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ルーファの救済  作者: リリアナ佐助
2章
23/44

22 3年

 身体に行き渡らせた魔力を腕に集める。熱が瞬時に腕に集まりかっと熱くなった。目の前の先生の動きを見ながら地面を蹴り、向かっていく。ゆらりと先生の身体が揺れたタイミングで腕の筋力に魔力を浸透させて、木剣を目前に持ち上げた。


「っん」


 木剣のぶつかり合う音が響き、目の前に先生の顔が現れる。受け止めた木剣を薙ぎ払い、受け流す。攻撃を受け流したことによって先生の剣先が僅かに揺れた。相手が木剣を構え直そうとすることでできる隙――脇腹を目掛けて木剣を突き出した。



 いや、突き出したつもりだったのだが、気が付くと私の手から木剣が吹き飛んでいた。私の首筋に木剣が当てられていて、負けが確定した。


「……ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました」


 先生の険しい顔が笑いと共に崩れ、私から木剣が離れた。今回の鍛錬でもあっという間に負けてしまった。

 

 私の鍛錬の相手をしてくれていた人――スイレン先生は私の剣術の先生だ。1年前からスイレン先生の下で私は剣術の鍛錬を受けている。


「アルデルファ様は攻撃の先を予想して身体を動かすことは出来ていますが、今起こっている事への対処が遅れ気味です。相手の動きを予想するだけではなく、きちんと見て反応することも意識しましょう」

「承知いたしました」

「ですが、魔力による身体強化はできています。私の攻撃を受け止めきれていることは素晴らしいです。この良さを伸ばしましょう」

「ありがとうございます。精進いたします」


 スイレン先生に礼をとった。

 魔力による身体強化は、普段から治癒術を扱っていることがいい方向に働いたのだと思う。最近は自分でも上達してきたと感じていた部分だったから、褒められて嬉しかった。頑張ってよかった。


「では、今日はここまでにしましょう。イファデール様もアルデルファ様の様子を見にいらっしゃってますしね」


 黒い瞳を細めてスイレン先生は温かく笑った。私の背後を見るスイレン先生の視線を追って振り返ると、遠くで兄が私達を見ていた。兄が帰って来ていることに胸が躍る。会うのは1ヶ月ぶりだ。


「デールお兄様! あっ、先生……」

「ふふっ。授業は終わっていますから、私の事はお気になさらず」

「はい! 本日もありがとうございました!」


 スイレン先生に改めて礼をとってから、兄に向って駆け出した。鍛錬用の装束は軽い。感情のままに自由に動くことができる。あっという間に兄の下に辿り着き、そのまま手を広げて待ってくれていた兄の腕の中に飛び込んだ。飛び込むと金木犀の香りに包まれた。


「転んでしまうよ、ルーファ」

「これくらい平気です! デールお兄様、おかえりなさい」

「ただいま。元気にしてたかい?」

「はい! この通りです。お兄様の方こそお身体は大丈夫でしたか?」

「うん。ルーファからの手紙のおかげで心も体も元気だったよ」


 ふわりと笑う兄の顔を見て心の奥から満たされていくのを感じる。ああ、会いたかった。少し痩せたように見えるけれど大丈夫だろうか。抱きしめて確かめようとすると、くすぐったいのか「こらこら」と叱られた。


 兄はこの3年で人間への治療で扱えるレベルまで蘇生術を会得した。レイ帝国内で難病を治療した実績ができてからは、国外からも治療のために頻繁に呼ばれるようになり、屋敷を空けることが多くなった。教育に関しても、1年前にレイ帝国の最終課程を終え、最終試験にも合格しているため、公務として他国に向かうこともある。


 兄の活躍に私は嬉しく思っているけれど、でも、やっぱりここ数年一緒に暮らしていた身としては寂しく思うこともあるわけで。


「でも、ルーファは魔力操作が上達したね。今の剣術の授業も自分の魔力をうまく使いこなせていた。魔力を思うままに操れる力は治癒術においてかなり重要な要素だから、本当にすごいことだよ」

