13 唯一の人 ソウマ視点
夜明けの空を閉じ込めたような竜胆色の大きな瞳。腰までの伸びたふわふわな香色の髪。陶器のような白い肌。そして、なぜか初対面で僕の妖力の痕跡を纏う少女。
アルデルファ・ベイリーは不思議な少女だった。
使い魔を通して僕自身が見張られることは、別に初めてのことではなかった。僕は敵が多いし、よく両親も僕の様子を見るために使い魔を送ってきていた。だから、ルーファ様から使い魔を送られたのは珍しいことではなかったし、隙を見て使い魔を殺してしまえば問題ないように見えた。
でもそうしなかったのは、何だかすべてが変だったから。
まず僕の行動を見張っているはずの使い魔から悪意を感じられない。使い魔を誰かにつける場合、術を使っている人間の意思が使い魔にも反映されることは多々ある。だから、僕をよく思わない人間の使い魔から殺気を感じることも少なくはない。
でも、ルーファ様から送られてきた使い魔、ムギはこれまでの使い魔達とは全く異なっていた。僕の行動一つ一つを温かく見守っているような生ぬるい視線を度々感じた。練習していた秘術がうまくいくと喜ぶような様子も見せてくる。加えて、食事をとっていると、とにかく熱い視線が背中に突き刺さった。ここまで緊張感がない使い魔は初めてだった。
だから、使い魔を送った人間のことを知りたかった。どのような人がどんな目的で送って来たのか。
使い魔が特に興味を示していた麦ごはんを、自室に置いて使い魔を誘い出し、油断しているところを捕らえた。ミャーミャー鳴く使い魔をあしらいながら使い魔の所有者である人間の居場所を特定した。信じられないくらい簡単だった。甘過ぎる。
でも妖力が使われた痕跡を辿っていざ会ってみると、何もかも想像以上の人だった。
アルデルファ・ベイリー。慈愛の一族の長女。僕の婚約者候補であると話は聞いたことがあったけれど、その程度の情報しかなかった。まだ幼いこともあって彼女に関する噂も聞かない。
そんな彼女にいざ会ってみると、帝国人でありながら白虎を従えていて、神獣の聖女なのだと。さらに、僕が1年後には誘拐される未来が見えるから力になりたいのだと言う。何から触れればいいか分からなかった。
でも、それ以上に気になることがあった。ルーファ様から僕の妖力の痕跡を感じたことだった。
僕と初対面であるはずなのに、訳が分からない。指摘しようと口を何度か開いたものの、その度に喉が締まり声が出せなくなった。この反応は師匠が貸してくれた本で読んだことがあった。秘術で取り交わされた契約を破るような行動を取ろうとすると抑止する力が働くのだそう。つまり、ルーファ様に僕の妖力の痕跡があることを伝えると何かの契約の違反になるということだ。
誰ともそのような契約した記憶はないけど、制限を受けている以上何かに巻き込まれているのは確か。本人に確認できない以上、追々自分で調べていくしかないと思って諦めた。
その出会いから半年間、自分でも驚くほど心境の変化があった。
僕自身も誘拐されるのは極力避けたかったから、毎日近況報告のような文を送っていたけれど、僕が文を送れば必ず返事がきた。決まった言葉で飾られたものではなくて、ルーファ様自身が真剣に考えたと思える内容ばかりで。次第にルーファ様から文が届くのが楽しみになった。
山で師匠と二人で鍛錬を積んでいて、両親からの手紙もほとんど届かない。たまに関わる麓の村に住む村民からは高貴な人間と直接話すことは恐れ多いと会話を拒まれる。その中でのルーファ様からの文は心の癒しだった。
体調が悪い時も、気持ちが落ちてしまった時も傍にいてくれて一番の味方になってくれる。そんな誰かがいてくれることが嬉しくて、幸せだった。そんな思いを与えてくれたルーファ様にまた会いたかった。
僕の妖力もルーファ様と最後に会った時からかなり不安定になってしまったせいで、再び秘術で転移して会いに行くこともできない。ルーファ様に会いたいのに思うように妖力が安定してくれない。もどかしい時間だった。
そんな中、交流会があると聞いて、どれほど嬉しかったか。
