第94話 対決ディーラー
満月の夜だ。上空に雲はない。城壁の内側に忍び込むのに、これほど最悪な条件もないだろう。だが、ホイットとアガットが手伝ってくれるなら、そんな最悪の条件も気にならないと思わされた。
尖塔ミモレットは、二重の城壁の内側に建てられていた。一重目は、城の城壁としては二枚目の城壁のことで、二重目は、城内にある教会の壁のことだ。
ホイットは世界でも指折りのシーカーで、身体能力は折り紙付きだが、アガットの身体能力も体操選手並の身軽だった。そのうえ、狡猾だ。見張りは居るのだが、その気をそらす方法、警備の穴、スキを突く方法を心得ていた。ホイットもその手腕にあきれるほどだ。ホイットが剛直のシーカーなら、アガットは柔曲のシーカーというところか。
俺も、新しく覚えた跳歩と飄歩をやりくりして懸命に二人についていく。二枚の壁を飛び越え、教会の内側に降り立った。教会前には、広場がある。大規模な集会が開けるぐらいの広さだ。綺麗に敷き詰められている石畳の上にはゴミ一つ落ちていない。その先に尖塔ミモレットが満月に照らされてそそり立っていた。広場の中央に、フランが現れた。というより待ち構えていたというべきか。
「全く困ったモノやで。このお嬢さんに足らんモンがある。そらつまり、覚悟や。お嬢さんのためにも、ここで禍根を断っておきましょうか」
フランの足元から、黒い何かが俺に向かって飛び出してきた。アガットが俺を突き飛ばした。押し殺した悲鳴。アガットが左腕を抱えてうずくまった。
「大丈夫か」
「かすっただけ。でも気を付けて。しびれる。まともに当たれば、動けなくなる」
ホイットが、フランの背後から拘束しようと忍びよった。フランは、まったく気づいていないようだ。フランに手がかかるというまさにそのとき、ホイットが膝から崩れ落ちた。
「ずいぶん、なめられたモノやね。闇はワイの領域でっせ。そう簡単にやられるわけないで」
ガカ ゲハイカイ ガブ エイリョウラン
飄歩
拳相
気相
気相のおかげで、相手のオーラがよく見える。フランの体は、闇のオーラに覆われていた。フランの足元から、蛇のような黒い塊が地を這い、のたうちながら、こちらに向かって放たれた。向かってくるそれらは、闇と雷のオーラを纏っていた。
俺に向かって一直線に進み、次第に加速した。慌てる必要はない気相と拳相によって、動きは丸見えだ。触らないように、ぎりぎりで避けていく。同時にフランとの距離を詰める。ディーラーは、余裕の微笑みを浮かべている。
「ごめん。フラン」
フランのみぞおちに向かって縦拳を繰り出す。煙化したフランの体を通り抜けた。掌底、回し蹴り、全てが空振りだ。ディーラーは、腹を抱えて笑っている。フランがディーラーを手助けしている。どうして。
「そないなことでは、さっさとこの塔を燃やしてしまったほうがええね」
アガットが、俺のところに来て耳打ちした。
「精霊様がささやいている。ヤツの弱点は光だ。何かないのか」
生唾を飲み込む。光属性の技は、光掌底、鉄山靠耀だが、どちらも上級技だ。まだ人に使った事などないからどれほどの破壊力かわからない。そもそもフランが支配的なら煙化で俺の技は避けられてしまうだろう。ディーラーが支配的なとき、つまり俺たちを攻撃するときが、技が決まる瞬間だが、もしも、技がクリーンヒットして殺してしまったら。その可能性はゼロじゃない。
先ほどのディーラーの言葉からフランは迷っているように見える。それならまだ説得の余地があるはずだ。
「ためらっている場合じゃないぞ、ケンちゃん。この塔を燃やされたら、異端者どころの話じゃない。神聖帝国まで敵に回る」
どの口が言うのか。まったく。ホイットは、まだ倒れているが、意識は取り戻したのだろう。懸命に立ち上がろうとしていた。右手には、ナイフが握られている。殺す気かもしれない。たしかにためらっている場合じゃなくなった。
ガカ ゲハイカイ ガブ エイリョウラン
飄歩
一気に間合いを詰める。フランの足元から這い寄る影が放たれた。つまり今はディーラーだ。這い寄る影の動きは完全に見切ったので当たることはない。キスできるほどに間合いをつめた。フランが、反射的に手で俺の顔を払おうと手をあげた。
跳歩
フランの頭を越える。ついでにフランの頭を軽く蹴る。煙化はない。フランがバランスをくずし、よたった。
地面に着地した瞬間、
鉄山靠耀。
俺の背中がフランの体と接触した瞬間、火花が散った。フランの体は、はじき飛ばされ石畳の地面を転がった。フランは、ピクリとも動かない。やばい。
アガットは、突っ立ている俺の隣をフランめがけて駆け抜けた。まさか、とどめを刺すつもりか。慌ててアガットを追いかける。
「おい、よせ」
「何、馬鹿なことを言ってんだ。見張りがやってくる。お嬢を連れて、逃げるぞ。ケンちゃんは、ホイットを助けて」
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