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第90話 フランとディーラー

 雨がフロントガラスに打ち付けている。ワイパーを最速にしても視界は悪く、軽バンのスピードを落としなんとか視界を確保するしかなかった。ナーワを追い出されてから二日経つ。この辺は人口も多いのだろう一定の間隔を空けて村や町が見えるようになっていた。それにともなって、森と畑が交合に現れるようになり、畑の割合が増えていった。助手席に座っているフランが外を眺めながら言った。


「このケイバンっちゅう魔導具は、いくらするんやろう」


 かわいい顔の女性が、男の、多分中年男性の声色で話してきた。違和感が大きすぎて話が頭にすんなりと入ってこない。


「ディーラーさん、何て言いました」


「せやさかい、なんぼだって言うとんねん。もう、頭は、生きとるうちに使わんともったいで。まあ、ワイはとっくに死んじまっているけどな」


 フランは、大口をあけて笑った。


「はあ」


「そんで、なんぼなら売るの」


「絶対売りませんよ。これでないと仕事ができないんですから」


「地図作りってやつか。エライ仕事を請け負ったなあ」


 背後にある荷室と運転席を分ける黒い仕切り板を誰かが思いっきりたたいた。ついで運転席側の窓ガラスをノックした。窓の外に、アガットの顔が現れた。雨に濡れるのも気にしてない様子だ。


「おおい、ケンちゃん。そろそろ交代の時間だろう」


 少しだけ、ウインドウを下げて怒鳴る。


「まだ、時間じゃない。危ないから走行中は窓から体を乗り出さない」


 アガットとフランはどちらも助手席に乗りたがったので、助手席は交替制とした。できれば、一番静かなホイットにずっと座ってほしかったが、アガットが依怙贔屓だとわめくのでそういうわけにもいかなかった。目安としては、末社を埋めるタイミングを設定した。何もトラブルが起きなければ、だいたい40分間隔だろう。


「元気な小娘やなあ」


 この2日間フランを観察しているがディーラーとフランの人格がいつ、どのようなタイミングで交換になるのかはいまだ不明だ。フランは、殴れば、ディーラーが引っ込むと言っていたが、姿形は女性のフランを本当に殴る訳にはいかない。


「ディーラーさんは、何のために、あそこにいたんですか」


「そりゃあ、秘密だ」


 ディーラーが、右手の手の平を上に向けてこちらに差し出してきた。


「なんですか」


「人から、話を聞く時は、それなりに、必要なものあるやろ」


「はあ」


「あんちゃん、頭かったいなあ。カネだよ。カネ。みなまで言わすな」


「すみません。いくらですか」


「そりゃあ、ワイからいくらとは、よう言えんよ。わかるやろう」


「ロラさん、金貨一枚ください」


「はい」


 ロラさんも心なしかおとなしい。いつも通りダッシュボードをあけると、金貨一枚が入っていた。


「なんや、その金貨は」


「この世界で広く流通している金貨です」


「よう、見せてみろ」


 ディーラーは、俺の手の平から奪うように金貨を手にとった。


「まあ、質の悪い金貨だ」


「見てわかるんですか」


「当たり前や。こう見えても、凄腕の商人やったんや。カネのことには、人一倍やかましいっちゅう自負がある。どの世界でも同じやけど、なめられたらおわりやからね。こんれが、世界共通かい。まあ、幸せなこって」


 フランが、ポケットに金貨をしまった。


「ディーラーさん、返してください」


「何言うとるん。これは、代金としていただいときますわ」


「ええ、それはずるい」


「何もずるくないで。ちゃんと、ワシが商人やったと教えたったがな」


「いや、俺が知りたかったのは、ディーラーさんが、何者かということで、それは聞いてません。返してください」


ディーラーの腕を少し強く握る。


「痛い、です」


 声がフランに戻っていた。


「す、すみません」


「さっきまで、ディーラーさんだったんです」


「はい、会話はぼんやりとですが聞こえていました」

「すみません。ポケットに金貨が入っていると思うのですが」


 フランは、自分のポケットに手を入れた。


「ごめんなさい。何も入っていません」


「持ってない? 落ちたのかな」


「いいえ、違います。私と入れ替わる直前、ディーラーさんが、金貨を隠したんだと思います」


 ロラさんが、いつもの調子で会話に入ってきた。


「おい、ボケッとすんな。神域が確定してっぺ。早く末社を埋めっぺ」


 ナビを確認して、末社を埋める場所を探す。


「一体、どこに、隠したんですか」


「影の中です」


「影ですか?」


「はい、ディーラーさんは、影を使います。物を隠したり、取り出したりできるようです。それに、もっと怖いモノも隠しています」


「もっと、怖いモノって何ですか」



「それは、私にもわかりません。でも、そんな感覚があります。怖いものがいつも私の影にひそんでいるという感覚です」


「ちょっとわからないですけど」


「そうですよね」


 フランは、大きく一つため息をついた。


「真夜中に、一人。誰もいない見知らぬ街を、彷徨い歩くという感覚でしょうか」


「なるほど、確かに不安ですね」


 いきなりフランを泣き始めた。


「どうしたんですか」


「私、親切にしてくださった銀翼を裏切ってしまいました。そればかりか、危険な目に遭わせてしまって。ケン様やホイットさんまで巻き込んで。ほんとに。ほんとにすみません」


「どうしてあんな無茶なことをしたんですか」


「わかりません。でもあのときすでにディーラーさんが、私の中に居たんです。命令されたわけではないんです。不思議なんですけど、私もディーラーさんも、このネックレスを取りにいかないと大変なことになるって思い込んでいて」


 フランは、首から下がっている黒ダイヤのネックレスを握っていた。雨は、小雨になってきたようだ。


「世界の運命って言っていたけど」


「わかりません。とっさにそんな気がしたんです。何も確証はないです」


 俺は、軽バンを止めた。真っ先に、アガットが降りた。雨は上がった。


「さあ、とっととここに埋めちまえよ。そんで、次はあたいが前に乗るからな」


ここまで覚えた技


降渦回蹴こうかかいしゅう

回し蹴りヒット時に強烈なダウンストームを発生させ、相手の自由を奪う。追撃、反撃の防止


鉄山靠耀てつざんこうよう

光属性


金剛外門こんごうがいもん

金属をもへし曲げるひじ打ち


聖掌握せいしょうあく

聖属性の掌握、不浄に効果的


加重落とし《かじゅうおとし》。

かかと落としヒット時に、相手に加重する。追撃、反撃の防止


接種膝蹴り《せっしゅひざけり》。

クリーンヒット時に命を吸い取る種を植えつける。根完全にむしり取るまで、命を吸い取り成長する


暗転浮雲あんてんうきぐも

クリーンヒット時、相手の視界を奪う。暗転浮雲クリーンヒット時からの連続技は、必中。

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