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ルーファの救済  作者: リリアナ佐助
1章
19/44

18 救済

 ベイリー家に戻る前にソウマと私はセツに身体を浄化してもらった。私も念には念をということで、ソウマと私の体内を治癒術で確認した。ソウマの体内で感じた魔物のような何かの痕跡は一切なく、二人とも至って健康だった。

 とても不思議だったのが、ソウマはあれだけの術を使ったはずなのに、妖力が不足している様子がなかった。むしろ妖力で漲っていて、安定している。色々調べたかったけれど、そんな暇はなく、安全を確認した後にすぐにベイリー家に戻った。



 ベイリー家の敷地内に転移で辿り着いたのは早朝だった。朝日が夜の闇と溶け合い、星もまだ少し遠くで瞬いている。


 ソウマは何かを考えるように空をじっと見つめていた。そのソウマの姿が何だか遠くに見えて、そのまま空に奪われてしまいそうな気がして、慌ててソウマの手に触れた。どうしてそんな気持ちになったのかは分からないけれど、ただただ恐ろしかった。


 ソウマははっと驚いたように私に目を向けたけれど、すぐに柔らかく顔を崩して私の手を握り返してくれた。ソウマの手から私の手に体温が伝わって、ようやく私は安堵した。



 セツには、ベイリー家の敷地内の奥にある納屋を転移先にしてもらっていた。ここには予備の乾草くらいしか置いていないため、普段は誰もこの納屋に来ることはない。正門から堂々と入るわけにもいかないため、私が両親に話をするまではソウマにはこの納屋に隠れてもらうことにした。


 私の魔法で部屋を暖め、簡単に納屋の整理をしてから、私とトンファオを私の部屋まで転移で飛ばしてほしいとセツにお願いした。


 両親に話をする時にはセツに傍にいてほしかったけれど、セツがソウマの護衛のために残り、私の護衛のためにトンファオが付いてくることになった。交流会の時のセツと同様に、トンファオには私のペンダントに入ってもらった。


 トンファオは酷くソウマに怯えていた。ソウマがトンファオに少しでも近寄ると、目に見えて分かるほどに身体が震えていた。よほどソウマの秘術が恐ろしかったのだと分かる。でもその気持ちは理解できる。

 山を焼け野原にするほどの術だった黒雷。ソウマに守られてはいたけれど、目の前で世界が暗転していった様子を思い出すと足が竦んでしまいそうになる。今はやるべきことがあるから何とか恐怖から心を切り離すことができているけれど、でも、ソウマの秘術は世界の終焉を見ているかのようだった。



 人間の姿に戻してもらい、部屋に到着した私は、すぐに部屋の前の護衛に「火急の用で両親に話をしたい」と伝言を頼んだ。いつもはこの時間はぐっすり眠っているはずの私に驚きながら、護衛はすぐに伝言を届けに走ってくれた。



 それからはすぐだった。


 両親はすでに仕事で起きていたらしく、話をする場はすぐに設けられた。伝言を頼んで一呼吸つく間もなく私は両親の部屋に呼び出された。軽く身だしなみを整えて、私はすぐに両親の部屋まで向かった。



 どこから話すべきか整理をしながら足早に進む。両親のことは信頼している。ここまでの事を隠してしまった自分の判断、これから両親にかける負担、色々な事が過って恐ろしくは思う。けれど、そのすべての責任を負う覚悟はできている。だから、以前のように足が竦むようなことはなかった。私自身少しは成長しているといいのだけれど。


 両親の部屋のドアを叩くと、「入っていいよ」と言う優しい父の声がした。護衛にドアを開いてもらい中に入ると、父と母はソファに身を預けていた。ソファ前のローテーブルには書類が隙間なく積まれており、私が来る直前まで仕事をしていたのだと分かる。


「お父様、お母様、こんな朝早くに申し訳ございません。お時間をとっていただきありがとうございます」

「謝ることはないんだよ。ルーファの為の時間はいつでもあるよ」

「そうよ。ほら、座りましょ」


 父が入り口の護衛に人払いをするように頼むと、部屋にいた使用人達は、父に従い全員部屋の外へ出ていった。ドアが閉まったのを確認し、私は二人の前のソファに腰をかけた。目の前の二人に目を合わせると、優しい目が私を見返している。


「ルーファがこんな風に私達と話をするのは初めてだね」

「そうですね」

「いつも一人ですべてを抱え込んでいるから心配になるんだ。しっかりしているところはルーファのいいところでもあるけど、そんなに早く一人立ちしなくてもいいんだよ」


 父が目を細めて寂しそうに笑った。母はその隣で強く同意するように頷いている。私を責める声ではなくて、心から心配しているもので……その声に目の奥がじんわりと熱を持った。


 こんなに私を優しく包んでくれようとする両親に、これからとてつもない話をする。とんでもないお願いをしようとしている。


「今から話をする内容は信じてもらえないことばかりかもしれません。でも、私が体験したことであり真実なのです。噓偽りなく話をしますので、聞いていただけますか?」


 声は震えていた。前世のこと、私が『破滅のアデル』で読んだ内容、今世でやってきたこと、すべてを話す。セツにも前世のことは話をしたことはない。ここまで誰かに自分の事を深く話すのは初めてだ。


