16 隠れた魔物
目を開くと恐ろしい光景が広がっていた。
人間と使い魔が至るところで争っている。数はこちらの方が圧倒的に多く、一人の人間に対し何匹もの使い魔達が襲い掛かっていた。襲われた人間は何とか秘術で反撃しようとしているけれど、難なくその反撃を使い魔に封じられ、結界に閉じ込められていく。
激しく抵抗する人間に何匹かの使い魔達が弾き飛ばされたけれど、飛ばされた使い魔達は怯む様子を見せず、再び人間に襲い掛かった。先ほどまで静かだった境内も悲鳴や怒号が飛び交い、混乱を極めていた。
地獄絵図だ。でも、この場での光景は私の選択が招いた現実だ。私が動くとこうして傷つく者が出てくる。自分の選択は誰かの人生を大きく変えることもあるのだと心に刻む。
「他の人間達は使い魔達が抑えてくれているので、私達はこのまま地下へ参りましょう。ソウマ様を保護したら撤退します」
「わかった」
混乱の中をセツが走り抜けていく。飛び交う秘術を躱し、人間や使い魔達を飛び越し、時には壁をも伝う。ソウマの居場所を完全に把握できているのか、進む先には迷いはない。私もセツに振り落とされないようにしっかりと首にしがみついた。
使い魔達がうまく敵を抑えてくれているからか、誰にも追われることなく地下への入り口まで辿り着くことができた。地下への入り口は何の変哲もない廊下の先にぽつんとあった。最初は結界が張ってあり、ただの行き止まりのように見えたけれど、セツが廊下に張られている結界を破ったことにより入り口が現れた。
入口から地下へと続く階段を覗けば、奥の方に明かりが灯されているのが見えた。ただ、見えたのはそのくらいで、明かりも弱い。ほとんど真っ暗で周りはよく見えない。冷たい風が地下から入り口に向かって吹いていて、その風に乗って鼻の奥にこびりつくような腐敗臭がした。ここにソウマがいるのか。ソウマの状況を思い、気持ちが暗くなる。早く助けなければ。
でも、一つ気になることがあった。地下の入り口が静かすぎる。
使い魔達が敵を抑えてくれている事が影響しているのかもしれないけれど、今この場には私とセツしかいない。見張りもいなければ、追手もいない。
「誰もいないね。セツが入り口の結界を破ったのに今のところ誰も来ない」
「そうですね。罠なのかもしれないですね」
誘拐するほど価値があると感じている存在の傍に、誰も置かないのはおかしい。それに、私達はソウマの師匠となるブンエイをまだ見かけていない。この奥にいるのか、まさに今、私達を狙っているのか。振り返っても誰もいない。静かすぎて不気味だった。
「ソウマ様がこの先にいる以上、気を付けながら進むしかありませんね。ルーファ様は私にしっかり掴まっていてくださいね」
「うん」
「私が周囲の気配を探りながら進みます。危なくなったら引き返します」
セツが地下への階段に一歩踏み出した。慎重に、でも少し急ぐように下りていく。階段を降ると背後で入り口が閉じられたのを感じた。驚きに息を飲むとセツが「侵入防止の私の結界です」と教えてくれた。背後から襲われないために入り口を封じてくれたのだろう。
進む先にある明かりはまだ遠くにあり、地下までそれなりに距離があるように見えた。私とセツが何とか通れるような狭さの中でセツは突き進む。ここで下から襲われたら逃げ場がなさそうだ。天井に顔を向けるもただ暗く何も見えない。襲われたら無理矢理突き進むか、後ろに引き返すしかないだろう。
セツが気配を探りながら進むと言ってくれていなかったら、恐怖で駄目になっていたかもしれない。感謝の意味を込めてセツの首を優しく抱きしめた。
セツに身体を預けていると、突然頭に痛みが走った。変だなと思ったその瞬間に、追いかけてくるように頭が締め付けられる。頭蓋骨を誰かが全方位から圧迫しているような感覚。
異変を感じてセツに声をかけようとするも身体が動いてくれない。喉が締まり声も出せない。
ふっと視界が暗くなり何も見えなくなる。先ほどまでセツにしがみついていたはずなのに、その感触もなく、ただただ暗闇の中に放り出されたかのように周りに何もなかった。金縛りにあったみたいだ。身体のどこも動かすことができない。
どうにかしようと藻掻いている中で耳の奥から悲鳴が聞こえた。
「ああああああああああああああっ」
男の子だろうか。胸を掻きむしりたくなるような辛そうな悲鳴が耳の中で反響する。一体何がどうなっているのか分からない。早くこの場から逃げ出してしまいたかった。セツはどこ。私はどこにいるの?
