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第86話 秘宮

 外に出ると満天の星だ。いつ見ても美しい。この世界の星々は、あの星々と同じなのだろうか。同じなら、太陽は、どの光だろうか。


「どうやって街の外にでるの、ケン」


「軽バンで城壁に突っ込もうかな」


 突如、女性の声が暗闇から聞こえて来た。


「目立ち過ぎじゃないか。助けてやろう」


 ホイットが、身構えた。暗闇から現れたのは、畑で出会った女泥棒、シービアンのアガットだ。


「今日は、爺さんや婆さんとじゃ一緒じゃないんだな」


「フランカ婆の言いつけで、お前達についていくことになった」


「はあ? 何、言ってんだ」


「困ってんだろう。あたしが、お前の助けになってやろうっていうんだ」


「何も困ってない」


「嘘つけ。魔獣に囲まれているんだぞ、いくらお前の魔導具が優秀だからって、この囲みを簡単に抜けられるわけないだろう」


「お前なら、簡単に抜けられるっていうのか」


「当たり前だ。私らには、精霊の導きがある」


 そういうと、革紐で首から下げ、服の下に隠していた透明な石を取り出した。角の丸まった逆さ二等辺三角形で真ん中に穴が開いている。その穴に革紐が通してある。水晶かガラスでできているように見える。まさかダイヤモンドではないだろう。この大きさのダイヤモンドなら、目もくらむような金額になるだろう。


「それは?」


「精霊龍の鱗のお守りだ。このお守りがついているから心配すんな」


「精霊龍の鱗。龍がいるのか」


「いるさ。見たことはないけどな。それよりも、さあ、行くぞ。汚らわしい邪教が騒ぎ出す前に街を出よう」


 アガットが勝手に一人で歩き出した。


「さあ、何している。考えている時間なんてないぞ。あのお嬢さんの命がつきちまうぞ」


「どうして、それを知っている」


「精霊様は、すべてお見通しだ」


「どこに行く」


「あたしらが、秘密の抜け穴の一つや二つ用意してないわけないだろう。ねえ、お姉さん」


 ホイットが探しても見つからないことを揶揄しているのだろう。ホイットが「おもしろい、手の内をさらしてくれるなら、信じてみよう」といった。


 たしかに、そんな抜け穴があるなら軽バンで強行突破するよりは、こっそり抜け出せて良い。


 アガットの言うとおりに進む。止まれと言われれば、意味もわからず止まる。曲がれと言われれば、何も目印のないところで、曲がる。そうやって進むことで、誰にも見つからず、一匹の白き獣にも遭遇せず、古迷宮の入口にまでたどり着いた。


 まさしく、奇跡が起こったとしか表現できない。いや、アガットの言葉を借りれば、精霊の導きということになるのだろう。


「噂には聞いていたが、これはすげえ魔導具だな。欲しくなった」


 助手席に座っているアガットがシートをバンバンとはたいた。本気で、盗んでしまうかもしれない。一瞬、本気で対策を考える。


「嘘だよ嘘。婆さんのいいつけで、あんたのため以外に盗みはしないよ」


 屋根に乗っているホイットが助手席の窓から顔をだし「調子にのるな」と言った。


「おお、怖い。姑の小言は気にするなっていうのが、婆さんの遺言だ」


「あの婆さん、死んだのか」


「まさか、冗談だよ。冗談。あの婆さんは、真っ二つにしたって死なねえさ」


 さあ、行こうぜ。精霊様のご機嫌が悪くならないうちに。


「ホントにこの先、迷宮の中にフランがいるのか」


「ああ、いるらしい」


「いるらしい?」


「そう、婆さんが言っていた。残念ながら、あたしには、そこまでの力はないからさ。でも、大丈夫。あたしをつれていけば、あの子が居そうなところまでは、連れて行ってあげられる」


 俺は、一輪バギーにまたがった。


 後ろに、アガットを乗せる。


「さあ、行こう。ケンちゃん」


 まるで、ピクニックか何かに行くみたいな軽いノリだ。ホイットが、末端ゴーグル越しに、「先行して」、といった。だいぶ、機嫌がわるい。


「了解」


 迷宮の中に乗り入れる。迷宮自体がすでに冷気で満ちていて冷凍庫のように冷えている。白衣を着ているから体が冷えることはないが、肌が露出している頬は冷たい。


「アガット、寒くない」


「寒い。早く仕事を終わらせよう」


 アガットは、俺にしっかりとしがみついてきた。見かけよりも豊満な胸の感触が伝わってくる。こんな時に、俺は何をかんがえているのか。ダメだ。集中しろ。


 末端ゴーグルに示されたホイットの位置を示す光点は、一定の間隔をあけてついてくる。


「そこ、右。つぎは、左。そしたら、しばらく止まって」


 アガットは、素早く次々と指示をくれる。階段を駆け下り、地下二階に下りる。


 ここまでくれば、アガットの指示は要らないぐらいだ。広間に入る。


 フランは、あの巨大な牛頭人身の白き獣と戦っていた。フランの前には、粘土を固めたような人型の人形が二体戦っていた。端末ゴーグルには、アースゴーレムと表示されていた。アースゴーレムは、牛頭人身に斧で腕や頭を切断されても、落ちた粘土を再び吸収してすぐに再生した。なかなか粘り強い戦い方だ。


