09 交流会
ソウマはマメな性格で、最初に出会ってから現在に至るまで毎日文を送ってくれる。状況報告と、何故か簡単に使い魔――ムギの様子を教えてくれる。私がムギの保護者と認識しているからか、もしくはムギを相当気に入っているからなのか。いずれにしても、ムギと仲良くなれている様子が分かって嬉しい。
ソウマと出会ってから半年。ソウマが妖力切れで体調が悪くなることが度々あるけれど、誘拐の前兆のようなものはなく、今のところ平和に過ごせている。
ソウマの両親が主治医を変えないことが気になって、ムスビ家に使い魔を送ろうとしたけれど、さすがと言うべきだろうか……かなり強力な結界が張られていて、探りを入れることができなかった。
やろうと思えばセツの力で突破することもできるみたいだけれども、その場合だと結界を張った秘術使いに知られてしまう可能性が出てくるようで。
だから、今はただ主治医がムスビ家の屋敷から出る機会を待っている。
今の私は兄とベイリー家のキッチンで私の治癒術を見てもらっている。なぜキッチンでやっているのかと言うと、薬を作っているからだ。
妖力を増やし、安定化させる薬。そして、将来はデゼスへの特効薬の材料の一つとなるものだ。
流行り病のデゼスの特効薬は、小説では叡智の一族と呼ばれる公爵家の次期当主であるリベラ・スローパーが開発する。ベイリー領の特産品である「ローズベリー」を特殊な方法で加工し、スローパー家に代々伝わる秘伝の薬を掛け合わせたものがデゼスの特効薬になる。
スローパー家はデゼスの流行初期から特効薬の開発に取り組んでいたものの、ローズベリーの加工方法に難航したため、薬の完成が遅れてしまった。
その特殊な加工方法は、治癒術を使っての加工だ。元々はローズベリーは疲労回復の効能があると知られていたけれど、熱処理をするとその効能が増大し、魔力や妖力の回復まで行えるようになる。ただ一方で、ローズベリーは熱に弱く、数秒後には疲労回復とは関係のない成分が増加することによりその効能が激減してしまうのだ。そうなると薬としては使い物にならなくなる。
治癒術で熱処理で与える熱量を調整し、効能が最高値に達したタイミングで熱処理からローズベリーの必要な成分を守るように治癒術をかけることが必要だ。
ただ、この世界ではローズベリーの成分を具体的に数値化できるほど科学技術が発達しているわけではない。
よって、いつ治癒術をかけるのが最適であるかのタイミングを把握することがとても難しい。そこで必要になってくるのが蘇生術だ。
兄の蘇生術ならばローズベリー内の成分の動きを把握できる。蘇生術ならば治癒術をかけるべき最高のタイミングが分かる。
「いいよ、ルーファ。今だ」
「はいっ」
兄がそっと私の肩を叩いた。
予め扱いやすく練っておいた魔力を鍋で煮ているローズベリーに流し込む。治癒術をかけるべき成分を探し出す。蘇生術が使えない私は守るべき成分を探すのにも一苦労だ。人間であれば魔力や妖力を辿ればいいけれど、植物はそうではない。成分を把握し、どれが必要であるか見極めて必要な成分のみを守る。時間制限があることもあって、焦ってしまい、未だ成功できていない。
ようやく見つけた成分をかき集め、一つ一つに治癒術をかけていく。
額から汗が流れていくのを感じる。顔も熱い。火照っているだろう。ローズベリーの甘く華やかな香りが鼻を刺し、酔いそうだった。
「ルーファ、もう時間が……あっ、もう効能が落ちてしまったみたいだ」
兄の穏やかな声と共に時間切れを知らされる。また失敗してしまった。私の治癒術をかけるスピードが遅かったせいで間に合わなかった。成分を特定するところまではできているのに、悔しい。
思わず床にへたり込んでしまう。行儀が悪いと分かっているものの、うまくいかずに弱ってしまう。デゼスの特効薬はリベラと知り合うまで作れないとしても、ローズベリーの加工がうまくいけば、ソウマの妖力不足の助けにはなるはずだ。
だからどうしても今苦しんでいるソウマのために成功させたいのに。うまくいかない。この半年間での成功数はゼロだ。
「落ち込まないで、ルーファ。きっとうまくできるようになる。仕組みを理解している君ならきっと」