 口をゆっくりと開いた。


「私には前世の記憶があります――






◇◆◇



 すべてを話し終えた頃には、空は明るくなっており、厨房からだろうか朝食の香りがした。


 父と母、どちらも私の話を遮ることなく最後まで話を静かに聞いてくれていた。母は口を抑え、何度か何かを堪える様子はあったけれど自分の身体を何とか抑えていた。


 両親にすべてを話したことで、私の中でも私のことが整理されていく感じがした。私が何をやりたいのか、何を目指すべきなのかすべてが頭の中にまとまっていく。


 そして、不思議なことに、私は私がアルデルファであることを自分でようやく認めることができた気がした。

 前世に引っ張られていた自分の人格が、あるべきところに戻ったような、パズルを正しいところにはめることができたような不思議な感覚だった。



「まず、色々整理させてもらう前に、ソウマ様は今はルーファの言う神獣のセツ様と納屋にいるんだね?」

「はい。申し訳ございません」

「大丈夫。ルーファが保護が必要だと判断しなければならないくらい酷い状況だったのだろうから。今すぐ部屋を用意してもらってソウマ様に休んでもらおう。私がソウマ様を迎えに行こう。少しここで待っていてね」


 父はそう言って急いで部屋の外へ出た。今後のことは分からないけれど、今はソウマを受け入れてくれるようで、どっと身体の力が抜けるのを感じた。よかった。ペンダントに触れ、トンファオに父と使用人達が迎えに来ることをセツに伝えるようにお願いする。


 トンファオに用件を伝えている間に母が私の隣に座った。そのまま私の身体は引き寄せられ、母の胸にきつく抱かれる。


「そのペンダントの中に妖魔がいるの?」

「はい」

「そんなこともできるのね。ルーファは色々なことを知っているのね」


 母は私のペンダントに優しく触れたかと思えば、そのままペンダントごと私の手を優しく包んだ。


「ルーファ、私のルーファ」


 美しく整えられた手が私の髪をゆっくりと梳いていく。一本一本丁寧に、愛をすべてに込めていくように母の手が私の髪を行ったり来たりする。


「今までたくさんのことを背負って生きてきたのね」

「そうでしょうか」

「貴女はそう思っていなくても、私はそう感じたの。前世の貴女も……本来ならば心に負わなくてもいい傷までついてしまった」


 前世のことにふいに触れられて胸の奥がぎゅっと詰まる。


 前世での私と両親の関係――ソウマを放っておけなかった理由を語る際に私の前世での両親との関係について触れた。そのことについて話をしているのだと分かる。


「ルーファは本当に色んな事を一人でやってしまうから、お父様と私もすごく驚いていてね。そんな色々な葛藤や厳しさがある中でこうして私とお父様を頼ってくれたこと、すごく嬉しいわ。ありがとう」

「お母様……」

「貴女が何をしても、どうあっても、私達家族は貴女のことを深く深く愛している。佐倉(さくら) 結衣(ゆい)の姿であってもよ。それだけは忘れないで」


 母は私の額にキスを落とした。愛おしくて堪らないといった目で私を見てくれる。前世の私である、佐倉 結衣ごと愛してくれている――その言葉がどれだけ欲しかったか。胸の内から熱がじわりじわりとのぼっていく。前世の私は何も成し得ることなく死んでいったのに。泥沼にはまって足掻く人生を丸ごと認めてくれるのだろうか。


「わ、私は」

「うん」

「前世では平凡で、誰かの言いなりで、誰かに依存して」

「うん」

「空っぽな人間だったのに、愛してくれるのですか?」


 母は再び私の額にキスをして、きつくきつく抱きしめてくれた。


「当たり前じゃない。それに、貴女は空っぽな人間だったわけではないと思うの。

貴女は愛の価値を深く理解していて、愛を追い求めていた人だったのだと思うの」


 愛の価値を深く理解している? よく分からずに首を傾げると、母は「ふふっ」と笑った。


「食事に価値を感じる人、身だしなみに価値を感じる人、人々を統べることに価値を感じる人――色々いるわ。その価値に賛同する人々が多ければ、まるで正しい価値であるかのように感じてしまうだろうけれど、きっと正解なんてない。愛の大切さを知っているから、貴女は現実に立ち向かっているのね。逃げることだってできたのに」


 母は「だから空っぽだなんて言わないで」と小さく囁いた。それから私を再び強く抱きしめる。


「前世でも貴女のお母さんになりたかった」

「……っ」

「愛してるわ。佐倉 結衣もアルデルファも」

「……お母様」


 母に思い切り抱き着いた。きつくきつく、自分すら苦しくなるほどに。今までこんな風に母に抱き着いたことはあっただろうか。分からない。下手かもしれない。でも構わない。こんなに満たされているのだから。


 目の奥から熱が押し上げられてきて、外に熱が出たかと思えば、水滴がぽろりと零れた。泣いてしまっている。止めなきゃと思うのに、次から次へとぽろりぽろりと零れ落ちていき止められない。母の肩を濡らしてしまう。


「……私も前世はお母様の子になりたかったです」

「そうね。本当に、そうね」


 優しい声で母がゆっくりと私の髪を撫でてくれる。

 前世の私の人生に今世で色がつけられていくとは思わなかった。空っぽのように見えた人生も、何か意味があったのだと思ってもいいのだろうか。


「慈愛の一族に生まれるべくして生まれたのね、ルーファは」


 アデルではなく、佐倉 結衣がアルデルファになった理由を見つけてくれる。その言葉にぱらぱらと自分の中の何かが剥がれ落ちていくような気がする。


 この転生は、何か意味があるのかもしれないし、結局のところは意味なんてないのかもしれない。ただの神の気まぐれかも。でも、何だっていいんだ。


 

 私にとって、救済だから。


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