 俺は、バギーを降りて、助太刀に入る。


キョハイ ゲミョウゲ ツエイ セイサンジン


飄歩 


拳相


 牛頭人身が、こちらに気がついて、手斧を振り上げた。恐怖を感じるよりも先に、斧の軌跡が見えた。その軌跡をぎりぎりでかわし、攻撃を打ち込む。


縦拳


 当たったが、びくともしない。石の壁に拳を当てたみたいだ


正拳氷牙


 クリーンヒットしなかったが、こんどは多少よろけた。



 基本技ではダメだ。上級技を連ねよう。素早く、間合いを切る。そのスキに、フランのアースゴーレムが、殴りかかった。


 牛頭人身が体勢をくずした。


キョハイ ゲミョウゲ ツエイ セイサンジン


縦拳烈火

光掌底

光掌底


 牛頭人身の体が浮き上がり、後ろに飛ばされながら膝をついた。重い。牛頭人身は両腕を体の前でクロスし、防御の姿勢を取った。構わず、打ち込む。


聖印寸勁


牛頭人身の腕が折れ曲がった。ガードが下がった。


回し蹴り


 固いモノが粉々になるような嫌な音とともに首が真横にくの字にまがった。


 牛頭人身は、動かなくなった。フランの顔面は蒼白で、唇に色がなかった。ロラが末端ゴーグル越しに、繰り返し叫んでいる。


「さあ、早く逃げっぺ。ここは、オメエたちには早すぎる」


 フランが、俺にしがみついてきた。


「おい、お前」


 ぞっとした。フランから発せられたのは、男の声だ。


「あの先に聖遺物レリックがある。それを取ってこい。あれはワテのもんや」


 フランが指さしたのは、壊れた壁、そしてその先の暗闇だ。この迷宮に立ちこめる冷気の出所だ。


「お前は、誰だ」


「だめ、こいつと話さないで、ケン様」



 フランが頭を抱えうずくまる。うめき声を上げ、独り言のように床に向かってフランが話しはじめた。


「おとなしくしていろ、小娘。ワイは、ディーラー。この牛人間を倒したら、結界が消えると思うてんけど、当てが外れた。ワレたち、あの壁の中に入って、ワイのレリックを持ってこい」


 アガットが、物珍しそうに、フランに近づいた。


「おい、お嬢の体に、魂が二つあるぞ」


「二重人格ということか?」


「ちがう。魂が二つだ」


 ホイットにしてはいやに遅く、追いついてきた。


「何をもめている」


 ひと目見るなり、不機嫌がとわかる。


「おい、ジブン」


 ホイットは、突然、男の声でフランに呼びかけられ、ぎょっとし、短剣を身構えた。


「待って、ホイット。よくわからないんだが、フランが呪われているのかもしれない。二重人格になったかもしれないし、よくわからん」


 男の声と、フランの声が、入り混じっている。


「よぉ聞き、小僧ども。あの先にある黒ダイヤのネックレスをワイに、私に、世界の平和のためやぞ。世界運命に関わる使命なのは確かです。けど危険です。逃げて。いらんことを言うな」


 アガットが、フランの顔を覘きながら言った。


「あそこから、何を盗んでくればいいの」


「おい、辞めろ」


「盗みは、案外得意なんだ。あの先にヤバいヤツがいるのは、知っている。けど、あたしの感が言っている。ケンちゃんと一緒なら盗めるってね」


 ホイットが、フランの肩を掴んで目をのぞき込んでいる。


「フラン、しっかりして。世界の運命って、どういうこと」


 フランが突然泣き出した。大金持ちのフランが金に目がくらんでここまでやってきたわけじゃないことはわかっていた。だがまさかこんな展開になるなんて。ただフランを助けて連れ出すだけじゃ、済みそうにない。世界の運命っていうことは、俺の運命にも関わるっていうことだし、確実に言えることは、地図を完成させるためにいつかは倒すべき相手だということだ。


「フラン、フラン」


 ホイットの腕のなかで、フランが白目をむいて気絶してしまった。


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