第74話 ナーワ
あくびをかみ殺す。
食事処子羊の巻き毛亭の店先に出されたテーブルの前を人々が通り過ぎていく。昼の時間は過ぎていて、店の中にも外の他の席にも客はいない。テーブルの上には、まだ手を付けられていない3人分の食事が並んでいた。テーブルの上に並べられたときは、湯気をたってていたが、すでに冷えてしまっていた。
ホイットの頼みで夜通し走ってきたので、眠気がとれない。食事とともに運ばれてきた冷めた茶色い粉が浮いた飲み物を一口含む。コーヒーの様な香りと苦み味のある飲み物だが、粉を漉していないので、口の中にまで粉が入ってくる。苦みで少しだけ目が覚める。足音が近づいてきた。
「済まねえな。無理させちまって」
真っ青な顔色のオルフェーオがテーブルをはさんで反対の席に腰を下ろした。
「冒険者ギルドにバルサ指名で仕事の依頼はしてきたぞ」
「ありがとうございます。これで仕事がしやすくなります。ところで、一緒に行ったホイットは?」
「ギルドのお偉いさんに呼ばれて奥に入っていったよ。先に戻ってくれて言われたよ」
店の中から店主が注文を取りに出てきた。
「オヤジ、俺にもカーナナをくれ」
「オルフェーオさんも、だいぶ疲れているんじゃないですか」
「全く、驚れえたよ。たった1日で、ナーワについちまうなんて、考えらんなえ。ケイバンという魔導具はすげえな」
「結構、賑わっている街なんですね」
「そりゃあ、ナーワは、バリースエイト王国の主要都市だからな」
小高い丘の上に城壁と城が見える。3階建てぐらいの高さの尖塔が四方に配置されている。日本の城のように天守閣はない。代わりにドーム型の建物が中央に見える。街に入るときも、城壁の門を通ってきたから、二重の城壁に守られた城塞都市ということだろう。
二つの城壁に囲まれた空間は、いわゆる城下町だ。その密集度合いから、押し込められていると言うのが正しいように感じる。この街が、どれほどの防御力なのかは、判断がつかないが、人々の顔は柔和でとげとげしい態度は感じられず、それでいて活気にあふれている。
「良い街ですね」
「表向きは、な」
「ここで本当にあの二人を見つけられますか」
「以前にも同じ事があったんだ。あとになって知ったんだが、ナーワの裏市場では、そういう品が売れるらしいんだ」
あの二人とは、アガットと軽バンで轢きそうになった爺さんのことだ。オルフェーオに「アガットという女はいない」と言われて、俺たちがあの二人に騙されてたと気がついた。
それから、オントラント村に急いで向かったのだが、そこで、村の農作物が盗まれていることも判明した。
村長代理のオルフェーオは、その場で俺たちに作物の奪還と犯人の逮捕を依頼してきた。冷静ないつものホイットなら、ギルドを通してくれと言うところだが、すぐさまその依頼を受けたいと答えた。
そのときのホイットの顔は、真剣そのもので、怖いぐらいだった。まんまとあの二人にだまされた自分が許せないのかもしれない。
****
店主がカーナナをテーブルに置いた。テーブルの上に置かれたまま手を付けられていない料理をちらっと見て離れていった。その店主と入れ替わるタイミングでホイットが戻って来た。
「店主、私には酒を」
「どうだったギルドは」
「何の問題もないよ。オルフェーオさんの依頼は、すぐに受けた」
「ギルド長に呼び出されたんだろう」
「まったくこんな忙しいときに、まったくの時間の無駄」
「何だって」
ホイットは、テーブルの上の料理をつまみはじめた。
「是非、ナーワのエースチームに移らないかという誘いだった」
さすが有名人はどこにいってもモテモテだ。
「私が無理を言ってケンの仕事の段取りを吹っ飛ばしてしまった。申し訳ないと思っている。ここまで来てくれればもう大丈夫だから、仕事に戻って」
確かに、ホイットが珍しく強く意見したので、神域を作らず、まっすぐナーワまでやってきていた。神域の連鎖効果を得るためには、空白地域を埋めなければならない。きっとそのことを心配してくれているのだろう。でもそんな突き放した言い方はないだろう。
「そっちの仕事は、市場が閉まった後でもできるよ。俺たちは、パーティーだろう」
店主が、酒を持ってやってきた。あまり食欲はなかったが、テーブルの上の料理に手を伸ばしてみる。塩味は濃いが、食欲が次第に湧いてきた。
「ダメ。ケンにばかり負担をかけられない」
「オルフェーオの話では、裏市場で取引されるだろう、ということだけど、そこが危険ということ?」
「今度は、絶対逃がさないから」
「つまり、足手まといということ?」
「そうじゃない。ナーワに直行したから時間的に、私たちの方が早くナーワに到着できているはず。それは、ケンのおかげ。でも、ここからは、私の方が得意だから。裏市場は、それなりに作法があって、危険だから」
「ちょっと疑問なんだが、そもそも農作物だろう。高価な貴金属なら裏市場で取引するのは、わかるけど。ほんとに来るのかな。途中で売り払っちまうほうが簡単じゃない」
オルフェーオも、料理に手を伸ばし、話に入ってきた。
「農作物だからこそ、こういう大きな都市で売るんだ。ここに来る間に通り過ぎた街を見ただろう。あんあ小さな街で野菜なんか高値で買わねえよ。みんな大なり小なり自分たちで作ってるからな」
「そうか。ところで、シービアンっていったい何?」
「シービアンは、放浪の民とも呼ばれているけど、実態は、他人の物を盗んで生活しているコソ泥集団だ」
「そうか。人は見かけによらないな。俺が見た限り、そんなに悪党には見えなかったがな」
「シービアンは、人をだますのがうまい。息をするように嘘をつくというし、変装の名人でもある」
「それじゃあ、せっかく闇市場で待ち伏せしても変装されていたら見つけるのはむずかしい」
ホイットは、酒をグッと煽った。
「だから、奴らが油断している最初が唯一のチャンスなの。一発で、奴らの首根っこを押さえる必要があるの」
なるほど、やっぱり、残念ながら俺が一緒では足手まといということか。悔しいが真実だ。認めざるをえない。
「それじゃ、俺は、通常の仕事に戻るかな」
「あとは、まかせて」
俺は、残っていたカーナナを飲み干し席を立った。
「オルフェーオさんは、どうする。村に帰るのなら、送っていくよ」
「いいんか、頼んで」
「大丈夫。俺も村まで戻る必要があるんだ。それと、ついでと言ってはなんだけど、別の畑に、木の札を埋めてもいいかな。決して怪しいものじゃないんだけど」
「ああ、あの畑で埋めていたものか。他の村人にも言っておく。けど、よその土地でやらない方がいいぞ。かなり怪しいからな」
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