第93話 教会焼き討ち
「ごめんなさい。ごめんなさい」
部屋のロウソクの灯かりが揺れる。部屋の外では、酔っ払いたちのわめき声が絶え間なく聞こえてくる。宿屋の一室で、フランが床に額をこすりつけて謝っている。ホイットは諦め顔で、壁際に腕を組んで立っていた。アガットだけは、大笑いして、ベッドの上で転げ回っている。いい気なもんだ。
「傑作だな、お嬢。守門官と詩唱官に喧嘩を売るとは、才能はあると思っていたけど」
「フランじゃない。ディーラーが喧嘩を売ったんだ」
「どちらも同じだろう。あたしも教会は嫌いだけど、ディーラーが嫌いな理由も知りたいね」
「冗談じゃない。これ以上、教会とは関わりたくない。知りたくもない」
「まあ、そういわないで。でも、ディーラーは、ずっと昔に死んでいるし、その後も古の迷宮に囚われていたんだよね。何か深い理由があるはずだろう」
「ダメだ。絶対ダメ。これ以上問題を大きくするな」
「まったく頭が固い」
いつの間にか、フランは床にあぐらをかいて座っていた。ディーラーが現れたらしい。
「それにしても、何してくれとんの」
ホイットが珍しくツッコミを入れた。
「それは、こっちのセリフです」
「ワイは、気に入れへんモノを気に入らんって言うただけや」
「何が気に入らんのですか」
「あのエセ聖職者どもだ」
「彼らは、エセじゃないですし、まだ聖職者じゃないです」
「やったなら、何や、あの格好は」
「彼らは、守門官と詩唱官。聖職者になる前の見習いです」
「じゃあ、やっぱりエセ聖職者と同じ穴のムジナやないか」
「いちいち、彼らに噛みついていたら切りがないですよ、ディーラーさん」
「どうしてや」
「どんな田舎のどんな町にも、彼らはいますから」
「まったく、嘆かわしい。腹立たしい」
俺は、ディーラーの目に怒りよりも憎しみが宿っているように感じた。
「なんで、そんなに聖職者を目の敵にするんです」
「当たり前だ。奴らはペテン師だ。おおそうだ。確認だが、神聖教会という組織はいまでもあるんか」
「ありますよ。もちろんです」
「ちっと見えたんだが、あの尖塔はなんちゅう名前や」
ミモレット。フランが説明してくれたことを思い出したが、口には出さない。嫌な予感しかしないからだ。しかし、アガットに目配せする間もなくアガットが答えた。
「どの塔のことかわからないけど、ここらへんで有名な塔はミモレット、ならあるよ」
「おお、それやそれ。ええことを思いついた。そのミモレットを焼き討ちせぇ、そうすれば、ワイの知っとる教会の真の歴史を教えたろ」
本気か。聖女様の聖地を焼き討ちしろとは、狂っている。アガットは、腹を抱えて笑い出した。まったく腹立たしい笑い声だ。何が面白いのか。
「笑い事じゃないぞ、アガット。教会に火などつけてみろ。お尋ね者、犯罪者だ」
アガットは、涙を拭って同意した。
「ああ、まったくだ。ひどいことになる。教会と国を一挙に敵にまわす。でも、それで秘密を教えてくれるっていうんだ。教会の一つ、二つ、燃やしてもおつりが来るんじゃない」
だめだ、アガットの倫理観、判断力も崩壊している。
「勘弁してください、ディーラーさん。できるわけないでしょう。世界を敵に回すことになりますよ。犯罪者ですよ」
「おい、小娘。この世界の仕組みを知りたいくはないのか。お前さんの煙化の能力とワイの能力があれば、教会の一つや二つ燃やすことは、ほんまに簡単やぞ」
こいつ、乗っ取っているフランに話しかけいる。いや誘惑してやがる。俺は、一歩、フランに近づいた。
「おっと、小僧。近づくな」
フランの手には、ナイフが握られていた。そのナイフの刃を、フランの首にそっと押しつけた。
「何をしている、ディーラー」
「ワイは本気や」
「聞いているんやろ、小娘。ジブンが知りたいことを教えたろかと言うとる。ワイに協力せえ」
「だめだ、フラン。お父さんやお母さんにも迷惑がかかる。犯罪者になるんだぞ」
ホイットも、壁から少し離れた場所で、飛び込むチャンスをうかがっている。半歩、距離を詰める。フランがキッと、こちらを見た。瞬間。ホイットが飛び込んだ。だが、ホイットの両腕は、空を切った。煙化したフランが、ゆっくりとドアの方に向かって歩いて行った。
「ダメだ。フラン」
フランの目は悲しみ、口元は笑っていた。
「いい選択だ、お嬢さん」
ディーラーはそう言い残すと、フランは煙となって消え去った。アガットが、頭を掻いて、ベッドから立ち上がった。
「こりぁあ、ちょっと不味いな」
「不味いどころの話じゃない。なんとしても止めないと」
「あたしも悪かった。手伝うよ」
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