暗闇の中、そう遠くないところで幼い子が現れた。全身が炎に包まれている。助けを求めて炎の中から手が伸ばし、熱さから逃れようと身体を捻っている。
「浄化ぁ!! 浄化ぁぁああ!!!」
悲鳴にも似た痛ましい声で男の子はそう叫んだ。耳を塞ぎたくなるような叫び声を私はただ聞いていることしかできない。
男の子は手を振り、何かをしようとしていたけれど、その子を包む炎は身体を喰らうかのように大きくなった。
突然その子が私の方を向き手を伸ばす。その時に目が合った。蛇のような鋭い目。その子はソウマだった。この目はソウマだ。ソウマが燃えている。手を伸ばそうとするも身体は動かない。声も出ない、息もできない。何が起こっているの。先ほどまでセツといたのに、今は暗闇にソウマと二人きりだ。
ソウマは私と目を合わせたまま口を開いた。
「下から3段目。呪いがある」
掠れた声でソウマが言った。呪い? どういうこと。訊ねようと口を開いたところでソウマを襲う炎がふっと消えた。ソウマだったものは全身が黒く焦げ、さらさらと灰になって崩れていく。
ソウマが……ソウマが!
叫ぼうとした瞬間に、身体が自由になり視界が開けた。息も吸える。私はセツの背に乗っていて、地下への階段を下りている最中だった。先ほどよりも先に見える明かりが迫っているところを見ると、もう間もなく地下へ辿りつくのだろう。
今のは何だったのだろうか。まるで悪夢を見たかのようだった。ソウマが灰になっていた。思い出すと吐きそうになる。あれは何だったの? 今見たのは何?
セツが何も言ってこないということは幻覚だったのだろうか。怖くなってセツにしがみついた。
「セツ」
「どうされましたか?」
「何か……見えた」
「え?」
セツが急停止して心配そうに私の方に顔を向けた。
「何が見えたのですか?」
「セツは何も感じなかった?」
「いえ、何も……」
セツは何も見えなかったんだ。突然私だけが別世界に連れて行かれたような出来事だ。でも、ただの幻覚だったのだと片付けてはいけない気がする。このタイミングで幻覚を見たのには意味があるのだと思う。
恐ろしい光景だった。今でもソウマの姿と叫び声が耳の奥にこびりついている。
「今ソウマ様が燃えるところを見たの。叫びながら灰になっていた」
「ソウマ様がですか?」
「うん。そうしたらね、目が合ったの。そして、下から3段目に呪いがあるのだと言って消えたの」
絶望に取り込まれたような光のない虚ろな目だった。あんなソウマの目は見たことがない。「破滅のアデル」の中のソウマもあんな目をしていたのかな。そう考えると胸の奥が苦しくなった。
今この場にソウマがいないことが凄く怖い。今すぐ無事を確かめたい。あんな炎に包まれながら灰になるなんて。生き地獄でしかない。
「下から3段目ですね……トンファオ、今すぐここに来て」
セツが呟いた。誰かに対して話をしているようだった。トンファオ。一体誰だろう。そう思っていると、答えはすぐにやってきた。
私達の背後から「来ましたよぉ」と可愛らしい丸い声が聞こえる。振り返ると青白いセツと同じ毛並みを持つ使い魔がいた。先ほどまで境内で敵に襲い掛かっていた他の使い魔達より一回り大きい。豹のような身体の形で美しい使い魔だった。
「ルーファ様、この子はトンファオです。私の使い魔です」
「ルーファ様、よろしくお願いします!」
トンファオと呼ばれた使い魔はこてんと首を倒して私に挨拶をした。私も頭を下げて挨拶をする。敵の動きが分からない以上、一緒に向かう味方が多いほどいいのだと思うけれど、どうして今のタイミングで呼び寄せたんだろう。不思議に思ってセツを見る。
「ルーファ様の先ほどの話を聞いて、この先に確実にブンエイがいることが分かりました。私がブンエイの相手をしますので、その間にトンファオがルーファ様をソウマ様の元に連れて行きます」
「えっ」
