第89話 レロン・ラー / アンダストラ
真夜中。雲に隠れて星灯かりもない人里離れた森の中を黒い塊が移動していく。その黒い塊が止まった。するとそこにもう一つ黒い塊が浮き上がった。
「新たな任務だ。あの女は」
「はい。聖女は、いまだティンカールーインから離れる様子はありませんが、いかがいたしますか」
「心配ない。明日の朝、教皇から勅令が届く。否が応でもベイナキューブへ移動することになる。それまでは、これまでと同じでよい。ただし、ベイナキューブについたら、すぐにバリースエイトへ向かえ」
「はい」
「これを見よ」
一方の影から手が伸び、もう一方の頭に触れた。一瞬だけ、辺りがわずかに明るくなった。
「これは?」
「白い魔導具、ケイバンというらしい。それに乗っている男を始末しろ。できれば、人知れず。しかし油断するな」
「他に3人の女が写っていますが。どういたしますか」
「お前に任せる。一番背の高い女は、世界に名のしれたシーカーのホイットだ。シービアンの娘も油断するな。一番若いのは、7商の娘で、行方不明になると少し面倒だが、それくらいなら握り潰せる」
「わかりました。臨機応変に対応いたします」
「いつものことだが、我々の存在を知られるな。知られたら必ず殺せ」
「もちろんです」
「これを持って行け。万が一、お前でも手に負えないと思ったら、躊躇せずこれを使え」
「これは?」
「お前の聖気を込めればよい。何が起こるかなどと心配する必要はないぞ」
「わかりました」
「ダーチャ。くどいようだが、くれぐれも油断するな。その男は、一度私が確実に死んだことを確認した男だ。何かしらの秘密、力を持っている」
「心配無用です、チェレスタ様。私たちレロン・ラーはあなたの忠実な下部であり、世界でもっと優秀な刃です」
***
雨に濡れたジェルマーノが、部屋に飛び込んできた。部屋に一人待っていたフランカがすぐさまたずねた。
「クラリは」
「いない。母さん、精霊はなんと」
「それが、さっきから何度たずねても返事がない」
「どういうことだ」
再び部屋のドアが開き、ジェルマーノの妻リリアーナが入ってきた。前髪から水が滴り落ちている。
「お婆様、クラリがどこにもいない」
「うろたえるな。母親であるお前が落ち着かないでどうする」
ジェルマーノがリリアーナに乾いたタオルを手渡した。リリアーナは、そのタオルで髪も顔も拭かず顔を埋めて鳴き始めた。
ドアが音を立てて開いた。一人の男がつんのめりながら、入ってきた。その男の後ろから、カースパロが目をつり上げて入ってきた。
「詳しい話がしたいそうだ」
「痛ってーな、じじい。突き飛ばすんじゃねえよ」
「いいから、知っていることを話せ」
フランカが、椅子に座ったまま、男を睨んだ。
「ワーツ一家の長男ウイラーか」
「ただで話すわけないだろう」
ジェルマーノのが、ウイラーの首を掴んだ。
「二度としゃべれない体にしてやろうか」
「およし、ジェルマーノ。シービアン同士の殺し合いになるよ」
さっきまで泣き崩れていたリリアーナが、目をつり上げて、ウイラーを睨んだ。
「私は、あの娘のためなら躊躇しません、お義母さん」
「お黙り。お前達は部屋の外で待ってなさい。この長男坊と二人きりにしなさい」
ガースパロが、右の眉毛を上げた。
「おい、フランカ。本気か」
「本気です。あなたも、外で待っていて。これは族長としての命令です」
フランカの命令にしたがい、ジェルマーノ、リリアーナが順に部屋から出て行き、最後にガースパロが静かにドアを締めた。部屋の中には、フランカとウイラーの二人だけとなった。
「さあ、知っていることをお話」
「婆さん、話す前に、条件を決めようじゃないか」
フランカは、一つ息を吐いた。
「言ってみな」
「アガットの居場所教えろ」
「懲りない男だね。アガットは、お前なんかを相手にするわけないだろう。身の程をわきまえな」
「うるせえぞ婆さん。嫌なら、俺は帰らせてもらう」
フランカは、鼻からフンと息を吐いた。
「いいだろう。教えてやる。まずは、お前から、話せ」
ウイラーは、ポケットから小石を一つ取り出した。
「ワーツ一家秘伝の言霊石だ。詳しいことは話せない、秘術だからな。よーく耳の穴をかっぽじて聞けよ。この石から声を取り出せるのは、一度きりだ」
ウイラーは、小石をフランカに投げた。
「ユンデル パワル キューウン」
小石から声が漏れ出てきた。
・・・・・・邪な者が聖女の名を騙っている。我々アンダストラは、・・・・・・祭る神聖教会も許すわけにはいかぬ。アワークよ。ここまで言えばわかるな・・・・・・お前にアンダストラに伝わる力を授ける。・・・・・・頼むぞアワーク、お前だけが頼りだ・・・・・・
「なんだ、これは」
フランカの小石を持つ手が震えていた。
「馬鹿弟は、精霊教会原理派アンダストラに取り込まれていたようだ」
「お前は、何故、止めなかった。死ぬぞ。ワーツはこのことを知っているのか」
「オヤジは知らねえよ。俺は、家族なんかより、アガットなんだよ。もう、良いだろう。馬鹿弟は、きっと最近あらわれたっていう胡散臭い聖女様のところだろう。アンダストラが許すわけないからな。さあ、教えろ。アガットはどこだ」
「ケイバンという白い魔導具使いの男と一緒だ。最近、ちょっとその筋では有名だから、すぐにわかるだろう」
ウイラーは、何も言わず、ドアも閉めずに部屋を出て行った。
「愚か者め。お前ごときがあの御方の相手になるわけがあるまい」
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