瞼を持ち上げ、向かいの席に座るルーファ様を見る。
先ほどまで一緒に過ごし、食事会があるからと別れたルーファ様は、僕の向かいの席に座っていて隣に座る兄のイファデール様と話をしていた。ルーファ様は家族と話をする時も表情を変えないのか。またルーファ様の新たな一面が分かって嬉しくなった。
ルーファ様はあまり感情を表情に出さない人のようだった。半年ほど文通をしていた中では、よくルーファ様自身がどう感じたか教えてくれていたから驚いた。
でも、僕はそんなルーファ様の笑顔を見ることができた。ルーファ様と二人きりになれた時に見せてくれた花開くような笑顔。思い返すだけで胸の内が満たされる。また明日からイヅル国に戻って修行を続けることになるけど、ルーファ様の笑顔を糧にまた頑張れる気がする。
今より強くなって、妖力も安定させて、ムスビ家の当主として申し分ない力をつける。修行を終えたら人脈を広げることにも尽力しよう。
そして、イヅル国での僕の立場を強固なものにしたら、ルーファ様に婚約の申し出をする。ルーファ様の話を聞いて決意した。
ルーファ様から未来の話を聞いた時、僕はペリシアンに秘術をかけてしまったことを後悔した。僕自身の行動でルーファ様の恐れる未来を引き寄せてしまった。彼女を怖がらせてしまった。
それと同時にまだ5歳の小さな身体で、大きな未来を背負おうとしているその姿に、信じられない気持ちになった。僕よりも幼い女の子が、恐ろしい未来に立ち向かっている。対する僕は自分の嫉妬を抑えることもできず、外交問題になり得る行動をした。まだまだ未熟で、考えなしで、そんな自分の姿が恥ずかしい。ルーファ様には到底釣り合わない。
正直、僕にとってこの世界はどうでもいいものだった。どうなろうと知ったことではない。
両親は、僕がイヅル国に忠誠を誓う当主となりさえすれば、僕自身のことはどうでもいいと思っているような人達だ。二人はムスビ家がいかにしてイヅル国に帰属できるのかばかり考え、僕をどう洗脳できるか気にしている。僕に近づく周りの人間だって同じようなものだ。いつか反逆罪だと言われ、処刑されてもおかしくはない思想。
でも、結果的に一家全員処刑となってしまっても、僕は構わなかった。みんな仲良く断頭台送りになろう。当主になったらまず一番に皇帝に密告してしまうつもりだった。こんな世界と、こんな両親でも頼って生きていくしかない今の自分ごとまとめて処刑されてしまえばいい。そう思っていた。
ルーファ様の生き方を見て、考えが変わった。争いを避けようと5歳の彼女にできることをやっている。未来を潰してしまうかもしれない僕の存在すら拾い上げてくれる。
だから、ルーファ様から見た世界を守りたい。
ルーファ様と目が合った。笑いかけると、会釈してくれた。胸の奥から満たされていく。イヅル国に戻るまでの間にたくさんルーファ様と一緒に過ごしたい。その時間を修行を耐え抜くための糧にしたい。
突然足の甲を貫くような痛みが走った。隣からだ。隣に座る母上を盗み見ると涼し気な顔でルーファ様の母君であるエリカ様と談笑していた。ぎりぎりと足の甲に刺すような痛みが広がる。母上の得意な秘術だ。何か気に食わない行動をすると文字通り釘を刺してくる。母上は躾と称してこの妖力でできた釘をよく僕に使う。せっかくルーファ様が治癒術をかけてくれたのに。
僕がルーファ様に笑いかけたのが気に入らなかったのだろう。両親は僕とルーファ様の婚姻を何としても阻止したいらしい。度々ムスビ家の屋敷内で使用人達が話題にしていた。イヅル国に帰属したいのに、ルーファ様と僕が婚姻を結んでしまえば、大きな足枷になってしまうのだそうだ。
帰属するとかしないとかくだらない。何があってもルーファ様を婚約者候補から外させはしない。絶対に。母上であろうが何だろうが邪魔をすることは許さない。
僕がお前たちをその地位から蹴り落とすその日まで、煌びやかな装いで笑っているといい。イヅル国に帰属はしない。僕が守りたいと思うのはただ一人。
ルーファ様と目が合って、僕は再び微笑んだ。




