第85話 軍人フェッド
城門が開く。十数人の救世軍兵士たちが歩いて街の外にでた。先頭を歩くのは、巨大な鉄板のような剣を持ったフェッドだ。やはり少し左足を引きずっている。勇気は間違いなくあるのだろう。ただ、本当にあんな足で大丈夫なのだろうか。自分の左足までズキズキ痛みだした。
対する属性持ちは、ざっと数えて50体だ。1人4,5匹と相手にしなければならない計算だ。ヨハンたち銀翼は、城壁に手をついて前のめりで見ている。ホイットは、城壁の石の上に座り、腕組みをして足をブラブラさせている。興味なさそうだ。
熊のような白き獣が吠えた。それが戦闘の合図になった。遠くにいる俺の体までもその声に反応し、硬直した。ヨハンが言った。
「拘束だ」
フェッドは、その影響がなかったはずはないのに、自然な滑らかな動きで熊の白き獣に襲いかかった。熊の白き獣は、後ろ足で立ち上がり、前足を頭上に上げ威嚇した。フェッドは、構わず鉄板のような剣を振り下ろした。間合いが遠い。しかし、熊の白き獣は、縦半分に真っ二つになった。いや正確には、体の中心部分が切り取られなくなったような切り口だ。ヨハンが感嘆した。
「あれが、絶喰か。噂には聞いていたが、あんな遠間からでも斬り裂くのか。魔海龍を倒すための技だと聞いていたが、すさまじいな」
たしかに、すさまじい。プロの闘い方が俺の闘いに役にたつのかは、分からないが、目に焼き付けておこう。
日が暮れて、ナーワの街の雰囲気は、さらに緊張感が増した。初戦は、フェッド率いる救世軍の圧勝だったが、城壁から見える位置まで白き獣の大群が押し寄せてきていた。押し寄せてきた白き獣たちの叫び声が、絶え間なくナーワの中にいる人々の神経を逆なでした。
街の広場に、兵士および冒険者たちが集められた。一段高い場所に立ったフェッドが、檄を飛ばしている。要約すると、
ギーガーの古迷宮は、秘宮認定を受けたため、今後神聖教会関係者の了承を得なければ、今後立ち入ることを禁止するということ。
明日からは、城門を固く閉ざし、籠城戦に入るということ。
救世軍の本隊にも、応援を出したので、教会の応援が来るまでの数日の辛抱だということ。
応援が駆けつけ次第、城門を開き挟み撃ちにするということなどだ。
ロラさんも言っていたが、教会も秘宮という名称を使うんだとへんなところで妙に感心した。しかし、こんな包囲された状態で、だれが、ギーガーの秘宮に近寄ろうなどとおもうものか。俺は、迷宮奥で触れた冷気を思い出し、背中の毛が逆立った。
軽バンのアイテムリストを確認したが、籠城戦で使えるアイテムはなかった。敢えて言えば食料が使えるぐらいか。でもほんとうに飢えたら、カネで買えるとは言え、いつまでまかなえるかわからない。
そんなことを考えていたら、背中を誰かが叩いた。振り返ると、ホイットと銀翼の魔術師、ディリアが、「こっちに来い」とハンドサインを送ってきた。よっぽど他人には聞かれたくない話があるのだろう。
俺は、二人の後をついて銀翼の宿泊している部屋に入った。ヨハンが腕組みをして難しい顔をして立っていた。
「どうした、フェッド隊長の話をきかなくて良いのか」
「それどころじゃない」
これ以上の問題は勘弁してほしいところだが、質問しないわけにはいかないだろう。
「どうした」
「フラン様が消えた」
「消えたって、どこに」
「わからん」
ホイットが、言った。
「ヨハンに頼まれて、極秘に町中を探し回ったが、町中にはいないようだ」
「街の外に出た? どうやって」
「フラン様の道具もない」
「どうやって」といって、思い出した。
「煙となって通り抜けたか」
ホイットがうなずいた。
「でも、外は魔獣に囲まれているぞ。いつ気がついたんだ」
「フェッド隊長が城門内に帰って来て、しばらくして。警備交代のタイミングだ」
「それじゃあ、まだ、魔獣に囲まれるまえか。行き先で思い当たるところは?」
「確証はまったくないのだが、ギーガーの古迷宮だと思う。他に行く場所が思いつかん」
たしかに、あの崩壊した壁の先に進みたがっていた。
「頼む。カネならいくらでも出す。もう一度、フラン様を探し出し、実家に連れて行ってくれ」
「明日から、俺たちも防衛のために強制的にかり出される。それを放棄しろっていうことになる」
「分かっている」
「敵前逃亡ということにならないか」
フランを連れて実家に連れて行くということは、遠回しにここには戻ってくるなということでもある。ナーワの防衛は、実質、救世軍に委ねられている。事態がここに至っては、もしヨハンの申し出を受ければ、俺たちの立場は、非常に不味いものになる。ヨハン達は、うつむいたままだ。
「分かっている。俺たちがバルサに依頼することにする。批判はすべて俺たちが引き受ける」
いくら、銀翼がかばってくれたとしても重罰が下る可能性は、かなり高い。
「今は、無理だ、ヨハン。全力で護らなければ明日、ナーワが滅ぼされる可能性だってあるのに」
「自分勝手なのはわかる。だが、フラン様は、特別な御方だ。俺たちはどうなっても大丈夫だ。頼む」
ホイットは、微笑んでいた。
「私たちに割り振られた仕事は、つまらないものばかり。だれがやっても同じ。そんな仕事より、ヨハンの依頼の方が良いと思う。だって私たち、この土地に縛られる必要ないわけだし」
ヨハン達をみてから、もう一度、ホイットを見る。
「私は、籠城なんてまっぴらだよ。籠城なんて悲惨だからね」
「まあ、たしかに、荷物運びぐらいしか俺たちは役にたたないし、軍には、弱虫扱いされているからな。期待もされてないだろうし、わかったよ」
「すまん。一生恩にきる」
決して籠城戦の悲惨さにビビっている訳じゃないぞ。
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