「デールお兄様にそう言ってもらえると嬉しいです。剣術はどうでしょうか?」

「剣術……うーん、剣術は僕は苦手だからねぇ」


 眉を垂らしながら、兄は頭をぽりぽりと掻いた。苦手と言いつつもベイリー家の次期当主として平均以上に剣術ができることを私は知っている。

 ここ1年鍛錬してきて、私に突出した能力がないことは何となく察していた。特にソウマの戦い方を近くで見ていると嫌でも私にはそんな風に動けないのだと分かる。


「でも、ルーファは剣術を学ばなくても、セツ君とソウマ君が守ってくれると思うけど、それでも剣術を学びたいと思うの?」

「守られているばかりではいられませんから。何も身を守る術がないのと、何かあった時に何かしら術があるのとでは行動が変わりますし、戦う側の思考も理解できますから」

「確かにそうだね。それに、治癒をする側としては戦う側がどんな風に身体を使うのか知っておいた方がいいだろうからね」


 兄は嬉しそうに笑いながら私の頭を優しく撫でてくれた。


「そうだ。パトリシアが僕とルーファのために紅茶とお茶菓子を用意してくれたんだって。一緒に行こうか」

「戻られたばかりなのに、いいのですか? 休まれた方がいいのではないでしょうか?」

「ルーファと過ごすことが僕にとって休息だよ。それに、ルーファに伝えたいこともあるし」


 少しだけ兄が視線を落とした。私に伝えたい話が”いい話”というわけでもなさそうだ。兄は弱く笑うと私の手を取り「行こう」と言って足を進めた。





◇◆◇



 ソウマの誘拐事件があってから3年が経っていた。濃密な3年だった。


 まず、私は治癒術の鍛錬に励んだ。治癒術師として名を挙げれば治癒のために他国へ派遣されることも多くなる。今の兄のように頻繁に他国に呼ばれることが今のところの目標だ。他国に恩を売り、戦争をしないことへのメリットを感じてもらえるように動きたいと思っている。もちろん傷ついている人を救いたいとの想いはあるけれど、傷つく人をそもそも増やさないように私は動きたかった。


 それと同時進行で、一刻も早く公務ができるようにレイ帝国の最終試験に向けて、今まで以上に身を入れて勉強をした。最終課程が間もなく終わるところまで進んでいる。父曰く、半年後には最終試験を受けられるのではないかとのことだった。


 あと、思った以上にうまくいったことがあった。

 私がデゼスの特効薬を開発しようと思考錯誤する中で生まれたローズベリーのジャムだ。疲労回復の効果があるため、試しに領内で販売してみたところ、かなり売れた。改良を重ねたことで瑞々しさと甘さに磨きがかかり、領外から買いに来る人が出るほど人気の商品となっている。


 おかげで私個人の資産も増えた。手伝ってくれる兄と研究のための場所を用意してくれている両親にも利益を分配しているけれど、それでもかなりの金額を貯蓄に回せるほどの売れっぷりだ。


そして、ソウマもこの3年、ムスビ家の当主となるための勉学に励んだ。ソウマの指導は基本的に父が行うため、ソウマは毎日のように父の執務室に通った。


 治癒術や帝王学、領地運営と一般的に公爵家の次期当主が受けなければならない教育をしているのだとソウマが教えてくれた。ムスビ家でもそういった教育はしていたみたいだけれど、必要最低限に留まる程度で、重要視されるのは秘術の鍛錬になるのだという。


 何もかも新鮮だとソウマが驚いた様子で語ってくれていたのが印象的だった。ソウマが父の指導を嫌がっている様子を見せることは一度もなく、毎日休まず父の下に向かっていた。


 秘術の鍛錬も怠ることはなかった。次期当主としての勉強を終えると、すぐにベイリー家の屋敷裏にある森に向かい、鍛錬を行った。3ヶ月に1回は皇帝に鍛錬の成果を報告する必要があり、手は決して抜けないのだとソウマが言っていた。


 こうして勉強に鍛錬にと忙しくしていた3年だった。お互いに忙しかったけれど、ソウマはどんなに忙しくても私に会いに来る時間を毎日作ってくれていた。この3年で顔を合わせなかった日はない。


 ソウマと一緒に過ごす時間は、とても居心地が良かった。セツと過ごす時間のように穏やかで、心が安定する。一緒にいて苦しいと思うことがない。家族以外の相手に対してそのように感じることがあるのだと自分でも驚いた。


 でも、毎日顔を合わせて一緒に過ごしていると、ソウマがムスビ家に帰ってしまう日が近づいてくるのが嫌になってくる。ソウマはムスビ家の当主になりたいと願っているのに、それを素直に喜べない。