「大丈夫です。トンファオは私の使い魔達の中で最も力の強い子です。私がブンエイを拘束するまでの間、トンファオがルーファ様を守ります」
私の話がどうセツの中で繋がったのかは分からない。でも、セツの役に立つ情報になったようでよかった。トンファオを見ると、ゆらゆらと尻尾を揺らしていた。
「ご安心ください、ルーファ様。僕、とぉっても強いんですよぉ」
「わかった。よろしくね、トンファオ」
手を伸ばしてトンファオの頭を撫でると、嬉しそうに目を細めた。セツから離れるのが不安ではないと言えば嘘になる。でも、セツがトンファオを呼ぶくらいブンエイが脅威だと判断したのだ。それでも私をこのまま連れて行ってくれるのは、私がソウマを救いたい気持ちを尊重してくれているから。
「私が合図したらトンファオがルーファ様を抱えてソウマ様の元に向かいます。ソウマ様を見つけたらトンファオがお二人を抱えて脱出します。私は後から必ず合流しますので、全員で下山してください。トンファオ、君は他の使い魔達を何匹か連れて逃げて。何かあったら一番にルーファ様を守って」
「承知しましたぁ」
トンファオはぴんっと尻尾を伸ばして返事した。セツが一人で戦おうとしていることに胸の奥が締め付けられるような気持ちになる。セツは強い。日頃からそう思っているし、先ほどの戦いでも一瞬の内に敵を降した。だから大丈夫だって思うようにはしたいけれど……でもやっぱり心配で。
「セツ、絶対に戻って来てね。お願い」
セツの首の裏を舐めた。ソウマを助けることは私が頼んだことだ。でも、それでセツがいなくなってしまったら嫌だ。私はセツが大切だ。いなくなるなんて無理だ。そう思うくらいにはセツの存在が私の中で大きくなっていた。
私に顔を向けたセツは穏やかな顔をして柔らかく目を細めている。
「必ず戻ってまいります。私は絶対にルーファ様をこの世界で一人にしません」
「絶対だよ」
セツの首に身体を寄せた。セツも首を伸ばしてそれに応えてくれた。時間はあまりなく、すぐにセツは前を向いた。毛が逆立ち、セツの雰囲気が変わったのを感じた。
「それでは、行きます。トンファオ、階段の下から3段目は踏んじゃダメ。呪いがある」
「承知しましたよぉ」
トンファオの返事を待ってからセツは再び地下に向かって走り出した。肌を刺す緊張感に思わず奥歯を噛みしめる。大丈夫。きっと大丈夫。自分に言い聞かせるように胸の中で反芻する。
先ほどよりもスピードを上げて下っていくセツ。トンファオもそれに遅れることなくついてきている。
下から3段目の段を二匹が飛び越えた時、周りの空気が少し熱くなった。先ほどのソウマが燃えていたことを思い出す。頭を振って集中する。不安に襲われている場合ではない。
何も起きずに地下に辿り着けたことにほっとしたのも束の間、正面から業火が襲ってきた。部屋いっぱいを包むほどの炎が真っすぐに私達に向かってくる。意思を持ったような動き方。まるで炎の龍に襲われているかのようだった。
私達を飲み込もうと炎が迫る一歩手前でその業火は弾き返された。きぃんと耳を突く音がする。炎は左右に分散し、壁にそのまま激突して消滅した。一瞬の出来事だった。
「こんなところに神獣が現れるなんて驚きました」
この場に不釣り合いな落ち着いた声。顔を上げると白い面を被った男が向かいに立っていた。黒装束なのは先ほどセツが戦っていた人間と変わらないけれど、この人は他の人とは違うのだと思わせる何かがあった。動けば即、殺されるような威圧感。息をするのも躊躇われる。
「やはり、ソウマ様は特別な力があるのでしょう。何かあればこれだけの数の妖魔達がここを襲ってくるのですから……それこそ、神獣の聖人であるとか」
その男は嬉しそうに喉の奥で笑う。
そうか。ソウマは神獣の聖人だと思われているのか。すとんと腑に落ちた。前にセツが神獣の聖女、もしくは神獣の聖人はイヅル国の帝以上に高貴な存在だと伝えられているのだと言っていた。
