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ルーファの救済  作者: リリアナ佐助
1章
13/44

12 幸せになってほしい人


 急いで周りを見回し、護衛達がどこにいるのかを確認する。声が聞こえる位置にはいないようで胸を撫でおろした。


 ソウマに抱きしめられながら、どう返せばいいのかと悩む。自分のせいで戦争がやってくる未来だなんて、そんなの私だったら知りたくない。まだ起こってはいないこととはいえ、自分がそんな最悪な未来を引き起こす可能性があると思いながら生きるなんてきっと辛い。


「ソウマ様、すみません」

「どうして謝るのですか?」

「私の伝え方が悪かったせいで、知らなくてもいい未来を知ってしまったからです。私だったら戦争が起こる未来なんて知りたくありません」


 どうしていいか分からずに唇を噛む。ソウマは私から身体を離し、私の両手をソウマのもので包み込んでくれた。顔を上げると泣きそうな顔で私を見ていた。とても苦しそうだ。


「戦争が起きてしまう未来を他の誰かに話しましたか?」

「セツは知っていますが、他にはいません」

「お一人で抱え込んでいたのですか? これほど大きなことを?」

「……はい」


 セツ以外に未来の話をしたことはない。兄には伝えようかと迷ったことはあったけれど、兄はまだ子供だ。こんな残酷な話は受け止め切れないだろうと思って止めた。両親にも言うのは止めた。きっと信じてくれる。けれど、私を守ろうとして私からソウマを遠ざけてしまう可能性があった。私はソウマも守りたい。

 他に真に信用できる人もいなかったから誰かに伝えることもなく、結果としてセツ以外の誰かに相談するようなことはなかった。


「ルーファ様……これほど小さなお身体でこれだけのことをお一人で抱えて。それなのに、危うく外交問題になってしまうようなことをしてしまい申し訳ございません。軽率でした。謝るべきなのは僕の方です」

「ソウマ様……」

「ペリシアン様に対しての苛立ちはありましたが、あのように苛立ちに任せて行き過ぎたことをするべきではありませんでした。僕の行動によってルーファ様を不安にさせてしまっていた」


 ソウマの目は真剣だった。自分のやってしまったことを悔いている。

 正直、未来の話に対して怯えたり、困惑したりするかもしれないと思っていたけれど、そんな様子もなく、私のことを気にしてくれていることに驚いた。ペリシアンに対して申し訳ないと思っていなさそうなのが唯一気になるけれど、今のソウマは落ち着いている。


「ソウマ様は戦争が起こるかもしれないという話を聞いても怖くはないのですか?」

「恐怖はないと言えば嘘になりますが、ルーファ様が動かれているということは回避の可能性は0ではないということでしょう?」

「動いたとしても回避できるかどうかは私自身も分かりません」


 現に小説には出ていない交流会が行われたけれど、ソウマがペリシアンの目に秘術をかけるに至っている。小説で起こっていない出来事も多いけれど、だからといって安心できるわけでもない。


「でも、動かないより状況はいいはずです。それに、私も協力します。だからルーファ様の見えている未来を教えてくださいませんか?」

「え?」

「ルーファ様の見えている未来で僕が問題を起こすのでしょう? 問題を起こさないように全力を尽くします」


 ソウマは周りを見回す。護衛の位置を確かめているのだろう。大丈夫だと分かると私の身体に身を寄せた。


「それに、ムスビ家はレイ帝国の貴族ではありますが、イヅル国でも今も影響力の大きい一族です。イヅル国側に何か問題があった場合、僕ほど力になれる人はいないと思います」


 ソウマが私に協力してくれる――かなり助かる申し出だ。ソウマには戦争が起こるきっかけとなる行動を避けてもらうよう気を付けてもらえれば、かなり大きく未来が変わる可能性がある。


