ)のやり取りだけでは足りないと言わせたくてわざと私の感情に気が付いていないふりをした。

 何とか言い返したいけれど、嘘を言う気にもならなくて悔しさにソウマの肩に顔を埋めた。ソウマの嬉しそうな笑い声が聞こえた。悔しい。


「別に隠すことではないと思うけど」

「ソウマの邪魔になってしまうでしょう」

「僕の邪魔?」

「……自分の決めたことに寂しいとか言われたら困ると思ったの。ソウマは大きなことを決断しているのに、こんな子供っぽい感情でその決断を汚したくない」


 私の精神年齢は子供ではない。未来のある少年相手に寂しいとか言うものではない。でも持ってしまった感情をどうしていいか分からない。私自身が子供として生きていることで精神年齢も幼くなってしまっているのだろうか。まだ感情をどう処理していいか分からない時があってもどかしい。


「僕を大切に想ってくれてありがとう」


 ソウマの手が私の背中を撫でた。撫でる手はゆっくりとしていて優しい。私の感情を落ち着かせるように動いていた。


「ルーファの僕を想ってくれる気持ちが僕の決断を汚すことはないよ。むしろ力になる。もっと頑張らないといけないって思わせてくれる。ルーファが僕に対してそう思ってくれていることが嬉しい」


 「前進したかな」と嬉しそうにソウマが笑う。迷惑そうに思っているようには見えず、胸を撫でおろす。寂しいと思う気持ちに変わりはないけれど、その気持ちを受け入れてもらえたことで少し胸がすっと軽くなるような感じがした。ソウマに話してよかったのかもしれない。


「実は僕も寂しい。ルーファが想像できるよりもずっと。これはルーファにとって邪魔な感情?」

「ううん。私と同じ気持ちだって知って嬉しいかも」

「ふふ、よかった。ほら、邪魔になんてならないでしょ」


 ソウマは目を細めて満足そうな表情をした。

 そうかソウマはこんな気持ちだったのか。自分の存在が相手の心に何かしら影響を与えているのだと思うと甘い幸福感が胸の内に広がっていく。いざソウマが屋敷を出た時、私がいない環境で少しでも私のことを思い出して、会いたいと思ってくれるだろうか。私はきっと会いたいと思う。ソウマもそうだったら嬉しい。



 しばらく私の髪をソウマは嬉しそうに撫でていた。ただその動きも次第にゆっくりになっていき、少しずつ表情が曇り出していく。気持ちが安定しないようだ。


「僕がいない間にルーファがペリシアンに会うかもしれないと思うとやっぱり苦しい」

「婚約者候補の関係を取り消すためには何度か会う必要があるから」

「でも、ペリシアンに会う前に僕と婚約すれば、ペリシアンに何度も会わなくても婚約者候補の関係はなくなる」

「ソウマの言う通りだけれど、ペリシアン様は公爵家の方だから、一度も会わないわけにはいかないと思う」

「……ルーファはペリシアンとの関係をどうするつもりなの?」


 ソウマが顔を歪めながら私に訊ねた。ペリシアンと一緒にいることで起きる悲劇を知っている以上は婚約者候補の関係を続けたいとは思わない。ソウマのこともあるし、なるべく早く関係を断ち切りたいと思う。ペリシアンに対する私の気持ちはその程度だ。


「婚約者候補の関係は解消するつもりだよ。ただ、断るのはソウマがムスビ家に戻った後になると思う」

「僕が生きていれば僕との関係を理由に断ることができるからだよね」

「うん。そうだよ」


 相手は公爵家だから断るにはそれ相応の理由がいる。ソウマ以外の相手は考えられないからとの理由で断るのが一番自然だろう。ムスビ家も公爵家であり、かつ、皇帝が望む婚姻なのだからグレー家も引いてくれるはずだ。


「でも僕を理由に婚約者候補の解消をしたら、僕以外との結婚が難しくなる。ルーファが自由に相手を選べなくなる」


 思わずソウマを見返してしまった。ペリシアンが婚約者候補の申し入れをしたことにあれ程怒り狂っていたのに。まるでソウマとの結婚がいけないことのような言い方だった。


 そう発言した本人は出血するのではないかと心配になるほどに唇を強く噛んでいる。それを止めようと手を伸ばすと、その手をソウマに掴まれ止められた。黒い瞳が鋭く光る。


「僕は何としても帝国に留めておかなければと皇帝陛下が焦るほどの存在になりたい」

「ソウマ?」

「ルーファだけが僕を帝国に繋ぎ止めることができる唯一の存在となったら、きっと帝国内のどの貴族も僕らの婚姻を後押しする。ルーファは僕を選ぶしかなくなる。離婚も許されないよね。ずっとずっと一緒だ」


 ソウマが掴んだ私の手のひらに唇を落とした。唇を落としながら私に向けた目は鋭く、獲物に狙いを定める蛇のようだと思った。首筋に今にも噛みついてきそうな蛇。少しでも動けば丸ごと食べられてしまいそうだ。呼吸をすることも許されないような気がして息が止まる。


「僕はルーファが僕の手しか取れない状況になってほしいと強く願っている。でも同時にルーファの自由を奪っているかと思うと苦しい」


 今度はソウマが私の肩に頭を預けた。肩に触れたソウマの頭が熱い。治癒術を使わなくてもソウマの中の妖力が大きくなっていくのを感じる。心が大きく揺さぶられるとソウマはこうなることがあった。体内で妖力が短時間で急速に増えすぎると身体がそれに追いつかず、後々具合が悪くなる。


 手のひらに魔力を集め、ソウマの首に触れた。そのまま魔力を流し込み、ソウマの妖力に体内で触れる。案の定ソウマの妖力は体内を乱暴に駆け巡っていた。高速で駆け巡る妖力を捕らえ、私の魔力で抑えてなだめていく。初めての作業ではない。今までこうして何度もソウマの妖力を抑えてきたことがある。


「ソウマ、ゆっくり呼吸をして。私と呼吸を合わせるんだよ」


 ソウマは私の肩の上で頷いた。私がゆっくり息を吸い始めると、ソウマも私にあわせて息を吸う。魔力を注ぐことは止めず、二人で一緒に深呼吸をする。それを何度か繰り返す。


「早く僕のところまで落ちてきて、ルーファ」


 掠れた声で苦しそうにソウマが言った。


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