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第82話 銀翼の迷走

 丘の上の作戦本部に戻ると、何も言わず、顔色ひとつ変えずにアナトーリア司教が直々に耳の治療を施してくれた。おかげで、傷ひとつなく、綺麗に耳が再建された。神聖魔術の力を信じて無い訳ではないけど、あとで鏡で左右の耳を比べてみよう。


「ありがとうございます」


「礼を言うには及ばん。仕事だからな。私は、決して君達を認めているわけではないし、その怪しげな術を少しも信用してはいない。だから、傷を治す以外で、私に話しかけないでくれ給え。耳が穢れる」


 ずいぶんな言われようだ。見ていれば、俺以外の冒険者とはとても普通に話しているようだ。冗談もいうし、殺伐とした雰囲気にならないように、気を使ってもいるようだ。


 司教が言った怪しげな術とは末社の札を埋める行為のことで、彼から見れば、それは異端の証、唾棄すべき行為、悪の所業に見えるらしい。


 悪の所業でも、今回は緊急だし、白き獣に効果あり、ということで、今のところ黙認しているということらしい。信仰も実利には敵わないんだと、ヨハンは笑っていたが、これで、アナトーリア司教と仲直りする道は断たれたわけだし、今後神聖教会関係者にこのことを知られるのは、あまり良いことではないだろう。


「用はもう済んだだろう。さっさとどきたまえ」


 振り返ると司教の手当を受けるため、後ろに傷ついた戦士が待っていた。一人、また一人と疲れ果てた顔をして丘の上に登ってきては、適当な場所に腰を下ろした。


 太陽が地平線の向こうに沈むにはまだまだ早すぎる時間帯だ。末社を数カ所埋めることは可能だが、手伝ってくれそうな雰囲気は作戦本部にはなかった。ホイットが腕組みをして、丘を登ってくるギルドのメンバーを見つめている。



「みんな人型の出現で、緊張して疲労している」


「ああ、そうだな。人型一体で、これだけ振り回されたんだ。何体も現れないことを祈るよ」


 近くの地面に腰を下ろしている男にたずねた。


「銀翼がまだ戻ってきていないようだけど」


「さあな。撤収の命令は、伝わっているはずだが」


 肩にコロカの小鳥が止まった。


「銀翼が、迷宮の入口に向かっている。今は、辺りに敵はいないけど、急いで、止めて」


 何、やってんだ。軽バンに飛び乗って全速で古迷宮の入口を目指した。銀翼達は、荒野の岩場に巨大な石の陰にへばりつくように立っていた。日は暮れ始めていた。


「ヨハン、何やってんだ。死ぬぞ」


「ケン。ホイット」


 ヨハンと他のメンバーは、泣きそうな顔をして俺たちを見た。ホイットがつぶやいた。


「フランがいない」


 魔術師のディリアが口を開いた。



「フランが突然、何かにとりつかれたように駆けだしたの。ほんとに狂ったようになってしまって。追いかけてここまで来たのだけど、ついさっき古迷宮の中に入ってしまったの」


 ディリアが指さした先に20、30畳ほどの大きさの穴が地面に開いている。


「迷宮には入らず、塞ぐ計画じゃなかったのか。それに、あそこから白き獣が湧き出てくるんだろう」


「わかっている。だが、ダメだ。フラン様を助けださなくては」


「中にどれだけの敵が潜んでいるのかわからないし、生きて帰れるわけないだろう」


「でも、助けない訳にはいかない」


 確かに泣きたくなる。


「ケン、軽バンでぐるっと回ってみたら」


 そうだ。神域内なら、もしかしたらなんとかなるかもしれない。すくなくとも、神域にしておく意味はある。


「ここで、ちょっと待ってくれ。札を埋めてみる」


 それから、古迷宮の入口を神域にできるように5分ほど軽バンを走らせた。こんな小さい範囲で末社を埋めたら大赤字だが、背に腹はかえられない。だが、ナビの画面に異常が表示された。


「どうしたの」


「神域にならない。末社を埋められない」


「どうして」


 ナビのロラさんが、久しぶりに怒鳴った。


「あたりめえだっぺ。ここには、女神様の宿敵が隠れているんだべ」


「女神の宿敵?」


「地図を完成させるっていうことはだよ。ここに隠れているそいつを追い出さねえと」


 どうやって追い出す? 中に立て籠もっているのは、きっと白き獣どもだろう。話してわかる相手じゃない。


「入口を封印して閉じ込める、ではだめだよね」


「追い出せ。もしくは、倒せ、だっぺ」


 銀翼のところへ戻ると、ヨハンたちは、先ほどとまったく同じ姿勢で立っていた。


「ヨハン。すまないが、失敗した」


 ヨハンは、生唾を呑み込んだ。


「そうか。いつまでもここで立っているわけにもいかない。俺たちも覚悟を決めた。中に行ってくる。ケン、もしも良ければ、ここで待っていてくれないか。フラン様がでてきたら、フラン様を実家まで送り届けてほしい」


 ヨハンの目は、充血していた。死ぬ覚悟だ。ヨハンの妹のアレッシアの顔が思い浮かんだ。地図を完成させるために迷宮の中に入って行かなければならないのは、俺の方だ。だが、今の俺で勝てるだろうか。迷宮の中で待ち構えているのはきっと女神の宿敵というぐらいだから人型だろう。左足が痛む。焼かれた耳が心なしかうずく。太陽が刻一刻と沈んでいく。ヨハン達が、入口に向かった。


「待て、ヨハン。探し物は、俺たちの方が得意だ。俺たちがフランを助けてくる。そのかわり、料金はたんまりもらう」


「いや駄目だ。そんな依頼はできない。危険過ぎる」


 わざと、ヨハンの忠告を無視して質問した。


「古迷宮の地図を持っている?」


「俺の話を聞け」


「俺たちには、とっておきの魔導具がある。心配するな」


 これは、はったりや嘘じゃない。俺にはあるアイデアが思い浮かんでいた。ただし、宿敵を倒す算段はついてない。宿敵と遭遇したら逃げ切れるかもしれないというアイデアだ。だから宿敵との遭遇は避ける。見つかる前に、フランを見つけて逃げる。


「はやく、地図を出してくれ」


「調査のために借りているものだが」


 アッジーが折りたたんだ紙を差し出した。古迷宮の地図を軽バンのダッシュボードの中に入れる。ロラさんに端末ゴーグルで表示してもらうことにした。


「銀翼は、本部まで全速で帰ってくれ」


「どうして」


「申し訳ないが、もしもの場合、ヨハン達までは面倒を見切れない」


 ヨハンは、唇を噛んだ。


「わかった。頼む」


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