 でも、ソウマはまだ10歳だ。自分の行動次第で残酷な未来に変わってしまうことを知ってしまったら、どう思うだろうか。

 本人は大丈夫だと言っているけれど、本人がまだ子供であることを忘れたくない。


「僕が信じられませんか?」

「いえ、ソウマ様のことは信じています。ただ」


 何と言えばいいか。迷いながら指の裏でペンダントを撫でる。セツ、どう言えばいいかな。問いかけたくなる。

 ソウマが手を伸ばしペンダントを撫でている私の指ごと握った。はっとして目を合わせるとあの蛇のような目が逃がさないとでも言いたげに私を見ていた。


「僕はルーファ様が断ってもルーファ様の力になるために動きます。未来が見えなくても力になれる方法はいくらでもある。だから、ここで断っても無駄です。僕はしつこいくらい貴女について行きます」


 呼吸すら奪われてしまいそうな気迫だ。きっとソウマは言った通りにするだろう。小説の中でもアデルに強く迫っていた。

 ソウマは私にペンダントを触らせてくれない。きっとセツがいるのだとバレている。私が頼る相手を把握している。それでいて退路を塞いでくる。ソウマしかいないのだと思わせてくる。


「ソウマ様の心を傷つけてしまうかもしれない未来でも、知りたいと思うのですか?」


 私も負けていられなくて言葉に出す。私が信じる、信じないの問題ではなくて、ただただこの少年を守りたいだけなのだ。それなのに、ソウマは優しく嬉しそうに笑う。怯える様子を一切見せない。私の言葉を味わうように笑みを深めていく。


「知りたいです、ルーファ様。もう一度言いますが、僕は今断られてもルーファ様がやろうとしている事から離れるつもりはありません」


 どうしてそんなに幸せそうな顔でそう言ってしまえるのだろう。獲物を罠で捕らえたような笑みだった。


 その顔を見て、負けてしまったと思った。敵わない。ソウマを知っていたつもりだったけど、私の勘違いだった。ソウマの世界に引きずり込まれると逃げられない。絡み取られて退路を断たれて、追い詰められていく。優しく近づいてくるのに、気が付けばソウマの手の中にいる。恐ろしい少年だった。


「分かりました。でも、聞きたくないと思ったらすぐに言ってくださいね」

「はい。ありがとうございます」


 ソウマは満足気にそう答えたのだった。




 ソウマには私が転生していること、この世界が『破滅のアデル』という小説で語られている世界であることを伏せて大まかな未来を話した。


 ソウマが私と婚約をしてからやってしまうこと、死んでしまう人々、デゼスの流行、イヅル人留学生集団殺害事件――伝えられる範囲ですべて話した。


 ソウマの様子を見ながら過激な話は最後にとっておくように話をしたけれど、動揺した様子はなかった。ソウマは一度も遮ることなく最後まで真剣に私の話を聞いてくれた。怖くないのだろうか。



「――以上が全てです」

「話してくださってありがとうございます。考える事がたくさんありますね」

「ええ。ただどうか、この話は誰にも漏らさないようにお願いします。誰にどうやって利用されるか分かりませんので」

「ルーファ様との秘密を誰かに漏らすことは決してありません」


 固い表情をしていたソウマが安心させるように笑いかけてくれた。

 ソウマは恩を感じてくれているような事を先ほど言っていたけれど、それだけの理由で力になろうとしてくれるものなのだろうか。まだ子供で純粋だから? 改めて不思議に思う。


「訊いてもいいでしょうか?」


 ソウマがそわそわした様子で訊いてきた。


「もちろんです」

「未来の出来事のほとんどは僕の仕業のように見えます。実際、僕の性格を考えるとやりそうな事だとは自分でも思います。でも、普通は未来で滅茶苦茶なことをやってしまう相手がいたら関わらないようにしますよね? ルーファ様は僕と出会う前に婚約者候補を解消することだってできた……でも、ルーファ様はそれをしなかった。どうしてですか?」

「……それでは、ソウマ様がただ苦しむだけではないですか」


 誘拐されて苦しんで、誰も信じることができないまま、そのままムスビ家の当主として生きていく。小説のソウマは誘拐によって心に深い傷を負っていた。アデルがいたことによって救われていた部分が大きかった。アデルはソウマにとっての光だった。でも、今の私は小説の中で生きるアデルではない。アデルのいないこの世界でソウマをただ放っておくわけにはいかなかった。


