第97話 アンジブル島
砂浜に波が打ち寄せている。海を隔てた向こう側の陸地に明かりがかすかに見えている。満月はやっと昇ったばかりで、西の空は夕焼けに染まっていた。
ホイットが、隣にやってきた。アガットが、風の聞耳で集めた情報では、ナーワ近くの湾、今はポルセップ湾と言うらしいが、そこにかつて島があったという。かつてがどれほど昔なのかはわからない。ホイットがキンダーインで古文書を調べたが、そんな名前は確認できなかったというから、だいぶ昔の話なのだろう。大昔なら昔は島でも今は海の底というのは、あり得る話だと思った。
満月までに数日あり、その間に湾を中心に神域にして回った。結果、入口らしき場所を特定することに成功していた。あとは、海中に潜って確かめるだけだった。
「フランは、大丈夫だろうか」
「今は、よく寝ている。よっぽど精神的に疲労していたようだ。アガットが言うには、ディーラーが現れないように、常時精神を張っているからだそうだ」
フランの精神が崩壊してしまわないうちになんとかしたいとは思うが、果たしてそんなにすんなりいくかどうか。
レンタルワンルームからアガットとフランがでてきた。
「フラン、体調は大丈夫?」
「ええ、もちろんです」
「それじゃ、軽バンに乗ってくれ。ここに本当にアンジブル島があるなら、今日で決着を付ける」
軽バンで海中に潜っていく。夜の海は、真っ暗で何も見えない。ヘッドライトの当たる範囲もわずかで、心細い。ナビの画面と、ロラさんの指示に従って運転する。助手席のホイットは、片足を助手席のシートに乗せて両手でその足を抱えている。
「もしも、あたしが、命をかけたいといったら、ケンは、私を全力で援護してくれる?」
「突然なんだよ」
「別に」
「もちろん。全力で援護するさ。でも、できるだけそんなことにならないように努力したいな。今の実力じゃあ無理だとしても」
「はじめてあったときは、たしかに弱すぎて、びっくりしたけど」
「今は、あの頃よりは全然ましだろう」
「ほんと、いつの間にか追いつかれそう」
「よしてくれよ。俺なんかまだまだだよ」
「おいコラ、もう直ぐ目的地だっぺ。いつまでもイチャイチャしてんじゃねえべ」
「イチャイチャなんかしてねえよ。普通の会話だろう」
「ほれ、あそこだ。確かに空間に歪みがあっぺ。ただ、小せえぞ。人がやっと一人通れるぐらうの大きさしかねえべ。その先は、空気があるようだっぺ」
「ちょっと行ってくるよ。ロラさん、窓を開けてくれ」
「私もいく」
「いや。ここで待っていて。ロラさん、何か危険だと思ったら、緊急に浮上して」
「良いのかよ」
「大丈夫。そんなことは起こらないから」
「け、いつの間にいっちょ前なことを言うようになったべ」
左足が痛むが、それは黙っておこう。少しぐらいかっこつけたっていいだろう。完全防備を確認してから海に出た。
空間の歪みを通り抜けると突然浮力を失い、床に落下した。なんとか受け身をとる。部屋は仄かに明るい。満月の光が部屋に充満しているような気がした。
部屋の広さは6畳ほどだ。海と部屋の境界は、部屋の中からは水族館の水槽をのぞいているように見えた。興味深い眺めだが、見とれているわけにもいかない。
「ロラさん」
呼びかけてみたが、ロラさんからの反応はない。どうやら、通信は遮断されているらしい。満月の時にしか開かないのなら、長居して閉じ込められてしまう可能性も考えておかなければならない。さっさと仕事を終わらせよう。
左足が重い。しびれの前触れだ。本格的に左足がしびれる前に、軽バンに戻りたいところだ。
猫耳ニットキャップのライトが、部屋の隅々までも照らしてくれる。床も壁も天井も石を切り出し積み上げてできている。家財道具などは、一切ない。殺風景な部屋だ。ドアは一つだけ正面にあった。
耳をすますと低く小さいが音が絶え間なく鳴っている。風が隙間を通るような音だ。気にしていれば気づく程度の音で次第に気にならなくなった。
それよりも海水で濡れた衣服が気持ち悪い。背中にしょったサバイバルリュックを床に置く。まずは、部屋の外に出る前に装備を付け直そう。
このリュックは、新しいアイテムで、1日6MPもする。中身は、非常食(x3)、飲料水制作ボトル(1L)、万能ナイフ、万能薬(x3)、ポンチョ(防水、乾燥、暖房機能)などだ。
中身は、どれも濡れていなかった。それだけ、有り難い。末端ゴーグル、完全白衣、無重力シューズ、矛盾グローブも一度脱いで、あらかじめリュックに詰め込んでいたタオルで海水を拭き取る。装備をつけるまえにポンチョを羽織る。暖かい風が体を包み、海水で濡れた衣類を乾かしていく。これだけでも、レンタルしたかいがあるというものだ。さあ、探索をはじめよう。
ガカ ゲハイカイ ガブ エイリョウラン
探索しはじめてすぐに、この場所がそんなに広くないことが判明した。部屋は全部で、6部屋だった。どの部屋に入りきれないほどの、金銀宝石が山のように積まれていた。
硬貨を手にとってみる。これまで見たことのないデザインの金貨、銀貨だ。他国の通貨か、古い通貨なのかもしれない。銀貨なんかも、黒ずんでいてもおかしくないはずだが、ついさっき磨き終わったかのような輝きを放っていた。取りあえず、手当たり次第リュックに入る分だけ、金銀宝石を入れる。
「ケン兄。あたしよりも、そんなにその銀貨が大切?」
声のする方にゆっくりと振り返る。目の前にナオが立っていた。
ここまでで覚えた技。
聖属性
内世界
精神身体の安定
フジン エイシュゾウ カンシン ムカキ
邪属性
内世界
精神身体の不安定
キュウゼン カンゲコウ ギゼ ジジョウソウ
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