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ルーファの救済  作者: リリアナ佐助
プロローグ
1/44

この重い愛を解いて

「死んじゃった……」


 先程まで夢中で画面を見ていたスマートフォンを投げ出し、天井をぼうっと見る。何を感じたらいいのか分からない。ただ、それだけだった。先ほど読み終えた作品への衝撃を受け止めきれなかった。

 様々な感情が自分の中で渦巻いていて整理ができない。


 SNS上でちょっとした話題になっている鬱小説『破滅のアデル』のせいだった。


 魔法が存在する西洋風ファンタジーの世界観が舞台の恋愛小説で、アルデルファ、作中では愛称のアデルと呼ばれているヒロインを巡り、ソウマとペリシアンが彼女を奪い合う公爵家間の恋愛模様を描いた作品だ。

 その部分のみを切り取ればよくある恋愛小説のように思えるかもしれないけれど、鬱小説と呼ばれるのには理由がある。


 幼少期に婚約したアデルとソウマ。政略結婚が目的ではあったものの、ソウマはアデルに出会った瞬間に彼女に一目惚れし、彼女を大切にしていた。その愛は稀に独占欲で暴走することはあれど、2人は仲睦まじく過ごしていたように見えた。

 だが、実のところ、アデルは幼少期から秘かにグレー公爵家のペリシアンに想いを寄せており、そのペリシアンも同じくアデルを想っていたのだった。

 お互いを秘かに想いつつも、家のためには不必要な感情である事を理解していた2人は、周りに悟られることがないよう、お互いに想いを押し殺していた。


 その中でとある薬が開発されたことで、物語は大きく変わっていく。その薬は『真実の秘薬』と呼ばれ、薬を飲んだ者が他の人間に何かを問われると、意思とは関係なく自分の心に秘めている真実を答えてしまうといった薬だった。


 拷問の際に用いる薬として開発されたが、何度かアデルに微かな違和感を抱いていたソウマが、その違和感を無視することができずに、アデルにその薬を使ってしまう。その薬によって語られるアデルのペリシアンへの想いに、ソウマは耐えきれず、そこから狂ってしまう。


 ソウマはアデルを監禁し、朝から晩まで共に過ごした。また、一時も彼女から離れたくないという思いから、公爵としての公務を放棄し、止める使用人を次々と解雇していった。それだけに留まらず、ペリシアンを失明させるほどの呪いを本人にかけるまでに至った。

 その行動は皇帝に目を付けられ、あまりに行き過ぎているとして、アデルとソウマの婚約は皇帝命令により解消された。そして、ソウマは公爵家らしからぬ行為として、身分剥奪および国外へと追放された。


 アデルは、婚約解消後に実家で療養することとなったが、未だ彼女を想っていたペリシアンは彼女の元へ通い、彼女を元気づけ続けた。

 ペリシアンに救われた彼女は秘めていた想いが花開き、遂に二人は婚約し、結婚することになった。


 ここで終わりかと思いきや、国外追放されたはずのソウマが隣国であるイヅル国を焚き付け、軍隊を従え帝国に攻め入ってきた。ソウマの真の目的は、アデルの奪還とペリシアンへの復讐だった。

 帝国との戦いの中でソウマは、その手でペリシアンを殺害することに成功する。ソウマは、アデルを迎えに彼女の住まう屋敷へと向かったが、そこには自身の手で命を絶ったアデルの姿があった。その身体はペリシアンから幼少期にもらった首飾りを愛おしそうに抱いていた。


エピローグには、その姿を見たソウマの心の叫びが、読んでいるこちらが狂いそうなほどに表現されていた。苦しくて、愛おしくて、憎たらしくて、でもただただ愛するアデルと一緒にいたかったと願う彼の想い。

 そこで初めて自分の歪んだ愛が彼女を殺してしまったのだとソウマは気づいた。粉々に砕け散った彼の心。報われず、愛する人を失った彼は、アデルを抱きながら、彼自身も命を絶ったのだった。



 ただただ苦しい。痛ましくて最後は読むことを止めたかったほど。


 この気持ちをどうにか落ち着かせたくて逃れたSNS上では、『真実の秘薬』を飲ませたソウマのせいだ、気持ちを捨てきれないアデルのせい、監禁の一連があったのにアデルと結ばれようとしたペリシアンのせいだとの感想が飛び交っていたけれど、そのような次元に留まる話ではないと思った。SNS上に共感できる意見がなかった。より具合が悪くなった。


 ソウマの人生の一部しか見ていない私が言うのはよくないことだと思うけれど、私はソウマの気持ちが少し分かる気がした。愛に生きる理由。愛しかない理由。自分が自分を信じられる理由。


 私が数年前に付き合い、別れを切り出された当時の彼を思い出す。私と彼はお互いへの執着が度を越えてしまい、別れることになった。あの時の気持ちが胸の奥で少しだけ疼いた。ひょっとして、ソウマが感じた気持ちはこのようなものから始まったのかもしれない。


 気がつくと外が暗かった。もうそんなに時間が経っていたんだ。気怠いまま身体を起こし、重い足取りでカーテンを閉める。そのままの怠さでベッドに戻り、身体を投げ出した。


 最近身体が重たい。休みが滅多にない仕事のせいなのか、金を無心する両親のせいなのか、分からない。どちらも当てはまりそうだ。感情は随分前に乾いてしまったように思う。


 でもあの小説の影響だろうか。私の枯れた心が何か脈打つのを感じた。暗い胸の奥に閉じ込めていた心がそっと動き出すような……。まだ自分の中にそんな心があることに驚く。


 だからどうということはないけれど。

 明日から何かが変わることもない。むしろ現実がより辛く感じてしまうような枷になってしまう可能性だってある。だって、私……今、何のために生きているか分からない。


 何かに心を揺さぶられたら駄目だ。気づいてしまうだけ無駄だ。このままさっさと目を閉じて、全てを手放そう。明日は仕事があるのだから。

 深く深く息を吐く。シャワーも朝一で入って、化粧は会社でやってしまおう。それでいい。



 耳の奥がきーんと鳴る。最近耳鳴りも激しい。そろそろ病院に行かないといけないかもしれない。ただ、行く意味はあるのだろうか。このまま生き長らえても自分が何かを成せるようには感じない。


「疲れたな」


 何もない部屋に声が虚しく響いた。きーんと強く鳴る音。今日はかなり煩い。


(……ルーファ)


 ふと、声がした。どこからだろう。目を開けようとするけれど、うまく開いてくれない。


(ルーファ、僕の)


 手を上げようとしても何かに身体を縛られているようで、動かせない。これが金縛りと呼ばれているものか。でも、不思議と嫌な気がしなかった。怖くはない。むしろ、ずっと求めていたかのようにどこか嬉しく思う。


(ルーファ、僕の愛するルーファ。ここにいたんだね)


 そういえば、『破滅のアデル』で気になっていた一文があった。エピローグの最後の一文。ソウマが絶命した直後だったはずだ。その意味を少しでも知りたくてSNSの海を漂っていたはず。結局答えは得られなかったけれど。誰もそのような一文があったと話題にしていなかった。



――あれ、この子は誰。



 あれはどういう意味だったのかな。ぼんやりと思い出した時、頭の中でぷつんと嫌な音がした。ああ、これは駄目なやつだ。そう思いながら私は意識を手放した。


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