17 誓い
私の中にあった妖力がすべてソウマに注がれた後に、応急処置をした。止血と、痛みを緩和する治癒術をかけ、すべてが終わった後にソウマをトンファオに乗せた。
妖力がすべてソウマの中に注がれた後は、何事もなかったかのようにソウマから離れることができた。
トンファオは秘術で鉄格子を吹き飛ばし、私とソウマを乗せて牢を出た。先ほどまでセツとブンエイが争う音が聞こえていたけれど、今は私達以外、地下には誰もいなかった。セツがブンエイを地上に連れて行ったのだろうか。トンファオは警戒しながら来た道を戻っていく。このまま地上を出れば下山できる。
ソウマはずっと眠っていた。最初は打ち所が悪く、意識を失っているのではないかと心配したけれど、脳の妖力を確認しても異常は見受けられなかった。妖力が急増した影響で眠たくなったのだと思う。
「トンファオ、もしできればなのだけど、下山しない他の使い魔達にこの寺院の中にある書類や薬品を持ち帰るよう頼めるかな? できれば残っている食料とかも持ち帰ることができるといいんだけど」
「今日はたくさん使い魔がいますからねぇ。できるかと思いますが、何か理由がおありで? まさか略奪に興味があるとかとか?」
「まさか。たしかに窃盗にはなると思うけど、気になることがあって」
来た道を戻りながらトンファオがにやりとするように口角を上げた。
ソウマの中にいた魔物のようなもの。私はあれが気になっていた。数日前の交流会でソウマの身体は隅々まで診ている。あのような魔物はいなかった。先ほどの応急処置でソウマの身体を診たけれど、身体を開いたような痕はなかった。交流会の後からソウマが身体に取り入れたものが原因となっている可能性が高い。
それにあの魔物の動きも気になった。私の魔力やソウマの妖力を喰らっていた。まるでデゼス菌のようだと思うのは私の考え過ぎだろうか。デゼス菌であるのならば、私が注いだ妖力で消滅できたことについては何故なのかは分からない。
けれど、もしデゼス菌であったのならば――デゼスがレイ帝国の南部の森林から広がったという小説の中の話が実は違っていた、ということになる。誰かが意図的にレイ帝国からデゼスが広がったように見えるよう仕向けたのだろうか。そう考えて身体が震えた。得体の知れない何かに触れているかのようだ。
「ソウマ様の身体の中にいたものの正体を探りたいの。だから、ソウマ様が口にした可能性のあるものを調べたくて」
「なるほどぉ。まぁ、僕には難しいことは分かりませんが、ルーファ様の望む通りにいたしましょう。きっとうまくいくでしょうからぁ」
「ありがとう。持ち出す際は結界をかけてくれる? 危険なものを運んでいる可能性が高いから」
「承知です」
証拠となるものは出ないかもしれないけれど、何もしないよりずっとマシなはず。それに、証拠探しには恐らく兄の協力が必要になる。持ち帰った物の中に菌のようなものがあれば、蘇生術が使える兄ならそれが何であるか特定ができるかもしれない。
兄だけでは抱えきれない問題だから、父や母にもこの件について話すしかない。心配をかけてしまうからと言っていられる状況ではなくなった。
突然未来の話と私がこれまでしてきた事を聞いたら驚きと心配で倒れてしまうだろうか。家族の姿を想像して胸が痛む。でも、仮にデゼス菌がイヅル国のこの寺院で見つかったとしたら、今世ではまだ子供である私だけで抱えられる問題ではない。一刻も早く動かなければならない。
どう家族に伝えようか考えながら、私はトンファオとソウマと共に地下を脱出した。
地下を脱してもセツと会うことはできなかった。
まだセツとブンエイの妖力がぶつかり合うのを感じるとトンファオが教えてくれた。心配になるけれど、セツは、私をこの世界で私を絶対に1人にはしないと言ってくれた。だから、その言葉を私は信じる。今は私ができることに集中しなければならない。
トンファオはセツに言われた通り、使い魔達を何匹か連れて山を下り始めた。
月明かりを頼りにするしかない静かで暗い山の中をトンファオと他の使い魔達は難なく下っていく。
麓に村があるらしいけれど、なるべく人目につきたくないため、村の手前でセツと合流する予定だ。
