表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルーファの救済  作者: リリアナ佐助
1章
15/44

14 溶ける

 食事会は何事もなく終わった。


 各公爵家との挨拶や談笑をし、グレー家のシェフの腕に舌鼓を打つ。政治やお金の動き、皇帝の考えや社交に関して等、様々な話題がテーブルの上を飛び交った。

 食事をとりながら公爵家の人々が話す内容を頭に入れる。未来を変えていきたいのであれば、今後絶対に必要になってくる情報だ。


 ベイリー家とグレー家は概ねオープンな考え方で、レイ帝国の発展のために色々取り入れるべきとの話が度々出た。

 対するムスビ家は、西の大国ゴライア帝国の軍事力の強化を警戒しており保守的だった。ゴライア帝国は、大陸を1つにするという目的の元、200年前の大陸統一戦争を引き起こした。


 『破滅のアデル』では名前しか出てこなかった国だけど、実際はどんな国なのだろう。いつか機会があれば行ってみてもいいかもしれない。もし本当に軍事力の強化を行っているのであれば、小説にはない未来だけど、次の脅威になる可能性はある。


 スローパー家は、中立的でどの話題に関しても慎重に言葉を選んでいる様子があった。特定の家の発言が強くなり過ぎないよう気を付けているのかもしれない。



 ムスビ家の当主リュウと公爵夫人のタエは、今回の交流会で接点を持ちたかった人達だ。二人とも『破滅のアデル』では、ソウマに厳しい人達だった。後継者教育に熱心で、自分達の設けた基準にソウマが達していない場合は、ソウマを激しく叱った。躾と称して体罰を行うこともあった。けれど、教育以外のソウマ自身の事に関しては無関心で、小説の中でもソウマは両親から愛情を持って接してもらった記憶がないと言っていた。


 ソウマの両親は積極的に話題を振る人達ではなかったけれど、どの意見を述べる時も冷静で理性的、自身の子供に対して高圧的である様子は見られなかった。人前なのだから、それも当たり前だろう。私の前世の両親も、家の外では完璧な家族を装っていた。近所でも理想的な家族だと言われたことがあった。だから、誰も気づかない。


 リュウとタエに挨拶をした時も、基本的なやり取りだけで終わった。ただ、一つだけ気になる反応があった。私がイヅル国の文化に興味があり、イヅル語を学んでいることを伝えた時、眉を顰め、嫌がる素振りをタエが見せた。ただそれも見間違えだと思うほど一瞬で、すぐに笑顔に戻り「イヅル人として嬉しく思いますわ」と言って終わった。


 私がムスビ家にすり寄っているように見えたのかもしれない。接点は一先ず持つことができたから、それ以外は無理にムスビ家の公爵夫妻に話すことはせず大人しくした。今はこれくらいでいいだろう。




 もう一人、接触しておきたい人物がいる。リベラ・スローパーだ。デゼスの特効薬を完成させるにはリベラの力が必要だ。それに、イヅル人留学生集団殺害事件にもスローパー家が関与している可能性がある。今後私が動く上で関わらないといけない人だ。


 リベラのいるスローパー家は、兵器の発明・製造により大陸統一戦争に貢献し、叡智(えいち)の一族の称号を得た。「世の発明品はスローパーから生み出される」と言われているくらい、スローパー家から発明されているものは多い。


 他公爵家と比較すると血筋へのこだわりは強くなく、優秀であれば積極的に平民からも養子をとる。リベラはスローパー家の血筋だが、彼女の弟イグニスは、平民出身だ。その頭の良さから養子としてスローパー家に迎え入れられている。


 作中でのリベラは、人間不信で、誰に対しても刺々しい態度をとる人物だった。彼女の態度で遠ざかっていく人が多い中、彼女が唯一心を許していたのが弟のイグニスだった。


 ただ不幸なことに、そのイグニスはデゼスに感染し命を落としてしまう。


 リベラはイグニスがデゼスに感染した場合、すぐに死んでしまうことを分かっていた。だから感染した時に備えてデゼスの特効薬を作ろうと頑張っていたのだと作中でリベラが兄に漏らしていた。その時の描写を思い出すと胸が痛む。特効薬を作った後のリベラは抜け殻のようだった。



 彼女が人間不信である以上、私が今日どれだけ話をしても距離が縮まることはない。でも、私は彼女の大切にしたい人を知っている。そこに触れるような話ができれば、彼女の関心は得られるはずだ。


 食事会が終わり、リベラが席を立ったのを見て後を追う。品位を損なうため走ることはできない。よって、早歩きでなるべく姿勢を崩さないように急ぐ。あまり人に聞かれたくない話をするつもりであるため、周りに人がいないことを確認しながらリベラに近づく。


「リベラ様、少しお時間をいただけませんか?」


 声が届くかと思う距離で声をかける。けれど、リベラは反応しなかった。私に背を向けたまま先を行ってしまう。


 声が聞こえなかったかもしれない。さらに足を速めて距離を詰める。ドレスが足に絡みついてうまく歩けない。それでも何とか足を動かし、先ほどよりも近づけた。リベラは歩くスピードが速い。