神獣の聖人を取り込むことができれば、帝以上の力を手に入れることができるのだ。誘拐の動機として納得ができる。
イヅル国での修行を抜けてまでレイ帝国の交流会に参加したことが、イヅル国内での反帝国派を刺激したのかもしれない。
交流会がこの誘拐のきっかけだとしたら――自分の行動が招いた結果に崩れ落ちそうになるも気を強く持つ。今じゃない。今はしっかりしなければ。
じりじりとセツはその人と距離を取りながら唸っている。今にも飛びかかりそうだった。
「君がブンエイだね」
「私の名前をご存知で。光栄です」
セツにブンエイと呼ばれたその人は大袈裟なくらいに腰を折って礼をした。セツは不快感を表すように更に唸った。
「トンファオ、ルーファ様を連れてソウマ様の元までお願い」
セツは距離を取りながらトンファオに身体を寄せた。なるべく音を立てないように私もトンファオの背に移る。
「何をこそこそしているのでしょう……かっ!!」
突然ブンエイが叫び、こちらに火の玉が飛んできた。狙いは私。真っ直ぐとこちらに向かってくる。
それを目の前でセツの結界が弾いた。次の瞬間に目の前にいたセツがブンエイの背後におり、金色の瞳をぎらぎらとさせて襲いかかった。首元を狙ってセツが大きく口を開いている。ブンエイが身を捩り、セツの攻撃を防いでいる内に私を乗せたトンファオが走り出した。
「しっかり掴まってくださいね。落ちたらセツ様に殺されちゃいますからぁ」
間延びした声でそう言いながらトンファオは凄い速さで駆けていく。セツとブンエイから一気に距離が離れすぐに姿が見えなくなった。背後で何かがぶつかり合う音が聞こえてくる。かなり激しい音であることが心配だ。セツは大丈夫だろうか。振り返りたいけれど、振り落とされないようにしがみ付くのでいっぱいいっぱいだ。
行く手に敵が現れてもトンファオは気にせず同じ速さで突き進む。立ちはだかる人間をトンファオは容赦なく長く伸びた爪で難なく切り伏せていった。
「はぁい、到着ですー」
最後に立ちはだかっていた人間を一突きした後に、トンファオは何事もないかのような間延びした声で教えてくれた。
周りを見回すと鉄格子が並んでいる。廊下にずらっと部屋が並び、鉄格子で入り口を封じられていた。牢獄だ。寺院の地下にはこんな場所があったのか。でも、使われていないようで、中には誰も入っておらず使用された痕跡もない。何もない部屋が並んでいた。
トンファオは他の部屋には目もくれず奥へ奥へと進んでいく。最後の牢に辿り着くと私をそっと降ろしてくれた。顔を上げるとそこには床に横たわっているソウマがいた。ソウマは天井をぼうっと見つめたまま、胸元を血で濡らしていた。変わり果てたその姿に全身が冷たくなった。
「ソウマ様!」
堪らなくなってソウマの元に向かった。鉄格子の間を潜り抜けソウマに駆け寄る。近くに寄るともっと酷かった。口元は血で濡れ、顔は腫れあがっていた。片方の目が青くなっており、強く殴られたのだと分かる。
どうしてこんなことを。ソウマが何をしたっていうの。どうしてこんなに小さな少年がこんな目に遭わないといけないのか。ただただ間違っている。取り乱したくなるような気持を抑えながらソウマに呼びかけた。
「ソウマ様! ソウマ様、しっかりして!」
ソウマの顔に頭を擦り付ける。ソウマがこっちを見てくれない。その姿が痛ましくて苦しくて胸が張り裂けそうだ。
「助けるから……ソウマ様、助けますから。遅くなってごめんなさい」
「猫……? ……ルーファ…様?」
天井を見ていた瞳がゆっくりと私に向けられた。私を視界に捉えると驚いたように目を見開く。
あんなに温かく笑いかけてくれていた人が、今はこんなにも苦しんでいる。私のせいだ。私がソウマを守り切れなかった。ソウマをこんな目に遭わせてしまったんだ。
「ルーファ様……来てくれたんですね」