トンファオの上で休んでいるソウマの頭に身体を寄せた。あれだけの暴力を受けた後に頭が揺れ過ぎてしまうのは危険だ。トンファオも気にしてくれてはいるけれど、山を下っている以上、衝撃をゼロにするのは難しい。何度か身体の位置を変え、ソウマの頭への衝撃を吸収できるように工夫する。
私があまりに動きすぎたのかもしれない。ソウマの瞼が薄く開いた。ぼんやりとした顔でソウマは私に目を向ける。
「ここは……?」
「ソウマ様、目が覚めたのですね。今は高霊山を下りています」
「師匠は?」
「セツが相手をしています」
「そう、ですか……」
薄く目を開けたまま、ソウマは空を見た。酷くやつれた顔で、月明りに照らされたソウマの顔は真っ青だった。
ソウマは誘拐された時は意識を失っていたと言っていたけれど、どこまで覚えているのだろうか。
誘拐される前に師匠とどんなやり取りをしたのだろうか。私はソウマとブンエイの関係性を深く知らない。でも、ソウマとの文のやり取りで心を預けていた人であることは知っていた。親子のような信頼関係も垣間見えた。そのような人から裏切られただなんて。想像するだけでも辛いのに。
「師匠が……裏切ったんです」
ぽつりと震える声でソウマがそう言った。はっとしてソウマを見ると、目から涙が一筋流れていた。その涙を封じ込めるようにソウマが顔を覆う。
「交流会から帰って来てから、少し、師匠がおかしかったんです。何かを隠すような様子があって……だから、問い詰めたら、こう、なって」
自分の声を喉の奥で抑え付けるようにソウマは話す。その姿がとても辛い。発狂しそうになるのを何とか食いしばって抑えているように見える。
「ムギも目の前で僕を守って死んでしまって……それを師匠は何とも思っていなくて。こんなっ……信じてたのに……師匠、僕が幼い頃からずっと味方でいてくれて……それなのに、どうしてっ」
「ソウマ様」
「信じてたのにっ」
ソウマは喉の奥から絞り出すように叫んだ。髪を掻きむしり、喉の奥で唸る。
絶望そのものを私は目の前で見ていた。ソウマの全身は震え、指の隙間から涙が溢れている。爪先は血で赤くなっていた。
見ていられない。思わずソウマに身体を寄せた。今、猫の姿であることが悔しい。思い切り両腕で抱きしめたい。
「両親すらも僕のことを愛してなんていないのにっ……他に誰が傍にいてくれると言うんです? 僕はっ……僕はこんな力を望んだことはなかったのに」
――「僕はこんな力を望んだことはなかったのにね。みんなは勝手に僕に期待するのに、僕の気持ちは簡単に裏切っていくんだよ」そう言ったソウマ様は私の前で顔をくしゃくしゃにして笑った。悪戯の内容を話す子供のように悪い顔で笑いながら自分の気持ちを覆い隠す。面白い話であるかのように過去の話をする。そうやってソウマ様は自分を軽んじる――
『破滅のアデル』の中でアデルはソウマのことをこう語っていた。ソウマがアデルに自分の過去を語る直前の描写だ。誘拐から10年後の話。ソウマはこの傷をずっとずっと抱えていく。これから先、ずっと。
未来でアデルの遺体を抱きながら一人ぼっちになったソウマが過り、胸が押し潰されそうになった。決して一人にはさせない。私は絶対に裏切らない。裏切ってなるものか。
「私がずっとお傍にいます」
ソウマの手に私のものを重ねる。
両親から愛されることはないと知った時、誰も傍にいないのだと思い知った時、世界から取り残されたように酷い孤独に襲われる。価値を認めてもらえれば愛されるかも、今度こそは愛してもらえるかも、その期待を何度も折られていくうちに、心はだんだんと何も感じなくなって、自分のいる意味さえ分からなくなる。自分の心が分からなくなる。次第に世界の色が分からなくなっていって、ただただ朽ちるのを待つだけになる。
ソウマと私の状況は全く違う。だから自分を重ねて見るのはソウマに失礼だ。あまりに軽んじている。けれど、痛みを全く知らないわけではない。
私は世界から色が抜け落ちていく時、誰かに手を取ってほしかった。勉強ができるだとか、運動ができるだとか、そんな誰かが成り代わることのできるものではなくて、そういった分かりやすい価値ではない何かが私にあるのだと誰かに手を取ってほしかった。私だけを見て欲しかった。
今の私には私だけを見てくれる人がいる。まだ心では理解しきれてはいないけれど、今の私には傍にいてくれる人がいる。だから、私はソウマにとって手を取ってくれる相手になりたい。同情もあるかもしれないけれど、それだけではない。私にとってソウマは、今はそれだけの人ではない。