 ソウマの力になりたいと思うのは前世の経験があったからだ。ソウマは前世で苦しんでいた私に似ている。


 両親の無関心で餓死しかけるほどだった私が、入学し、学校で好成績を残し続けていくことで両親の関心を得れるようになった。死ぬ気で勉強をしたおかげもあってか、両親から褒められるような大学に通うことができたけれど、その頃には自分の存在価値が分からなくなっていた。そんな時に前世で元恋人に出会った。その人は生きているのに死んでいるような私にとって唯一の光となるような人だった。

 その人のためなら何でもできた。だってどんな私でも優しく受け止めてくれていたから。だから、どんどん依存していった。相手を束縛し、監視し、少しでも私の傍を離れるとヒステリックになる。最終的には彼に触れる空気にすら嫉妬した。怖かった。彼が離れることで私が消えてしまうような気がしたから。世界に独りぼっち残されて消えてしまうような気がして怖かったのだ。

 ただ良い意味でも悪い意味でも、彼は私と相性がよかった。彼も同じように私を縛るようになり、気が付いたら二人とも大学を退学し、同棲するアパートで廃人のように生きるまでに至った。


 前世の私は何とかその状況の中で目を覚ますことができて脱却できたけれど、ソウマを見ていると私が子供の頃に感じた絶望と、大人になってからの愛への執着を思い出すのだ。自分の望むように生きているように見えて、そうではない。自分の魂を削るような絶望で生きている。


 実際は、ソウマは私なんかより大変な思いをしているけれど、自分を受け入れてくれると思った相手に自分のすべてで依存して、どろどろに溶けてしまう気持ちはすごく理解できた。

 自分で自分の価値に気が付かない限りは、その依存もただ虚しく思えてしまうのだ。結局は相手もろとも地の底に落ちてしまう。落ちるところまで落ちていける。

 それをソウマに味わってほしくなかった。ただ幸せになってほしい。ソウマが幸せなら、前世の私も報われる気がするのだ。


「未来のソウマ様が泣いているように感じたからです。ソウマ様は幸せになるべき人ですから」


 ソウマはじっと私を見ていた。どう言っていいのか分からないのかもしれない。でも別に返事はいらなかった。ソウマの疑問に答えられたのならばそれだけでいい。



 ソウマに未来の話をすることでかなり時間が経ってしまっていた。太陽の位置も結構高くなってしまっている。そろそろソウマに治癒術をかけなければ。


「さぁ、ソウマ様、そろそろ治癒術をかけましょう。食事会後に二人で会える時間があるか分かりませんから」


 私の胸のペンダントを握った。長く握るとセツの秘術で一度だけ幻影を護衛に見せることができる。ソウマに治癒術をかけるためにセツに予めお願いしていた。

 周りの風景が陰り出し、霧が私とソウマの周りで立ち込める。護衛にはこの霧は見えない。私とソウマが昼寝をしているように見えるよう秘術がかけられている。


 ソウマは何も言ってこない。ただぼうっとしている。私の答えが何か気に障ってしまったのだろうか。それとも、未来が急に怖くなってしまったとか。自分の身体から魔力をかき集め、練り合わせながら考える。


 驚かせないようにそっとソウマの手に触れた。そろそろ治癒術をソウマにかけたい。


「ソウマ様、治癒術をかけてもいいでしょうか?」

「……てもいいですか?」

「え?」

「その前に抱きしめてもいいですか?」


 掠れた声で弱々しくソウマが言った。ゆっくりと目が合う。そんな遠慮がちなソウマがおかしくて思わず笑ってしまった。さっきは許可なんて取らずに抱きしめたのに。不思議な人だ。