ソウマが私の頭に手を乗せた。ゆっくりと丁寧に私の頭を撫でていく。声が痛々しくて胸が痛い。どうしてこんな時まで優しいのだろうか。どうして、そんな目で私を見るの。私、ソウマのことを助けられていないのに。
「ソウマ様、助けますから。何をされましたか? どこが痛いですか?」
「何か嗅がされましたけど……それから意識がなくて……全部痛くて」
話すのも辛そうだった。何かを堪えるようにソウマが眉を寄せた。今のところ頭からは出血していない。額に手を置くと熱かった。熱がある。腕も所々が赤く、一部青に変色していた。手首も腫れている。全身への暴行を受けたのだと分かる。唇も深く切れている。口からの出血はこれかもしれない。
セツはソウマを連れて下山をするように言っていたけれど、今のソウマはとてもじゃないけれど移動できる状態ではなかった。
今の私ができることをやろう。
ソウマの手に自分のものを重ねる。身体の奥の魔力を引っ張り出し魔力を急いで練る。すぐ魔力を整え、そのままソウマの身体に自分の魔力を注いだ。治癒術をかける。
「トンファオ、誰も来ないように見張っていて」
「承知ですー」
ソウマの身体の中はぼろぼろだった。妖力がほとんどない。生命活動を辛うじて維持できる程の妖力しか残っていなかった。この状況下では、妖力を手繰り寄せて治癒術をかけるのは危険だ。今のソウマの妖力は脳や心臓を守っている。それを動かすわけにはいかない。
交流会から数日しか経っていないのに、なんで妖力がこんなに無いのか。数日前はセツの協力もあって、人並みくらいにはソウマの妖力があったはずだ。
どこにも妖力は無いのかと身体を一巡してみる。何か、何かはないか。治癒術でできること。
「いたっ」
ソウマの身体を巡っていると、魔力を焼くような感触があった。私の魔力が少し乱れている。何が原因だろう。感触があった場所に魔力を戻した。すると、ソウマの血の中で何か動いている気配があった。生き物のような動きだ。
人間の体内で魔力や妖力以外でこんなに風に何かが体内で動いていることはない。魔力を分離させ、分離させた魔力を動いているソレに飛ばした。捕獲するためだ。飛ばした魔力はソレに当たり、捕獲に成功する。
念の為にソウマの顔色を見たけれど、様子は変わらずだ。このまま続けよう。意識をソウマの身体の中に再び向ける。
「なに、これ」
捕獲した何かは暴れるように私の魔力の中で動いていた。私の魔力を破壊しようと藻掻くため、さらに魔力の出力を上げようとしたところで再び痛みが走った。
「――っっっい」
先ほどよりも強い痛み。指が噛みちぎられたかのような強烈なものだ。苦しんでいるソウマの前で叫び声をあげるわけにもいかず、ぐっと耐える。
「ルーファ様っ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫っ、だけどっ、ソウマ様の中、何かおかしい」
トンファオの心配そうな声に答え、再びソウマの身体の中に意識を向ける。捕獲したソレは私の魔力を食べているようだった。魔力をがりがりと食べられ、削られるような痛みに襲われる。
実際にソウマの身体の中が目視できるわけではないけれど、荒々しく食べ散らすかのようにソレが動いているのが分かる。まるで魔物のようだった。
このままではソウマの中でまだ漂っている私の魔力も食べられてしまう。一旦引いた方がいいだろう。でも……きっとコレがソウマの妖力を喰らっている。このまま逃がしたくはない。取り逃がせば、残りのソウマの妖力も食べられてしまうかもしれない。
こんなもの今までソウマの身体の中にいなかったのに、一体どうやって入り込んだのか。
「トンファオ、セツの様子は分かる? ここに来れそう?」
「まだ戦闘中のようですー。負けはしないと思いますが、激戦なので時間はしばらくしばらく」
「わかった」
絶望しそうな心を何とか落ち着けながら考える。妖力の回復を促すセツが来るまで安静にしていたほうがいい。けれど、間に合わない可能性がある。どうすれば。妖力の補給機がほしいところだけど。