「その力がソウマ様を苦しめるのならば捨てましょう。ソウマ様が笑えるのならば、ムスビ家の当主ではない違う人生を生きましょう」
ソウマは手を下ろし、無感情な目で私を射抜くように見ている。怯みそうになるのを堪え、胸に乗り、ソウマを見下ろす。これは私の勝手だ。リベラの時のようにただただ私の都合を押し付けているのかもしれない。
でも、どうしたって無視なんてできない。ソウマが孤独に襲われているのに、放ってはおけない。私はただソウマに幸せになってほしいのだ。ソウマに心から笑ってほしい。
「ソウマ様がどう生きようとこれから私が必ず傍にいます。ソウマ様が幸せだと心から感じることができるよう全力で力になります。だから、ソウマ様……私と一緒に生きてみませんか?」
ソウマは目を逸らさなかった。私の目の奥に何があるのかを知ろうと探っているように見える。私は生半可な気持ちで言ったのではない。心からソウマを支えたくて言っているのだ。でなければ、初めからソウマに関わってはいない。私も目を逸らさずにソウマを見続ける。
ソウマが何か言おうと口を開いた時、近くの木に何かが当たる音がして――それがそのまま爆発した。
火花が散り、火の粉が私達に降りかかる。咄嗟にそのままソウマに覆いかぶさり、可能な限り火の粉が当たるのを防ごうとする。けれど、それも不要だった。その火の粉はトンファオの結界により目の前でふっと消えていく。
「お取り込み中すみませぇん。えっとですねぇ、ちょっと敵に追われてる感じですっ!」
「え?」
「用意周到なもんです。ソウマ様が逃れた時用の人間ですかねぇ!?」
再び近くの木に何かが当たって爆発した。振り返って敵の姿を見ようとするも、何も見えない。夜の森はただただ暗い。月明りがあるとはいえ、満月ではない夜だ。見える範囲は限られている。周囲にいる使い魔達が必死に反撃をしているけれど、一匹、また一匹と周りで倒れていった。
「しつこいなぁ!」
トンファオが苛立つように尻尾を大きく振る。すると突風が後方に吹き荒れ、隠れている敵を巻き上げた。そこをすかさず周りの使い魔達が敵を狙っていく。次々と人間が地に落ちていった。
「まだいますねぇ。セツ様まだかなぁ。合流は諦めたほうがよいかも!」
文句を言いながらトンファオは木々の間を縫うように走る。その姿は華麗で圧倒される。周りの使い魔達もトンファオには追い付けないようだった。
「まだ何人かいる」
ソウマが私を片手で抱きながら身体を起こした。ソウマは私達の背後に目を向けている。その目は冷たく、色が無い。
「ソウマ様、まだ身体が本調子ではありません。横になってください」
妖力で満たされているとはいえ、全身に打撲傷がある。応急処置程度しかしていない。
ソウマの方に手を置き、寝かせようと押してみるもびくともしない。人間の姿ならまだしも、今は猫だ。どうしたって力で敵わない。
そんな私の背中をソウマが撫でた。大きな手にすっぽりと背中が包まれる。ゆっくりと毛並みにそって撫でるその手はとても優しい。
ソウマは私を抱えたまますっと立ち上がった。今もなお木々を避け続けて走るトンファオの上で、危なげなく立っている。
「どわぁー! ソウマ様、ちょっと! 振り落とされますよ!? 頭の打ち所が悪かった感じですかぁ!?」
「大丈夫。君も速度を落とさなくていい」
慌てるトンファオとは反対に冷静なソウマ。体幹を相当鍛えているのか振り落とされそうな様子もない。
通ってきた道を遠い目で見つめている。その真っ黒な瞳は何を考えているのかは分からない。ただ真っすぐに暗闇を見つめている。深呼吸を一つした後、ソウマは口を開いた。
「ルーファ様は、僕とずっと一緒にいてくれるのですか?」
私の方を見ずにソウマが静かにそう言った。
すぐ傍で再び火花が散る。敵が追い付いてきているらしい。爆発音がするのに不思議とソウマの声が大きく聞こえる。周りの音がソウマの声にかき消されていく。
理由はよく分からない。うまく説明ができない。でも、私はこの瞬間を忘れないような気がした。飛んでくる火の粉、結界が弾く攻撃の音、ソウマの呼吸と深い声。すべてが脳に深く刻まれていく感じがする。私にとって大切な瞬間であるような気がした。