兄が私と同じ目線になるように腰を屈めてくれた。私より大きな手が優しく頭を撫でてくれる。
「僕に十分な魔力があればちゃんとお手本を見せてあげられたんだけど……ごめんね」
「デールお兄様が謝ることなど何一つございません。私の我儘を聞いてくださっているのに」
兄が胸元からハンカチを出し、私の額の汗を拭ってくれた。
小説で兄が活躍し出すのは、デゼスが流行した後からになる。蘇生術を習得し、リベラの特効薬の開発に協力する過程でリベラの助言により自身の魔力を底上げする方法を見つける。ただ、それまでの兄の魔力量は平均以下だ。
だから、現時点の兄の魔力量では蘇生術をかけながら同時に治癒術をかけ続けるのが難しい。よって蘇生術は兄が、治癒術は私がと役割を分けていた。
「我儘だなんてそんな。素晴らしい考えだと思うよ。」
兄にはベイリー領の特産品を医療に活かすための薬を作りたいと伝えていた。それを兄との授業の課題にしたいと。本当のことを伝えられなくて心苦しいけれど、ソウマのことについては伝えられない。
「それにしても熱処理をするとローズベリーの効能が増大するって、よく気が付いたね。ルーファに言われて調べてみるまで気が付かなかったよ」
「ありがとうございます」
その言葉に胸が痛む。私ではなくて、小説の中でリベラが発見したことだから、どう反応すればいいか分からなかった。私は人が苦労して得た知識を簡単に自分のために使えてしまっている。誰かのためだという聞こえのいい言い分けを自分にしながら。悔しいような悲しいような気持ちをどう処理していいか分からず唇を噛む。
兄は何かを察したのか、眉を垂らして私の頭を再び撫でてくれた。心に寄り添うような優しい手つきに胸の奥がぎゅっとした。
「一旦休憩しよう。父上と母上は今日は公務でずっといないし、ちょうどいいローズベリーのジャムができそうだしね」
「ジャム」
タイミングを見計らったかのように、私のお腹が鳴った。その軽い、調子はずれの音に兄が笑った。
「あはは。食事も必要のようだね。パトリシア、準備を頼めるかい?」
「かしこまりました。すぐに用意いたします」
私達二人を見守るようにキッチンの隅に控えていたパトリシアがすぐに周りの使用人達に指示を出していく。
私が授業でキッチンを汚してしまったのだ。せめて片付けくらいはしたかった。ローズベリーを煮た鍋に手をかけていたパトリシアを止める。
「授業で使ったものは私が片付けます」
「いいえ! ルーファ様はデール様と一緒にお休みになってくださいませ。朝から魔力を使い続けて疲れていらっしゃいますでしょう? ここは我々にお任せください」
「でも」
「ルーファ様、我々使用人に甘えてくださいまし。ルーファ様は普段休みなく頑張られておられます。こんな時に頼ってくださらなければ、倒れてしまいますよ」
そうパトリシアに叱られるようにぴしゃりと言われた。一瞬怯んでしまうけれど、私を気遣うように細められた瞳から心配していることが伺えた。
そうだ。ここにいる人達は心から私を気にかけてくれるのだ。いつ嫌われるか恐れる必要はない。素直に疲れた時は頼ってもいい人達なのだ。ようやく自分の中で納得がいき、パトリシアの傍を離れた。
「分かりました。お願いします」
「もちろんでございます!」
向日葵が咲くようにパトリシアがぱっと笑い、ほっとした。
気が付くと兄が隣に立ち、私の手をとってくれている。待ちきれない様子だった。
「さぁ、ルーファ。行こうか」
◇
華やかな香りがする紅茶に、パステルカラーの可愛いお皿達。その上には様々な形のクッキーが並べられている。目の前にはシフォンケーキ。その上には生クリームと先ほど授業で煮詰めたローズベリーがジャムになってちょこんと乗せられている。
もうすぐ春ではあるけれど外はまだ寒いからと、屋敷内のお茶会専用の部屋で兄と二人で紅茶とお菓子を楽しむ。
「うん。ローズベリーのジャムは美味しいね。熱処理の過程で成分をいくらか治癒術で保護してるからかな。瑞々しさを感じるけどジャムの甘みもしっかりあって特別美味しく感じる」
「そうですね。驚きました。薬としてはまだ使えませんが、新しいジャムとして売り出すのもいいかもしれませんね」