「どうして笑っているのですか?」

「ソウマ様、先ほどは私に確認せずに抱きしめていたではありませんか」


 そう言われてソウマがきょとんとした顔をした。でも、すぐに思い出したのだろう。眉を垂らして降参したように弱く笑って「そうでした」と小さく言った。


「でも、ルーファ様が笑っているのを初めて見ました」


 ソウマの手が伸び、私の頬を撫でた。傷つけないように気を付けてくれているのか、手つきが優しい。急に頬に触れられて驚いたけれど、私に甘えているような表情を見ると、触れられていることはどうでもよくなった。

 ソウマの手は子供にしてはごつごつしている。今まで鍛錬を頑張ってきたソウマの努力が分かる。


 その手に自分の手を重ね、自分の魔力をソウマに流し込んだ。


 この半年間の練習の成果だろうか。以前ソウマに治癒術をかけた時よりも簡単にソウマの状態を把握することができた。

 妖力はやっぱり安定していない。それどころか、前よりも状態は悪化していた。身体のあちこちに妖力が散っていて、妖力を集めるのに苦労しそうだった。この状態で秘術を使えているソウマに驚く。これでは常に妖力切れとなっているように感じるだろう。


「最近何か新しい鍛錬を始めていますか? 妖力がかなり不安定です」

「いえ、特には。でも体力がなくなったように感じることはあります。ルーファ様不足でしょうか?」


 ソウマが弱く笑った。

 妖力がこの期間で一気に不安定になってしまった理由は何なのだろう。ソウマと(ふみ)でやり取りする限りでは誰かが何かをしている様子はない。ソウマの周りも特に怪しい動きがあるわけではない。強いて言うならば、ソウマがいつかの(ふみ)で教えてくれた山の中にある小屋の存在だ。でも、あの小屋が使われている様子はないと、セツが放った別の使い魔が報告してくれている。

 何かを見落としているのだろうか。私が前世の記憶を得てからもうすぐ1年が経つ。ソウマの誘拐が決行されてもおかしくない時期だ。


「今日はたくさん治癒術をかけますからね。あと、未完成で気休め程度ではありますが、妖力の安定化の助けになるものも持ってきていますから」


 今日は兄と作ったローズベリーの飴を持ってきた。妖力の回復が行えるほど強力な効能はないけれど、不安定な妖力をほんの少し落ち着けることができる。何もないよりかはいいだろう。


「ありがとうございます」


 ソウマがイヅル国に帰ったら使い魔を増やそうか。これ以上はばれてしまうだろうか。後でセツとソウマに相談しよう。今はただ私にできることをやろう。


 ソウマの身体中に散らばってしまった妖力をかき集め血液に送る。身体の隅々に私の魔力を行き渡らせて、どんなに小さな妖力でも拾っていく。ソウマに会えない間にたくさん治癒術の練習をした。少しは活かせているといいけれど。


「具合はどうですか? 気持ち悪さはないですか?」

「いえ、大丈夫です。むしろ気持ちがよくて、眠たいです」


 ソウマがとろんとした目をこちらに向けた。喉を撫でられている時のセツみたいだ。治癒術はその人の身体に合った方法で身体の機能を回復させていく術だから、心地いいと感じる人もいるだろう。普段は鍛錬で忙しくしているだろうから、今が少しでもゆっくりできる時間となってほしい。


「限界だ……少し肩を借りていいでしょうか?」

「肩だと落ち着かないでしょう。ソウマ様がよければ、私の膝を使ってください」


 今にも眠りに落ちてしまいそうなソウマに膝を差し出す。枕ほど心地の良いものではないけれど、東屋のベンチの上で直に寝てしまうよりはマシだろう。

 ソウマはこくんと頷くと、そのまま素直に横たわり、私の膝の上に頭を乗せた。そのまま額に手を乗せて私の魔力を注いだ。


「ゆっくりお休みなさい、ソウマ様」

「ごめんなさい。起きていられなくて」

「気にしないでください。治癒術が効いている証拠ですから」


 今にも夢の世界に飛び立ちそうなふわふわした声。安心させるように額をゆっくり撫でた。ソウマの寝息が聞こえるまでそう時間はかからなかった。


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