私の答えは変わらない。ソウマの幸せを願っている。それをどんな形であれ、ずっと傍で支えられたらと思うのだ。
「ずっとお傍にいます、ソウマ様」
「嘘じゃない?」
「嘘ではありません」
「そう」
泣き出しそうな寂しい声でソウマは答えた。そのまま私を抱く手が強くなる。ソウマの胸に顔が押し付けられ、みゃっと恥ずかしい鳴き声が漏れた。私の頭を大きな手が撫でた。壊れないようにそっと優しくその手は頭を行き来する。
その手が私から離れると、暗闇に静かに手を伸ばした。途端にソウマの纏う雰囲気が変わる。ソウマと周りが切り離されたかのような歪な感じがする。
この空気を覚えている。前にソウマが私とセツの前で転移を使った時と一緒だ。これから大きな術をソウマは放とうとしている。
ソウマの伸びた腕に電流が走った。紫の色のついた電流がソウマの腕に纏いつき、空気さえ破るような音を立てている。
「<黒雷>」
静かな声が闇の中で凛と響いた。
世界から私とソウマが切り離されて、二人で暗い闇に落ちていくような静けさが周りを包んだ。ただそれも一瞬で、遅れて地を揺るがすほどの轟音が響き渡る。お腹の底から震え上がるような深く低い轟音。暗かった世界は白銀の世界に塗り替えられていく。
世界が反転している、そう思った。そんなあべこべな世界でも正気を保っていられたのは、ソウマが私をしっかりと抱いてくれているからだろう。
ソウマの心臓の音を聞きながら、私はただ移り変わる世界を感じていた。
◇◆◇
ソウマの放った秘術――黒雷は、言葉では表現できないほどの威力を持っていた。その秘術は、私達のいた地点から見えるすべてを焼き払っていた。
ソウマの術が落ち着いた後に周りを見回すと、山だったものがただの焼け野原となっていた。周りにあった木々は消え、黒と灰色が一帯を覆いつくしていた。
この光景は前世で見たことがある。たしか教科書に載っていた。火山灰で覆われた風景と似た光景がどこを見ても広がっている。
ソウマが鍛錬を行っていた寺院も遠くに見えていたはずなのにどこにも見当たらない。山だったことさえ疑わしい光景が目の前に広がっていた。
何もない。何も残っていない。そんな世界。
「……セツは? 使い魔達は?」
何もかも灰となった世界でようやく口を開いた。
トンファオは無事だけど、身体を震えさせて黙っていた。あの陽気な雰囲気は今のトンファオから一切感じられない。
セツが信頼する使い魔が怯えるほどの力をソウマは放った。
「大丈夫。全員結界で保護してる。こちら側に被害はないよ」
ソウマは静かな声でそう答えて私を撫でた。ソウマはただ焼けた世界を無表情で見つめていた。何も感じていないみたいに静かな顔をしている。
「ルーファ様ぁー!」
遠くからセツの声がした。はっとして顔を上げるとこちらに走って来るセツの姿が見えた。
「セツ!」
よかった。セツが無事だ。全力でこちらに向かってくるセツを見ると、込み上げるものがあった。どれだけ私を心配してくれていたかが伝わってくる。
あっという間にセツは私達の元に辿り着き、私の身体に頭を擦り付けた。
「ルーファ様、ご無事でよかったです! 遅くなってしまい申し訳ございません。お怪我はありませんか?」
「怪我はないよ。セツは大丈夫? セツこそ怪我はない?」
「私は大丈夫です。怪我などしません」
ごろごろとセツが喉を鳴らしながら私の頭をめいいっぱい舐める。大きなざらざらとした舌が私の毛並みを整える。セツを見ると青白い美しい毛並みが土の色に染まっていた。セツがここまで汚れてしまうところを見たことはなかった。それだけブンエイとの戦いが激しかったのだろう。
「ブンエイは? どうなったの?」
ソウマはこちら側には被害はないと言っていたけれど、実際それ以外の人間はどうなったのだろう。この光景を見れば答えは出ているのかもしれないけれど、あまりに突然で、あまりに暴力的な光景に頭で納得することができなかった。
セツは私を舐める舌を止め、悲し気に目を合わせる。
「今回の攻撃に巻き込まれて亡くなりました。他の人間もそうです。捕らえていた者も含め、全員亡くなりました」
「今回の攻撃って」
「はい。先ほどここ一帯に放たれた術です。……ソウマ様の秘術ですか?」
セツが私を抱くソウマに目を向けた。金色の瞳が静かにソウマの答えを待っている。ソウマは表情を変えないまま、セツに目を向けた。