「リベラ様、お時間をいただけませんか?」


 もう一度声をかける……が、反応がない。結構近づいたかと思うのだけれど。リベラと私の距離は2、3メートルと対して離れていない。リベラは耳が遠いなんて描写、あっただろうか。公爵令嬢として、少しはしたないけれど仕方がない。大きく息を吸い込んだ。


「リベラ様!」


 声を張り上げた。自分でもびっくりするくらい声量が出た。今までこれほど声を出したことはあっただろうか。

 目の前のリベラは歩みを止め、振り返った。その碧眼は怒りでいっぱいだった。


「どうして無視されているって分からないの?」

「へっ」


 先程の私に負けないくらいの声量でリベラが言い返してきた。無視されてる? 私が?

 黄色いドレスの裾を手に持ちながらずんずんとリベラが私の方に向かってきている。美人が怒ると迫力がある。輝く青い瞳が今は鋭利な刃物に見える。


「私は貴女と話したくはないの」

「私は話したいのですが」

「私は貴女と話すことなどないわ」

「それがイグニス様のお話でも、でしょうか?」


 イグニスの名前を出したことで、リベラが更に私を睨んだ。整った眉がつり上がる。やはりイグニスを大切に想っていることは小説とは変わらないようだ。関心がなければここまで反応することはない。


「イグニスがどうしたっていうの?」


 リベラが一歩私に迫ってきた。目鼻立ちがはっきりしているせいか、怒った時の顔に迫力がある。宝石のように透ける碧が私を見ている。


「イグニス様のお身体で何かお困りのことはないですか?」

「……ないけど」

「本当ですか? 魔導管(まどうかん)も問題なさそうですか?」


 リベラの眉がぴくりと動いた。やっぱり当たりだったようだ。作中ではイグニスの身体がどう弱いかの描写はなかった。けれど、リベラはイグニスがデゼスに感染した場合、それに耐えられる身体ではないと漏らしていた。単純に身体が弱かったということも考えられるけれど、デゼスを特にリベラは警戒していたように思う。


 デゼスが他の感染症とは異なる点としては、デゼス菌が魔力や妖力を喰らい、魔力や妖力に成り代わって体内を循環する点だ。それを考えるとイグニスが魔力に何らかの問題を抱えている可能性がある。


 ソウマの妖力が安定しない原因を調べるためにベイリー家内の文献に色々目を通していた。その中で、魔力を体内で生成する魔導管に関する病を目にした。ソウマには当てはまらなかったからそこまで深く読み込んだわけではないけれど、イグニスの状況を考えるとこれだと思う内容があった。

 人の秘密をこんな風に暴くのは嫌だけれど、彼女と自由に接することができる時間は今しかない。今、強烈な印象を与えておかないと次の機会を失う。


「誰に……聞いたの。イベルト様からかしら?」

「いえ、父は関係ありません。今日一日イグニス様の様子を見てそう思っただけです」


 リベラは怪しむように私を睨んだ。今日イグニスの様子を見て気が付いたというのは嘘だけれど、リベラに信じてもらえるような根拠は述べられる。


 恐らくイグニスは、魔導管炎損病まどうかんえんそんびょうを患っている。魔力を体内で生成できる器官である魔導管に傷がつく事でその役割をほとんど果たせなくなる病だ。魔力を体外から定期的に取り入れる必要があり、魔力を温存するためにほとんど魔法が使えない。デゼスに感染したら魔力の少なさからあっという間に魔力がデゼス菌に乗っ取られてしまう。



「魔導管炎損病を患った場合、体外から魔力を取り入れる必要があります。魔力を取り入れる場所は耳の裏――魔導管がある場所です。イグニス様、そちらに小さいですが穴が開いておりました。また、スローパー家の皆様と過ごされている時は、イグニス様は座って休まれていることが多かったです。魔力と体力の消費は比例しますから、魔力を温存するためにできるだけ体力を使わないようにされていると感じました」


 今日は一日中この庭園にいたのだ。イグニスと接する機会は多かった。魔導管炎損病だと思って観察していれば根拠を見つけることは簡単だった。


 リベラは私の言葉に大きくため息を吐いた。それから周囲を見回す。近くで話を聞いている人がいないかを確かめているのだろう。周りで話を聞いている人がいないことを確かめてから声をかけたから大丈夫なはずだ。リベラの方でも誰も聞いていないと分かると再び強い目をして私に向き直った。


「それで、イグニスの病気を特定したから何だって言うの。弱みでも握ったつもり?」

「違います。リベラ様にとって有益な話になるかと思い、声をかけさせていただいたのです」


 リベラが口を開こうとする前に話を続ける。会話を拒絶する前に彼女の気を引くことを伝えたい。


「魔導管炎損病を患った場合、体外から魔力を補給する必要がありますが、そのためには、魔力を補給するための補給機を少なくとも数時間は身体に繋げなければならいないはずです。補給後は次の補給まで可能な限り魔力を温存する必要があります」