「――ぁぁっあ!」
「ルーファ様!」
考えている内に、ソウマの身体の中にあるソレが私の漂う魔力に気がついた。思い切り魔力を食べられて耐え難い痛みが全身を貫く。生きたまま何かに歯を立てられ、咀嚼されているような歪な痛み。この痛みをソウマは今まで耐えていたんだ。
「ルーファ様、治癒術をお止めください! だめ! 終わり!」
見張りに立っていたトンファオが私の側に駆け寄り首の裏を咥えた。そのまま引き剥がそうと身体を引かれる。
「待って、見つけたのっ」
「だめです。ルーファ様の命を守る行動をするようにってセツ様も言ってましたでしょう!」
セツとの約束を思い出す。約束は確かにした。でも……。
目の前のソウマが顔を歪めて苦しみ出した。どうにかしたい。でもできない。治癒術がかけられず、正体不明の魔物のようなものがソウマの身体の中にいる。そのままにしておけばソウマが死ぬ可能性がある。
私は無力であるとの絶望が背後に忍び寄ってくる。ソウマの妖力が尽きるまでこうして私は黙って見ているだけしかできないのか。
そんなのは――そんなのは絶対に嫌だ。絶対に無理だ。もういい加減絶望の中に放り込まれるのはうんざりだ。
もう私は自分で立ち上がれない子供じゃない。私はソウマを助けたいと思った。周りの人と共に幸せに生きたいと願った。それが私の心の答えなのだ。何もしないでただ朽ちていくだけの生き方ではなくて、今世こそ自分の心に従って生きるんだ。だから、何も諦めない。絶対に諦めない。
ソウマの身体の中にいる何かを排除するんだ。
私の魔力では足りない。けれど、私の中にはセツからもらった妖力の欠片がある。人間の小隊を一つ分壊滅することのできる力だ。この力で魔物を叩き潰せば魔物は死んでくれるだろうか。
身体の奥から妖力の欠片で取り込んだものを手繰り寄せていく。セツは秘術が込められていると言った。であれば、妖力が源なのだろう。
自分の身体の中にある妖力に触れる。身体の奥で脈打つ力の源を感じる。それにそっと触れ、引き寄せる。
「おいで、おいで」
身体の中の妖力を捕らえ、練っていく。自分の魔力を練るように妖力を練っていく。練って捏ねて溶かす。力を液状化するイメージだ。体内の妖力を自分の力に変換させる。
私の体内にある妖力は、私が思い描くように綺麗に身体の中でまとまっていく。妖力なのに扱いやすい。私の身体の中にあるからだろうか。温かくて気持ちがいい。身体の痛みも引いていった。
もういいだろう。身体の中で取り出した妖力をソウマの中に注いだ。注いだ妖力に魔物が反応する。もの凄い速さで妖力を狙って迫って来るソレの前で妖力を分散させた。幾つもの妖力の粒子を作り、魔物の周りに分散させた。
どの妖力にありつけばいいのか迷っているのか、魔物は動きを止める。その一瞬の隙に分散させた粒子をその魔物を核として高速で再結合させる。
兄から習ったことを思い出す。魔力や妖力がうまく体内で循環しない場合は、こうして粒子化し、再結合させて働きを促せばいい。再結合の際に生じるエネルギーは大きく、魔力や妖力の循環を助けるのだ。
粒子化した妖力が結合のために魔物に次々と衝突していく。最初は妖力を喰らうことで身を守ろうとしていた魔物が、妖力の衝突を防ぎきれなくなり妖力の衝突をただただその身で受けていた。いくつもの粒子をぶつけ続け妖力を再結合させた。再統合の熱で魔物が止まり、じわりじわりと溶けていくのを感じた。
「トンファオ、やっつけたよ」
「へ!?」
魔物の姿が消失したのを確認してからトンファオに声をかけた。
驚きでトンファオが私を落とす。尻もちをついた拍子で鳴き声が漏れてしまった。もうちょっと優しく降ろしてほしいところだけど、文句を言っている暇はない。他にも魔物がいないかソウマの体内を確認する必要がある。一匹だけとは限らないのだ。