「はい。僕がやりました」
冷たい声だった。あれだけの人間が一瞬にして消えるような秘術。小説でも、今世の文献でも聞いたことがない。
でも、術の威力の高さなんて、今は気にしている場合ではない。ソウマがこれだけの人間の命を一瞬で奪ってしまった。それに対して、今のソウマの感情が読み取れない。
「そうですか」
セツはそう呟き視線を下げた。その姿は項垂れているように見える。でもすぐに顔を上げて私を見ると気を取り直したように頭を振った。
「これだけの事が起これば騒ぎになるのは間違いありません。すぐにイヅル国の軍が調査に動くでしょう。ソウマ様の妖力の痕跡を消した後にこちらを去ります」
セツは私の首を咥えようと顔を伸ばしたけれど、ソウマが私を抱いたまま身体を引いた。セツは一瞬顔を強張らせたけれど、すぐに何でもないように距離をとった。
「僕は、ムスビ家に戻りたくありません。僕の両親もきっと誘拐に加担している」
「えっ」
「証拠は今すぐお見せすることはできないのですが、僕の勘です」
ソウマの表情はまだ感情を灯していない。けれど、両親が酷い誘拐に加担しているだなんて。
でも、否定はできなかった。ソウマの治療方針を変えなかったこと、主治医がまだ怪しく思う事を考えるとソウマの両親も怪しい。
ソウマは表情を変えずに淡々と話をしているけれど、信頼している人達から裏切られ、多くの人を殺めてしまっている。
ソウマの心のケアが必要だ。今の状態のソウマから一時たりとも離れたくはない。それに傍にいると約束した。誓った。
「ベイリー家でソウマ様を保護したいです」
許可を得ているわけではない。私の勝手な行動だ。でも、今私が信頼できるのは私の家族だ。私のことを信じてくれている家族。私のためならば、皇帝から私を覆い隠そうとしてくれる。そんな人達の元ならばソウマが安全に過ごせると思うのだ。
「まだ両親には私のこと、ソウマ様のことは何も話していません。すごく怒られるかもしれませんが……ここまで傷ついている誰かがいるのに、放っておくようなことは決してしない人達だと思っています」
セツが心配そうに私を見た。
家族に頼るということは、私の知っている事やセツの事、すべてを話す必要がある。だから、すごく怖い。けれど必要なことだ。最初から家族には打ち明けるべきだった。
最初から打ち明けていれば、誘拐すら起こらなかったかもしれない。
「ソウマ様がベイリー家で保護していることをムスビ家に漏れないように対処してほしいと頼みます。私の家族なら理解してくれると思います。だから、ベイリー家へ行きませんか?」
ソウマに訴えた。ソウマは無表情のまま、蛇の目で私をじっと見つめる。信じて欲しいとの気持ちを込めてソウマの腕に触れた。この提案はソウマが嫌がれば実行できないから。
ふっとソウマの目元が和らいだ。
「ルーファ様が信じる方々ならば、大丈夫なのでしょう」
声が少し震えている。信じることが恐ろしいはずなのに、信じようとしてくれている。
「ルーファ様には大変なお願いをすることになると思いますが、私は家には戻れません。私もできる限りのことをするので、助けてくださいませんか?」
「分かりました」
そう答えるとソウマが安心したように息を吐いた。その息が震えていた。伝染していくように私を抱く腕も震えだした。無表情の仮面がぽろぽろと剥がれ落ちていく。耐えていたのだ。すべてを。
「私のできる限りでソウマ様を守ります」
「あり……がとうございます……」
細い声でそう言いながら、ソウマは私の身体に頬を寄せた。堪えるような声が漏れ、私の毛が濡れていく。
ソウマの気持ちが落ち着くまでは待つことはできなかったけれど、セツがソウマの妖力の痕跡をかき消してくれた。
イヅル国には、「神獣の戯れ」という災害があるらしい。
神獣は稀に現世に顕現し、神獣同士で舞を舞うのだそう。舞を舞った土地では新たな生命を育てるため、すべてが壊され無になるのだという。
「神獣の戯れがあったかのようにこの場の妖力を乱しました」
イヅル国を離れる前にセツがそう言った。災害であれば、この場であったことはすべて無かったことにできる。ソウマが望めばソウマの死を偽装することだってできる。
最後に色を失った大地に目を向け、私達はベイリー家に転移で帰った。