 本で読んだ内容を思い出しながら話していく。

 魔導管炎損病を根本的に治療するためには魔導管を完璧に治癒する必要があるけれど、それは優れた蘇生術の使い手がいなければ不可能。ソウマの症状が妖力が体内で正常に循環しないことで起こる妖力切れ――帝国人で言う魔力切れなのに対し、イグニスはそもそも体内で生成されるべき魔力が生み出せないために魔力切れを起こしている。そのため、イグニスは補給機からの魔力で生きていかなければならない。それだと生活する上での行動がかなり制限されてしまう。


「魔導管を治癒する力は残念ながら私にはないのですが、イグニス様が生きやすくなる方法なら力になれるかもしれません。私はローズベリーと治癒術の組み合わせで魔力の回復ができる薬の開発を進めています」

「ローズベリーって、ベイリー領で採れる果物よね? 疲労回復の効能しかないはずだけど」

「特殊な方法でローズベリーに治癒術をかけながら熱処理を行うことで効能が増大することが分かったのです。私はこの効能の増大が魔力の回復に繋がると信じています」


 リベラは目を見開いた。どこまで信用したらいいのか迷っているようだった。


「まだ私の力不足でローズベリーの効能を最大限引き出すことができていません。けれど、この薬が完成すれば、イグニス様は補給機からの魔力補給は不要になるのではないかと思います」

「……そう」

「今リベラ様に何かをしてほしいという事ではございません。でもイグニス様の助けになるかもしれない何かを私が持っているとだけ知っていただけると嬉しいです」


 先程まで怒りで染まっていた表情も、複雑そうなものに変わっていた。どう答えを返していいか分からないのだろう。


「……どうして、私にその話をしてきたの? 何を求めているの?」


 濁りのない綺麗な青い瞳が困惑を浮かべている。その目を見て、過剰な行動をしているのだとようやく気付いた。


 もう少しリベラと距離を詰めてから話すべき内容だったのかもしれない。話をしてしまった後でそう後悔しても今更遅い。

 自分の中の気持ちをどう処理していいか分からなくなって、胸のペンダントに触れる。でも落ち着かない。胸の奥からどろりとした不安が顔を覗かせる。

 焦りを何とかしたくて、取り戻したくて口を開く。 


「私も友人のためにこの薬を完成させたいのです。だから、同じ目的を持つリベラ様ならご理解いただけると思いました。事情があり、協力者が増やせず……可能であればリベラ様のお力を借りたかったのです」

「いきなりこんな話をされても困るわ。……私は、その」


 リベラが自身のドレスを握る。向日葵色の綺麗なドレスだった。それに皺が寄りそうなほどリベラが強く握り締めている。ちらりと私を見て、リベラは落ち着かないように自身の髪に触れた。あ、これは――そう思った瞬間、リベラがその場から駆け出した。


「リベラ様っ」


 ドレスの裾を手に持ち、私に背を向けてリベラは駆けていく。逃げられると思わず、その場に立ち尽くしてしまう。これは追いかけるべき? 迷いながらも一歩踏み出してみたけれど、必死な背中を見ていると追いかける気持ちが消えていった。怯えている。リベラが私に怯えている。



 ああ、なんて愚かなのだろう。


 焦り過ぎだ。人と接することが苦手だと分かっていたのに。どうして畳みかけるように話続けたのだろう。

 私が彼女にとって有益であることを示したいがために、話続けて、接触ができさえすればいいと。


 あまりにも乱暴だ。人間が怖いと思っている相手にぶつけるにはあまりにも暴力的。怖かっただろう。私は自分が恐ろしかった。目的のためならば、誰かの心まで捨ててしまうのか。リベラは家族の下に辿り着いていた。イグニスの頭を撫でて身体を寄せている。リベラの安堵した表情を見て、さらに胸がざわついた。




 私はその場から逃げるように離れた。



 兄のところに戻ると、笑顔でおかえりと言ってくれた。けれど、私は兄にどんな顔をして接すればいいのか分からなかった。私は兄をも利用して目的を達成しようとしているのかもしれない。私は何が守りたかったのだろう。もしかしたらセツのことも、ソウマのことも。



 だんだんと自分の形が分からなくなっていく。気持ちがどこにあったか分からなくなる。思考がぐにゃりと歪んで自分の脳が溶けていく。私はまた前世のように自分の心が分からなくなって朽ちてしまうのか。もう大丈夫だと思ったのに。このままでは前世の私に戻ってしまう。


 戻りたくなんて、ないのに。






 私は交流会がどんな風に終わったのか、そして、どんな風に帰ったのかは覚えていない。いつの間にかベイリー家に戻っていて、ベッドに寝かされていた。





 そんな私に数日後、悪い知らせが入った。


「ムギとソウマ様が何者かに襲われました。ムギと連絡がつかず、ソウマ様も行方不明です」


 セツが重たい声で私にそう告げた。


12/10 修正→ソウマの両親(リュウとタエ)への「様」付けを取り消し

ルーファは心中では対象者を様付けで呼ばないため

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