ソウマの手に自分の手を押し当て再び私の中の妖力をソウマの中に流し込む。体内を一通り確認しようと妖力を注いだ際におかしなことが起こった。
「んっ」
身体の中にある妖力がどろりと溢れ出た。自分の身体の中で捕らえた妖力が次から次へとソウマの身体に流れ込んでいく。慌てて制御しようとするも、とめどなく私の身体から溢れていく。妖力が自分の意思を持っているようだった。
しかし、過度な力は毒になる。
必要以上の妖力または魔力を体内に注ぐと、体内の免疫機能に攻撃される。過度に他人の力を注げばこの免疫機能が対応できなくなり、体内で暴走して自身の身体に攻撃をしてしまう。だから治癒術を使う時は、治癒術で使う魔力や妖力の多さに気を付けなければならない。
ソウマから手を離そうとするけれど、手がソウマの身体に縫い付けられているかのように離せない。
慌ててソウマの顔を見ると先ほどと違って穏やかな表情をしていた。体内の免疫機能も攻撃してくる様子は今のところない。
「トンファオ、私をソウマ様から引き離して」
「やっつけたのでは?」
「やっつけたけど、妖力がソウマ様に流れ続けているのっ。身体が離れない」
トンファオの前でソウマの手と私の手が繋がっている様子を見せた。離れないことを見てトンファオが目を見開いた。すぐさま私に駆け寄り首を咥え、身体を引っ張る。めいいっぱい引かれているのに私はソウマと繋がったままだ。
「んぐー! 取れないっ取れない。どうなってるんですかっ」
「分からないっ」
妖力はまだ私の身体からソウマの身体に流れ続けていた。他人の妖力を受け取り続けていても問題がないなんて聞いたことがない。ベイリー家の文献でも読んだことがない。
私の身体でも問題が出ているわけではなかった。妖力が荒れ狂うことなく私の身体の中をゆっくりと巡っていくから温かい。おかしな表現だけれども、身体の中を抱きしめられているようなそんな不思議な気持ちになるくらい妖力は心地よかった。一通り私の身体を巡った妖力はソウマの方に流れて行った。
妖力を注がれ続けているソウマも苦しんでいない。むしろ顔色が少し良くなっているようにも見える。どういうことだろう。
「ごめん、トンファオ。引き離すのはちょっと待ってくれるかな?」
「んぁー! 妖魔使いの荒いルーファ様」
「ごめんね。気になることがあって」
トンファオがもごもご文句を言いながら私を解放してくれた。助けてくれと言ったり、待ってと言ったり、我ながら勝手だと思うけれど、今は仕方がない。
ソウマの中に今もなお注がれている妖力に乗ってそのままソウマの身体を覗き見た。これだけの妖力がソウマの中に流れているというのに、身体の免疫機能は妖力の侵入を拒絶していない。不思議なことに、ソウマの中に入っていった妖力は、そのままソウマの血に混ざり身体を巡り始めていた。何にも邪魔されることなく妖力がソウマの身体に馴染んでいく。元からこの妖力がソウマのものであったかのように何事もなく私から注がれた妖力を身体が受け入れていた。
魔力や妖力が人から人に対して受け渡しができるなんて夢みたいな話だ。こんなことって有り得るのだろうか。私が流した妖力がたまたまソウマの身体と相性が良かったのだろうか。
「あらまぁ。ソウマ様、妖力でいっぱいですねぇ」
「そう、みたい……」
自分でも信じられない。どうしてセツから貰った妖力の欠片から取り出した妖力がソウマの身体に馴染むのか。でも、今は何でもいい。ソウマが助かれば何でもいい。この妖力がなければソウマの妖力は尽きていた。
「よかった。本当によかった」
もうすぐ私の中の妖力がすべてソウマの中に注がれる。妖力がソウマに移ったらすぐに下山するんだ。ソウマをこんな場所から一刻も早く連れ出して、安全な場所で守っていく。心の中でそう決意して、ソウマに身体を預けた。
10/15 修正
色々誤字でいっぱいだったので修正。読みづらく申し訳ございません。




