第76話 逃走
人の目をこれほど意識したことはこれまでになかった。通りは、普通に歩いて、曲がり角では、飄歩を使い加速して曲がる。飄歩を使っていても左足にはちゃんと痛みや違和感がある。いまいましい左足だ。
飄歩では長距離を走ることはできないが、音もなく、素早く移動できる利点がある。曲がり角が多い街中では、逃げるのに有効だった。
女の子のことが、頭の中にちらついたが、怒りしかわかなっかった。まったく、人に盗んだ財布を押しつけるなんて、とんでもない悪ガキだ。追手がいないことを十分確認して、立ち止まった。
オルフェーオさんと合流しなければ。それにしても、ここはどこだろう。今日来たばかりの不慣れな街を盲滅法に逃げてしまったので、現在位置がわからない。
端末ゴーグルを付けてこなかったのは、失敗だった。ちょっと油断した。とりあえず城壁の外に出よう。そうすれば、軽バンに乗ってオルフェーオを探すことも簡単だろう。
「ちょっと、そこのお兄さん」
呼び止められた声の方の方を見る。30代とおぼしき妖艶な服装の女がこちらを手招きしている。昼間っから客の呼び込みか。まったくこの街はどうなっているんだ。女を無視して、城壁を目指そうとすると、女がつぶやいた。
「財布のお礼をしたいんだけど」
さっきの騒ぎを見ていたのだろうか。まっすぐここまで逃げてきたわけじゃないが、飄歩を使ってだいぶ遠くまで来た実感はある。自分より先にあの現場から、ここまで来れるわけがない。何故知っている?
女がウインクをした。
「知りたいでしょう、いろいろ」
この女は敵か味方か何者か。あの女掏摸と関係あるのか、ないのか。好奇心が、不安に勝った。町中だが、最悪、軽バンに乗り込めば逃げられるだろう。黙ってうなずく。
「それじゃあ、後ろに付いてきてね」
女は、クルッと後ろを振り返ると、人気のない路地へと入って行った。慎重に女の後ろをついていく。女が建物のドアの前で立ち止まった。女は、ドアを内側に押して開けた。
「入る勇気がある?」
ここまでついてきたんだ。怖じ気づいている場合じゃない。だが念のため、練気言祝を唱えて家の中に入った。家の中には、煙が充満していた。お香の煙のようだ。心地よい香りが混ざっている。部屋の一番奥に、老婆が一人イスに座っていた。他に誰もいない。老婆の座っているイスと目の前のテーブル以外、家財もない。テーブルの上には、香炉が置かれていて、そこから煙が絶え間なく立ち上がっていた。後ろのドアが静かに閉まった。
「そんなに、緊張せずともええがね。うちの孫が世話になったがね」
「どうして、今さっき起こったことをもう知っている」
「それは、話す必要はないがね」
「そんなんで、信用しろっていうのか」
老婆は、懐から袋を取り出し、テーブルの上に置いた。音と袋の膨らみから判断して少なくない硬貨が入っているようだ。後ろのドアがいきなり、勢いよく開いた。
飄歩
すぐさま、老婆の後ろに回った。勢いよく入ってきたのは、あの人前でストリップショーをした女の子だった。今は、ちゃんと服を着ている。ここまで案内してくれた女が飛び込んできた女の子を後ろから羽交い締めした。
「あんたは、黙ってな。クラリ」
「母ちゃん。黙っていられるか。せっかく私が、脱いで逃げる時間を与えてやったのに、このうすのろは、財布を返しちまったんだ」
「財布なら、ある」
羽交い締めにされ、手足をばたつかせていた女の子が動きを止めた。
「え、ほんと」
「私が、火事騒動に紛れて回収した」
「なんだ、そうなら、そうと言ってよ」
「まったく、この子は」
女が懐から、あの財布を取り出してみせた。
「さすが、母ちゃん。分け前は、半分ずつだな」
「馬鹿言ってんじゃないの。お前は失敗したんだよ。お前の分け前なんてない」
「横取りだ。この泥棒」
それまで黙っていた老婆が一喝した。
「コラ」
2人が動きを止めた。
「お前達は、客人の前で何をしとるんじゃ。外に丸聞こえじゃ。ドアを閉めんかね」
女が頭を下げ、ドアを閉めた。出入り口は、今閉めたドアだけだ。女性三人だが、何かあったら逃げ切れるだろうか。女性に手を挙げるのは、気が進まない。できるだけ穏便に済ませたい。掌底が、縦拳か、顔はだめだな。腹だ。それなら少し痣になっても目だないだろう。
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