 私は精神年齢上ではもういい大人だ。自分よりも若い人が目標に向かって頑張っているのに、それが応援できないだなんて、自分が恥ずかしかった。だから、勉強も剣術も治癒術もすべてに打ち込んで、離れることへの寂しさを少しでも紛らわせたかった。気を抜くとすぐに誰かに依存してしまいそうになる。この寂しさとの戦いが今の私の課題だ。




 兄に連れられた場所は、屋敷の中庭にある東屋だった。前に母に隠れて治癒術を兄から学んでいた時によくここで兄に治癒術を教わっていた。今は忙しい兄の代わりにベイリー家専属の治癒術師であるテレンス先生に治癒術を学んでいる。たった3年で色んなことが変わってしまった。その変化が何だか寂しい。


「あれ、ティーカップが3つ……私達の他にもどなたか来られる予定ですか?」


 東屋にあるテーブルにティーカップと小皿が3人分用意されていた。確か今日は父と母は公務で、ソウマは皇帝に謁見する予定だったはずだ。一体誰が来るんだろう。


「ソウマ君が皇帝陛下との謁見が終わったら転移してここに来るみたいだよ。さっきソウマ君から事前に連絡があったってパトリシアが教えてくれてね。一体どこからこうやって話を聞いているんだか」

「ムギの使い魔かもしれませんね。屋敷内に隠れている子が多いですから」

「蛇の姿をした使い魔達だよね? 蛇の姿だったら、どこにいるか分からないな」


 東屋を囲む芝生の陰に水龍であるムギの使い魔が隠れているのが見えた。緑の滑らかな肌に黒い目をした可愛い子だ。


 セツと一緒にいる時間が長いせいなのか、使い魔達の位置が何となく感覚で分かるようになってきた。使い魔に向かって手を小さく振ると、びくっと身体が跳ね、芝生の中に隠れてしまった。ムギの使い魔は見つけると驚く子が多くて可愛い。反応を見ているとセツの使い魔だったあの「ムギ」を思い出す。


「ソウマ君は本当にルーファを大切にしているね」

「はい。それは実感しています」

「自分の持ちうる全てをルーファに注いでいるような気がするな。兄としては悔しい限りだけど」

「悔しいのですか?」

「うん。僕だって可愛い妹を守りたい」


 兄はそう言うと照れ臭そうに笑った。そのまま椅子を後ろに引くと私に座るように促してくれる。わざわざそこまでしてくれる兄に今度は私の方が照れてしまう。急いで椅子に座ると、兄が頭を撫でてくれた。

 会うのが久しぶりだからだろう。かなり甘やかされている。


「それに、僕はソウマ君の事、弟のように思っているから。弟ごと僕が守りたいって気持ちもあるかな。3年間、一緒に暮らしたってだけで弟と思われるのは迷惑かもしれないけどね」


 兄は私の隣の椅子に腰かけると、すぐにブラウニーを私のお皿に取り分けてくれた。私の大好きなブラウニーが目の前で積まれていく。


「お兄様がソウマ様のことを弟のように思われていること、きっとソウマ様は喜ぶと思います」

「そうだといいな」

「きっとそうです」


 ブラウニーを口に運んだ。ローズベリーの酸味と甘いチョコレートが口の中で混ざり合って堪らない気持ちになった。今日は胡桃じゃなくてアーモンドが入っていた。


「そういえば私に伝えたいことがあると仰っていましたが、どのようなお話でしょうか?」


 あまりいい話ではなさそうだった。ソウマがムスビ家に戻る日にちが早まったのだろうか。不安になって兄を見ると、複雑そうな表情をしていた。


「いずれお父様から詳しい話があるだろうけど、実はグレー家から皇帝陛下に対して婚約者候補の申し入れがあって」

「グレー家からですか。次期当主となるフレデリック様の婚約者候補でしょうか?」


 3年前の交流会を思い出す。フレデリックは、現当主のエイドリアンにとてもよく似た身体の大きな人だった。年齢も兄より何年か年上で、結婚の話が出てもおかしくはないはずだ。

 けれど違ったらしく、兄はとても苦い顔をした。まさか。



「ペリシアン様の婚約者候補の申し入れでね……その相手にルーファを希望しているんだ」



本話から2章が始まります。引き続きお付き合いいただけますと幸いです。

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