「そうだね。ちょっとその話は頃合いを見て僕から父上に提案しよう」
「ありがとうございます」
兄の言う通り、ローズベリーのジャムは今まで味わったことのない不思議な美味しさがあった。ローズベリージャムはすでに存在しており領内でも販売されているけれど、既存のジャムとは違った魅力があった。授業での疲れが癒えていく。失敗も悪くはないと思えた。
「そういえば、ルーファ。母上から来月頃に交流会があることは聞いていたかな?」
「交流会、ですか?」
「ああ。表向きは帝国内の要となる公爵家で集まって帝国への忠誠と結束を確認するといった趣旨があるけれど、そんな固い雰囲気のある会にはしないらしいんだ。次世代の公爵家の顔合わせと交流をするための場を作るみたいでね」
「それは、公爵家の皆様が参加される会なのですか?」
「うん。そのようだよ。現当主とその子供達が参加を求められているよ」
ということは、ソウマに会える。会えたら治癒術をかけることができる。喜びと安堵が胸の奥に広がっていくのを感じた。あと1ヶ月。ソウマは耐えられるだろうか。
でも、少し違和感がある。小説ではアデルとソウマが初めて会うのはアデルが7歳となる3年後だったし、母も少なくとも3年は会えないと言っていた。
修行中の身であるソウマは交流会に来ることができるのだろうか。
「ソウマ様も来ると思うよ。ムスビ家の次期当主だから」
そう言って兄は優しく笑った。私がソウマ様を気にしているのが分かっているのだろう。散々父と母に会いたいと伝えていたから、兄の耳にまで入っているのかもしれない。恥ずかしくなって思わず俯いてしまう。
ソウマの誘拐を阻止するために父と母に頼んでいたことだけど、端から見たら私がすごくソウマ様が気になっているように見えるだろう。頬が火照るのを感じる。なんだか恥ずかしい。
「でも今は修行中だと聞いています。本当に来てくださるでしょうか」
「公爵間の交流だからね……来れないと社交面でも外交面でもよろしく思われないね。ムスビ家がイヅル国寄りだという印象を与えてしまう」
イヅル国では秘術の名家は修行をする伝統がある。基本は決められた年数を修行場で過ごし、如何なる理由があっても、修行場を出てはならないのだとイチカ先生が教えてくれた。
ただ、その伝統はイヅル国のもので、レイ帝国の貴族には適用されない。よってイヅル国の伝統を優先するあまりレイ帝国での公務を疎かにしていると、忠誠心を疑われる可能性が出てくる。だから、不参加はないと兄は言いたいのだろう。
小説とは違った未来に進んでいるのかもしれない。この交流会でソウマに会うことができれば、未来を変えることができるのだと今以上に希望が持てる気がする。
「この交流会は父上が皇帝陛下に提案したものなんだ。ルーファがソウマに会いたがっていたから、会う機会を作りたかったみたいだよ」
「そうだったのですか」
父が。胸の奥からじわりと熱が広がる。私の父、イベルト・ベイリー。小説では母の亡骸を引き取りに行く道中で襲われ亡くなっていた。
多忙で家にいることが少ないけれど、母と同様に愛情深い人だ。忙しいはずなのに、少しでも時間が空けば家族に会いに家に帰って来てくれて、話をよく聞いてくれる。
母が太陽だとしたら、父は月だ。父が高圧的になったり、声を荒らげたりする姿は見たことがない。静かに家族を見守ってくれ、必要な時にいつも必要な助けをしてくれる。母ほど言葉で愛情表現をするわけではないけれど、何があっても家族を見捨てない安心感を与えてくれる人だ。
そんな父が私のために皇帝陛下に提案してくださったのだ。公爵家間の忠誠と結束を確認するための交流会という名目であれば、私が縁談に前向きかどうかを悟られることなくソウマと会う口実ができる。
「お父様、私のために……すごく嬉しいです」
「よかったね、ルーファ」
「はいっ」
これで少しでもソウマの体調が落ち着くといいのだけど。今日のソウマへの文で何と言おう。ソウマは喜んでくれるだろうか。喜んでくれるといいな。
紅茶の水面に映った自分の表情が柔らかい。
とっても不思議だ。先ほどまで薬の失敗が続いて焦っていたはずなのに、今はこんなにも心が軽い。




